115 園遊会
園遊会はバラの咲き誇る庭園で行われる。
普段は皇族の私空間として、一般生徒の立ち入りが制限されている場所だ。
私はお姉さまに連れられて、裏から庭園に入った。
そのまま庭園の隅に建つ、お洒落な2階建ての建物の中に入る。
ブレンダさんとメイヴィスさんも一緒だ。
お姉さまは同じ派閥の人たちを誘って、よくここでお茶会をしているそうだ。
2階の窓際の席に座るとメイドさんが紅茶を出してくれた。
私も今日はメイドなんだけど、私の前にも紅茶は置かれた。
飲んでいいのかな……?
ちらりと様子を見ると、お姉さまがうなずいた。
ありがたくいただく。
お姉さまは皇族として、お兄さまと共に最後に会場に入る。
ブレンダさんとメイヴィスさんも上位の貴族なので、もう少し人が集まってからの入場になるそうだ。
なのでしばらくはここで待機だ。
私は庭園を見下ろす。
すでに庭園には、大勢の参加者が来ていて、隅で開始を待っている。
園遊会は、ビュッフェ形式の立食パーティーのようだ。
色とりどりのスイーツが特に目についた。
美味しそうだなーと思って見ていると、私の視線に気づいたお姉さまがメイドさんに頼んで持ってこさせてくれた。
本日の目玉。
大宮殿のパティシエが作ったバラの香りのケーキ。
アンド、バラの香りのクッキー。
ありがたくいただく。
まずはケーキから。
ああ、幸せ。
思わずニッコリの甘さと香りが口の中に広がる。
「クウちゃんを見ていると、本当に緊張感がなくて、こちらも力が抜けますね」
「座っていてもふわふわしているって、まさに才能だよな」
褒められているのか、いないのか。
メイヴィスさんとブレンダさんがそんなことを言う。
まあ、ふわふわしているのは事実なので気にしない。
ケーキもふわふわで最高です。
私はケーキを食べつつ、3人には持続型の耐性ポーションを飲んでもらう。
これで半日は全耐性アップ。
ある程度までの状態異常は防いでくれる。
ソウルスロットは、白魔法、緑魔法、敵感知。
守りと回復を重視した。
あと、私の固有技能『ユーザーインターフェース』を経由して、お姉さまとシステム的にパーティーを組んだ。
これでHPとMPと状態異常は把握できる。
会場を見ると、ついに悪役令嬢のディレーナが登場したようだ。
開始の時間は近い。
「さて、んじゃ、後でな」
「お先に失礼します」
ブレンダさんとメイヴィスさんが先に会場に向かった。
「いよいよですね」
「そうですわね。正直、少し緊張していますわ」
「あはは。それはしょうがないですよ」
なにしろ毒を飲むかもなんだし。
お兄さまが私たちのところにやってきた。
「準備はできているか?」
と、アリーシャお姉さまに話しかけた後、私のことを見て、
「ハァ」
露骨にため息をついた。
「なんですかー?」
「気にするな。メイド姿で頬にクリームをつけて満面の笑みでケーキを食べているおまえの姿を見たら、ついこぼれただけだ。今日は頼むぞ、クウ」
「それは頑張りますけど……。ついって、どういう意味ですかぁ……?」
「――行くぞ、アリーシャ」
「ええ。お兄さま」
私のことは無視して、さっさと行ってしまう。
私も仕方なく立ち上がった。
すると、ささっとメイドさんが頬のクリームをぬぐってくれた。
ありがと。
おっといけない。
バラのクッキーをまだ食べていなかった。
一枚だけもらっていく。
「ついこぼれたってなんですかー?」
うしろから聞いたけど無視された。
かわりにお姉さまが笑う。
「食べる姿が愛らしくて思わずということですわ」
「あー、なるほろ」
クッキーを頬張りつつうなずいた。
「その通りだ。気にするな」
そう言いつつ、またも小さくため息をつかれた気がするのだけど?
なーんか。
よい印象ではない気もするけど。
まあ、いいか。
クッキーも最高でしたっ!
