1146 真っ白な空から降りるもの
ふと日付を確かめると、今日は12月の27日だった。
今年も本当に、あと少しだ。
いつの間にかクリスマスもおわっているね。
クリスマスかぁ……。
私も子供の頃は、親が買ってきてくれたイチゴのケーキとフライドチキンで楽しい夜を過ごしたものだ。
まあ、うん。
残念ながらこちらの世界にはクリスマスという行事はない。
こちらの世界では、年末は静かに過ごすものなのだ。
騒ぐのは、年が明けてからなのだ。
こんにちは、クウちゃんさまです。
私は今、お店のカウンターの椅子に座っていた。
レジ係をしています。
お店のフロアには、何組かのお客さんが来ていて、エミリーちゃんとフラウが接客をしていた。
お店の様子は平和だ。
久しぶりの開店だけどいつもと変わらないね。
からんからん。
お。
ドアの鈴が鳴って、また新しいお客さんが来てくれたねっ!
「クウちゃんおねえちゃん! きたなの!」
「やっほー」
お客さんは、リボンにドレス姿のアリスちゃんだった。
アリスちゃんの肩には黒猫のゼノがいた。
「にゃー」
と、猫の声で挨拶してくる。
うしろには、しれっとした顔で色白のメイド少女がついていた。
「いらっしゃい。遊びに来てくれたの?」
私はカウンターから出て、アリスちゃんの前に立った。
「おかいもなの!」
「そっかー。ありがとねー」
「お嬢様は、新しい曲のオルゴールをご所望です。種類があれば、ご紹介いただけると嬉しく思います」
色白のメイドが言う。
ちゃんとしたメイドの態度だった。
「ウィルは、ちゃんと仕事をしているみたいだね」
よかったよかった。
なにしろ、この色白のメイドは、なんと高位の吸血鬼なのだ。
ニンゲンの生き血をすするアンデッドなのだ。
なんだかんだでアリスちゃんのメイドにはなったけど、そもそも浄化するべき危険な存在なのだ。
「はぁ。これだからバクは」
「は?」
「いえ、失礼いたしました。はぁ。これだからバカのクウとは会話したくないと言いたかっただけでございます。お気になさらないでください」
「おい」
さすがの私も、出会って即座に喧嘩を売られるとは思っていなかったよ。
「ちゃん、です」
「は?」
「わたくしは、ウィルちゃんと申します。どうぞお忘れなく。ちゃんも名前の一部です」
「誰が言うか。で、ウィル、無闇に本性を出してないでしょうね?」
「ちゃん、です」
「……ウィル、無闇に本性を出してないでしょうね?」
「にゃー」
「ご安心ください。バカのクウさま。わたくし、ほぼ常に闇の主様と一緒なので何もする機会はございません」
「おい、ゼノ。こいつ、次にバカとか言ったら消すからな?」
「にゃーにゃー」
「失礼いたしました、天才のクウさま。大天才のクウさま。超天才のクウさま。わたくしはメイドらしく脇に控えさせていただきます」
まったく、この吸血鬼は……!
本気で消してやりたかったけど私は我慢した。
アリスちゃんの前だしね。
「じゃあ、アリスちゃん、奥から取ってくるから少し待っててね。新作のオルゴールは何個かあるんだ」
「やったーなのー! うれしいなのー!」
アリスちゃんが飛び跳ねて喜ぶ。
その声を笑顔で聞きつつ、私はふと思った。
なの、か……。
なんとなく、なのに関して、何かを忘れている気がする。
なんだったかな。
まあ、いいか。
今はアリスちゃんの接客だね!
アリスちゃんは、私の新作オルゴールをすべて気に入ってくれて、すべてお買い上げしてくれた。
まいどありー!
なのです。
……なのですと言えば、リトか。
ふむ。
私はお店の外に出て、お買い物をおえて帰路につくアリスちゃん御一行のお見送りをしつつ、思う。
なの……か……。
ただ、リトと何かを約束した記憶はない。
「気のせいか」
私は笑って、1人、背伸びをした。
肌に触れる空気が冷たい。
お店の中ではあまり気にならなかったけど、今日は寒い日のようだ。
空を見上げる。
今朝、空は晴れていた気がするけど……。
いつの間にか空は真っ白だった。
ん?
白い空の中から、何かが、ひらひらと舞い降りてくる。
なんだろう……。
と思ったら、それは雪だった。
私は手のひらに、小さな雪の結晶を乗せた。
「へー。珍しい」
学院の授業で習うし、実際に去年がそうだったけど――。
この大陸の四季の移り変わりは、かなり穏やかだ。
真冬でも、場所にもよるだろうけど、少なくとも帝都周辺では世界が氷つくほどには寒くならない。
実際、去年の冬は、帝都では一度も雪は降らなかった。
とはいえ、まったく降らない、ということではないのだろう。
私は雪の降り始めた空を見上げた。
「綺麗だねえ」
前世の冬を思い出して、雪には懐かしさも感じる。
この時――。
私は、その雪の意味するところを、何も理解していなかった。
それを知るのは、雪が降り積もった夜のことだった。




