1141 閑話・土産屋のフグは考える。この子たちは……。
店の中に、重い沈黙が流れた。
クウという子は、言葉を発しなくなってしまった。
ただじっと、カメの彫り物を見ている。
俺は途方に暮れた。
ただ幸いにも、セラという子が何かを言おうとしてくれていた。
お願いします!
なんとかこの話をおわらせてください!
俺は祈った。
その時だった。
「なんだこの、チンケな土産屋は」
と、甲高い声で言いつつ、いかにも高慢そうな背の高い男が、何人かのゴロツキを引き連れて店に入ってきた。
面倒そうな客だ。
だが、客は客なので、俺は愛想よく言った。
「いらっしゃいませ。ようこそ」
「フンッ! 貴様が店主か?」
「はい。そうですが」
「フグの干物をあるだけよこせ。半額でまとめ買いしてやる」
「……あの、何故、フグの干物を?」
「ボスがいたく気に入られてな。今夜の宴会のために数を集めているのだ。ここはフグの店なのだろう?」
「申し訳ございません……。フグの干物は売れてしまいまして……」
「なにぃ!?」
「他の土産でしたら、ございますが……」
俺はなんとか帰ってもらおうとした。
が……。
「おい、あるじゃねぇか!」
ズカズカと店の奥に歩いたゴロツキの1人が、カウンターの上に山積みしたフグの干物に気づいてしまった!
「それは――。すでにご購入された品でして……」
「誰がだ!?」
「そ、それは……。あの……」
俺は言葉を濁した。
まさか、女の子たちです、とは言えない。
「あー。このガキどもか?」
「ガキとは、わたくしたちのことですか? フグの干物を買わせていただいたのはわたくしですが」
セラという子が、よせばいいのに自白してしまった。
「まあ、なんでもいい。俺等は海洋都市から来たスーラ・ファミリーの者だ。フグの干物はもらっていくからな」
「お断りさせていただきます。貴方に譲る理由を感じませんので」
セラという子は堂々としたものだが……。
相手が悪すぎるだろう……。
海洋都市のファミリーなんて、表では商会を気取っているが、裏では完全にただの犯罪集団だ……。
殺しに詐欺に誘拐に破壊行為、なんでもアリの連中だ……。
「おい、ガキ。テメェが、どこのお嬢様かは知らねぇがな。テメェらの常識と権利がそのまま通用する相手だと思うなよ?」
「では、どう通じないのか、教えていただけますか?」
あああああ!
なぜそんな挑発的な発言を!
俺は目眩を感じたが、幸いにも背の高い男の言葉は脅しだけのようだ。
威圧するように笑った後、
「ガキは、そこのカメでも土産にしておけ。お似合いだぜ」
背の高い男がそういうと――。
ゴロツキたちが、まわりで威圧的に騒ぎ出した。
「親分、このカメ、カメ様だってよ!」
「カメ様ってなんだよ、くだらねぇ!」
「チャチな彫り物だぜ!」
「まさにカメ様だな! カメ様にお似合いのショボさだぜ!」
「ああー、カメ様ー! わたくし、本当は怖くてチビリそうなのー! 助けてくださいカメ様ー!」
「わはははは! ぐはっ!」
笑ったゴロツキが、嗚咽と共に消えた。
ように俺には見えたが――。
実際には、吹き飛ばされて、店の外にまで飛んでいった。
「――おい」
いつの間にか振り返っていたクウという子が、その正面にはいた。
「今、なんつった? カメ様のことをなんつった?」
クウという子がフードの下で問う。
俺は息を呑んだ。
妙な迫力を感じたからだ。
「はぁ!? くだらなくてチャチでショボい、カメ様かぁ!? ぐはぁ!」
近づいてきたゴロツキを、クウという子が蹴った。
ゴロツキが通りまで飛んでいった。
「テメェ! このガキ! 何しやがった!」
「天下のスーラ・ファミリーに喧嘩を売る気かぁ、コラァ!」
「許さん……! 許さんぞ……! カメ様を愚弄するこの背徳者共が! 大自然に代わってこの私が成敗してくれるわぁぁぁぁ!」
クウという子が怒気も顕に、何人もいたゴロツキを一蹴する。
凄まじい蹴りだった。
まるで風……。
いや、いきなり落ちてきた一閃の稲妻のようだった。
全員、道路に強く体を打ち付けて――。
意識のある者はいるようだが、立ち上がれる者はいない様子だった。
「海賊って、ホントにダメだね……」
マリエという子がポツリと言った。
「クウちゃん、お土産も買いましたし、最後にお掃除をしますか?」
「だね。こいつら、よりにもよってカメ様をバカにするなんて。絶対に許せないよね」
お掃除なら今しただろ……。
それも強烈に……。
と俺は思ったが……。
この子たちの言うお掃除とは、それ以上のことなのだろうか……。
「クウさま! やるなら今回は私にやらせてよー! 幻惑させて、なんでも話をさせればいいんだよねー?」
え。えええええ!?
いきなりポンっと、小さな女の子が空中に現れた!
羽がある。
これは、まさか……妖精だろうか。
「できるの?」
「やってみたい! セラにもできたんだから、私にもできるよー!」
「まあ、いいか。なら頑張ってみて」
「わーい!」
俺はふと思う。
10代前半のお嬢様で……。
ゴロツキ共を恐れることもなく、簡単になぎ倒せる圧倒的な戦闘力。
妖精……。
さらには、セラという名前……。
そんな3人組が、世直し旅の皇女様達以外に存在するのだろうか。
しない気がする。