お兄さまとお姉さまに続いて、ついに私もバラの庭園に入った。
私は脇に控える。
参加者たちの前に立ったお兄さまが、皇太子として生徒会長として、今年の園遊会の開催の言葉を告げる。
始まりは穏やかだった。
まずは皇族に挨拶をするのがルールらしく、みんな、お兄さまとお姉さまと言葉を交わすために列を作る。
ディレーナが最初に、2人に挨拶をした。
敵対的な雰囲気はなかった。
むしろ親しくさえ見えた。
優雅で洗練された、まさに令嬢な態度だった。
……ふーん。
……意外と平和におわるのかもねえ。
なんて思うのはただのフラグだった。
挨拶がおわってみんなが会場にバラけたところで、ブレンダさんたちと談笑するお姉さまのところにディレーナが来たのだ。
「ごきげんよう、アリーシャ殿下」
「ごきげんよう、ディレーナさん」
笑顔で挨拶を交わす。
「今日はお天気もよくて、絶好の園遊会日和ですわね。でも、アリーシャ殿下は多忙でお疲れでしょうし、立ってばかりではお辛いことだと思いますけれど」
「ご安心を。精霊様の祝福を受けて以来、元気が余って困っておりますわ。ディレーナさんはあの夜は帝都におられなかったそうですが、お加減はいかがですか?」
「あら、不健康に見えまして?」
「さあ。心の病までは見えないものでしょう?」
今のところ敵感知に反応はない。
というか、お姉さまが攻撃的だ。
「ご安心ください。わたくしはいつも通りですわ」
「あら、それではどう判断すればいいのかわかりませんわね」
普段から心は病んでいるって意味かな?
お姉さま、毒舌です。
「フフ。そう冷たい言葉を発しないでくださいませ。わたくし、精霊様の祝福を受けた陛下のお姿に深い感銘を覚えましたのよ。その娘であるアリーシャ殿下にもまた、精霊様の祝福があることは理解しておりますわ」
「あら、そんな風におっしゃってくださるのね」
「羨ましい限りですわ」
企みの場面を目撃した私からすれば、よくもまあ、さらりと自然にそんなことを言えるものだと思うけど……。
知らない人からすれば本気でそう思っているように見えそうだ。
脇にいたブレンダさんに目を向けると、私の視線に気づいて肩をすくめた。
いつもこんな感じってことなのかな。
メイヴィスさんも笑顔のままで様子を見ているし。
「それでは、より親しくしてくださるのかしら?」
「ええ。そうですわね」
「みなさん、お聞きになりましたか? 名門中の名門、アロド公爵家のディレーナさんが今後はより親しいおつきあいをしてくださるとのことです」
素晴らしい。
と、まわりにいた人たちが感嘆する。
「そうですわね……。
では、故事に倣って果実水を贈らせていただきましょう。
少しお待ちくださいませ。
取ってまいりますわ」
「貴女からそんなことをしてもらえるなんて、思いもよりませんでしたわ」
「友好の証ですわ」
「あら、嬉しい」
「しかし、精霊様の加護ですか……。
伝承では、精霊様は、時に無邪気で好意的であるが故に――。
冷酷な結果をもたらしてしまうこともある存在だったそうですわね。
愛されたが故に正気を無くした若者の話もありましたわよね。
くれぐれもご用心を」
「その心配は不要ですわ。わたくし、精霊様を信じておりますの」
「それはもちろん、わたくしもです」
一礼してその場から離れたディレーナが、会場の隅に置いてあった未開封の瓶からコルクを抜き、中の果実水をグラスに注いだ。
そして、マドラーで軽く混ぜる。
たぶん、入れてるんだろうなー。
果たして、どうなるか。
私が入れ替えておいた小麦粉の粒なら問題なしだけど。
ディレーナが戻ってくる。
そして、お姉さまの前で片膝をついて、仰々しくグラスを差し出す。
「どうぞ」
「ありがたくいただきますわ」
ディレーナの手からアリーシャお姉さまがグラスを受け取る。
それをお姉さまは迷うことなく口につけた。
しかも、一気に飲み干す。
まわりの人たちが拍手をする。
企みを知らない彼らは、素直に、これで帝国も安泰だと喜んでいる。
昔、こうして和解した貴族の話があるみたいだ。
「では、わたくしはこれで」
「ええ。また」
最後に一礼してディレーナは立ち去りかけ、脇に控えていたブレンダさんとメイヴィスさんに目を向けた。
「そうそう。貴女たちがこうして社交している間も、ガイドルたちは最後の調整に励んでおりましてよ? 忠告いたしますけど武闘会は棄権したほうがよいのでは? 大怪我をしてからでは遅いのですよ?」
「あははっ! その心配は無用だな。なんといっても、私たちにも精霊様の加護はちゃんとあるからな」
ブレンダさんが勇ましく答える。
「そうですか……。それでは」
今度こそ、ディレーナがお姉さまの前から立ち去る。
私はステータス画面を確認する。
うん。
異常はない。
オール・グリーンだ。
お姉さまの視線が私に向く。
私は黙ってうなずいた。




