1140 閑話・土産屋のフグは考える。カメはウニなのか?
さて、どうするか。
いらっしゃいと陽気に声をかけてから、俺は迷いつつも、まずはいったん素知らぬフリをした。
基本、俺の土産屋では接客はしない。
ウザがられることが多いからだ。
好きに見て、好きに買いたい客が大半なのだ。
ただ、たまに気まぐれで入ってくる金持ちは、逆に愛想よく接客すると、びっくりするほどたくさんの品を買ってくれる。
女の子たちは、間違いなく金持ちだ。
庶民の子供は、いちいちローブで身を隠したりなんてしない。
言動にも品がある。
接客すれば、俺がオススメするままに、たくさんの土産を買ってくれる可能性は高いだろう。
だが、とはいえ、相手は若い女の子だ。
おっさんが下手に声をかければ、気持ち悪がられるかも知れない。
悩みどころだった。
と、俺が考えていると……。
「――店主、少しよろしいでしょうか」
お。
セラと呼ばれた女の子が、なんと俺に声をかけてきた。
「はいっ! ただいまっ!」
呼んでくれれば、もちろん笑顔で行かせてもらう。
俺だって商売人だからな。
「これなのですけれど……」
セラという子が目を向けているのは、フグの干物だった。
袋に入れて木の台に並べてある。
「はい! こちらの品はすべて、地元の漁師が獲ってきて地元の砂浜で加工した地元のフグの干物ですよ! 北の風味が詰まった逸品です!」
「これは、普通に焼いて食べるものなのですか?」
「はい。そうですね。火で炙っていただければ、美味しく食べられます」
「普通に置いてありますが、腐ったりはしないのですか?」
「そうですね……。うちの品は、十分に干して塩もまぶしていますから、冬の間なら余裕で持ちますよ」
「わかりました。ありがとうございます」
「はいっ!」
俺が満面の笑顔でうなずくと――。
セラという子も笑顔を返してくれて――。
「では、こちらのフグの干物はすべていただきましょう。家族と知り合いへのお土産とさせていただきますね」
「はいっ! ありがとうございます!」
やったぜえええええええ!
俺は心の中で叫んだ。
さすが、金持ちはそうでなくちゃいけないよな!
全部売れるとは!
「あとは、そうですね……。何か家や部屋に飾れる小物がほしいのですが、オススメの品はありますか?」
「はい! もちろんです! 北の海と言えば、やはりフグ! 当店にはたくさんのフグのお土産があります! どれもよい品ですが、やはりお好みもありますのでご案内させていただきます!」
「セラちゃん、私もいい? どれにするか迷っちゃって」
「もちろんです。マリエさんも一緒に選びましょう。クウちゃんは――。何かに夢中のようですね」
ちらりと見れば、クウと呼ばれた少女は――。
1人、フロアの隅にいた。
微動だにせず、何かを熱心に見つめている。
いや、何かではないか。
そこの棚にあるのは、俺が「カメ様」と名付けた、カメの彫り物だ。
カメが珍しいのかも知れない。
とりあえず、気にしないでおくことにした。
今は、セラとマリエという2人のお嬢様を相手に全力で愛想を振り撒くのさ!
俺は精一杯、2人のお嬢様にフグの土産品を語った。
2人のお嬢様は熱心に聞いてくれて――。
そして――。
特にセラという子が、あれやこれやと大量に買ってくれた!
普段の1日の売り上げよりも多くだ!
金払いもよかった!
定価のまま、即座に支払ってくれた!
「ところで、ご購入いただいた品の持ち運びはどうしましょうか? こちらでホテルまでお運びいたしましょうか?」
「いえ、それは不要です。とりあえず持てるようにだけしてください」
「かしこまりました!」
店の外に従者がいるのだろう。
俺が早速、作業に取り掛かろうとすると――。
「店主」
と、それまでじっとカメの彫り物を見ていたクウという子が――。
不意に俺のことを呼んだ。
「はい! ただいま!」
俺はいったん、そちらに向かった。
「どうしたんですか、クウちゃん」
「うん。どうしたの?」
セラとマリエという少女も、クウという子のところに行く。
「ねえ、ちょっと質問だけどさ――」
クウという子は、ひたすらにカメの彫り物を見ている。
「はい。何でしょうか」
「真面目にたずねるから、真面目に答えてね?」
「はい。かしこまりました」
「……これはカメ様なの? 商品の札に、カメ様って書いてあるけど」
「はい。そうですが……」
「ウニじゃないの?」
「え」
「ウニ」
クウという子が繰り返して言った。
ウニ、と。
俺は正直、混乱した。
いったい、どこからウニという言葉が出てきたのか。
わけがわからない。
クウという子は、ずっと、そして今も、カメの彫り物を見ている。
まさかカメを、ウニだと思っているのだろうか。
「……クウちゃん、これはカメですよね?」
セラという子が心配げに言った。
「うん。カメだよね」
マリエという子がそれに同意する。
俺は胸を撫で下ろした。
俺が余計なこと言う必要はなさそうだ。
と思ったところで、クウという子があらためて俺に問いかけてくる。
「ねえ、ウニじゃないの?」
と――。
俺は困った挙げ句……。
「い、いえ……。あの、これは、ですね……」
俺は必死に考えた!
この子を不快にさせることはできない!
そんなことをすれば、せっかくの売り上げが台無しになりかねない!
なんとしても!
気持ちよくなってもらわねば!
そのためには――。
どうする!
ウニって言っちゃうか!?
いやー、お目が高い!
実はこれ、カメ様という名前のウニなんですよ!
って言っちゃうか、俺!?
いや、ダメだ!
すでにこれはカメだと他の女の子たちが言っている!
そもそもこれはカメなのだ!
ウニではない!
「これは――」
俺は迷いつつ、必死に口を開いた。
「これは――。カメ様です」
と。
「つまり、ウニだよね?」
クウという子がしつこく確認してくる。
「いいえ。カメ様です」
俺も繰り返した。
何を言っているのか、自分でも意味はわからない。
だが否定も肯定もできない以上、他に言葉はない。
「カメ様なのに、カメなの……?」
「はい。カメ様です」
いったいクウという子は何を想い、熱心にカメの彫り物を見つめるのか……。
俺にそれを理解することはできなかった。




