1139 閑話・土産屋のフグは考える
俺の名はフグ。
港湾都市ヴェザの商業区で土産屋を営んでいる、どこにでもいる冴えない中年男だ。
年末に近い12月の下旬。
今日も俺は、いつもと変わらず店を開き、客を待っている。
俺の店である「おみやげ屋フグ」は、海洋都市や帝国西岸の商人どもが大きな船で訪れる商業港に近い通りにある。
立地はよかった。
実際、目の前の通りは賑わしい。
地元の人間だけでなく、よそからやってきた商人や船乗りたちも楽しそうな顔や疲れた顔を浮かべて歩いている。
だが、俺の店には悲しいかな閑古鳥が鳴いている。
客は入ってこない。
誰も彼も、俺の店の前を素通りしていく。
たまにチラリとこちらに向く目はあるが、立ち止まられることすらなかった。
むなしいものだ。
「はぁ。名物、か」
俺は1人、椅子に座ってため息をついた。
ダチの言葉を思い出す。
普通に土産を並べるだけでやっていける時代はおわったぞ、と。
店の名物くらいないと客は入ってこないぞ、と。
しかし、とはいえ……。
俺の店にも名物はある。
あるつもりだった。
俺の名はフグ。
店の名もフグ。
だからもちろん、この店はフグ推しの店だ。
我ながら実にわかりやすい。
フグの干物から置物まで、いろいろなものを並べてある。
だが、人気はなかった。
売れるものといえば、他と変わらない普通の土産ばかりだった。
フグが売れるのは本当にたまにだった。
まあ、しかし、それでも今まではやってこれた……。
普通の土産は売れていたからな……。
しかし去年、新築の総合商店ができて……。
綺麗で安くて何でも揃うとあって、商人に加えて船乗り連中にも評判となって……。
おかげでうちは閑古鳥だ……。
そもそもフグは毒魚というイメージが強い。
毒なんてちゃんと処理すれば問題ないのに。
俺は実際、フグを食べて育ってきたが、健康そのものだ。
ダチには、フグはあきらめろ。
新しい名物を探せ、と言われている。
俺は店を見た。
なので……。
今、俺の店には、木彫りのカメも置いてある。
知り合いの木工職人がお試しで作ったものを、俺が買い取った。
フグがダメなら、カメならどうだ!
カメならいけるだろう!
と思ったのだ。
カメは売れることなく鎮座している。
完全なる不良在庫だ。
もっとも、ひとつだけなのでダメージは少ないが。
とはいえ、かめーへん、かめーへん、なんて笑っていられる場合ではない。
なんとかしなければと思って、最近、カメには木の札をつけた。
札にはこう書いた。
それを俺は、口にして読んだ。
「カメ様」
いったい、何故、俺はカメに「様」をつけたのか。
いや、理由はある。
あるのだ。
帝国の南方では、カメ様という存在が海の主として信仰されているという。
以前に船乗りがそんな話をしていた。
なので、ありがたく「様」でもつけておけば、カメ様信仰のある地域から来た人間が買ってくれやしないかと思ったのだ。
縁起物なので値段は銀貨1枚にした。
縁起物は、安いとご利益がないと思われてしまうからな。
……さすがに高すぎたのかも知れない。
銅貨7枚にするか……。
それでも高い気はするが、仕入れが銅貨5枚だったので、さずかにそれ以上の値引きは辛いものがある。
「……なあ、頼むぜ、カメ様。俺にもご利益をくれよ」
そんなことをぼやいていると――。
お。
ローブを着た小柄な3人組が、俺の店の前で足を止めたぞ。
「ねえ、セラ。フグがあるよ、フグ」
「ありますね。まん丸ですね、クウちゃん」
「だねー。まん丸だねー」
ローブの中は、若い女の子たちのようだ。
軒先に吊るしたフグの提灯を見て、楽しそうに笑っている。
高級区のホテルに泊まっているどこかのお嬢様が、お忍びで庶民の様子でも見に来たのだろう。
そういう子供はたまにいる。
ヴェザは、昼に表通りを歩く分には平和だからな。
辺境伯様は、本当に有能なお方だ。
病気で倒れられてから――。
跡継ぎと豪族との仲がどんどん険悪になって……。
最近は、イヤな噂ばかりが流れるようになっていたが……。
衛兵の士気も下がる一方だったが……。
ただ昨日、とんでもない噂が飛び込んできた。
なんと……。
世直し旅の皇女様がこの地を訪れ、この地に騒乱をもたらそうとしていた悪い貴族を懲らしめるばかりか――。
光の力を以て、辺境伯様の病気をたちどころに癒やし――。
そればかりか、領民の病気まで癒やしてくれたそうなのだ。
最初に聞いた時は眉唾な話だと思ったが――。
昨日の夜の酒場で俺のダチも皇女様の光の力で持病が消えたと喜んでいた。
どうやら本当のことのようだった。
「ねえ、セラちゃん、クウちゃん。ちょっとお店の中も見てみようよ」
「うん。見てみよかー、マリエー」
「はい。そうですね。このお店は面白そうです」
お。
お忍びの女の子たちが、俺の店に入ってくるようだ。
しかも、よく聞けば、1人はセラと呼ばれているな。
セラと聞いて俺は、すぐに皇女セラフィーヌ様の名前を連想したが、すぐにその連想は頭から消した。
いくらなんでも、まさかセラフィーヌ様が俺の店に来るわけがない。
だが、セラフィーヌ様の旅のお伴は……。
同年代の少女2人だとも聞いた。
数としては、ぴったり合う。
ただ、名前は違うか。
お伴の名前は、スカイとミスト。
クウとマリエではない。
あと旅のお伴には、妖精もいるらしいし。
俺は妖精なんて、おとぎ話の存在だけだと思っていたが……。
実在しているという。
実際、俺のダチも見たと言っていた。
小さくて、キラキラとしていて、可愛かったらしい。
この3人は妖精を連れていない。
やはり、当然だが、別人だろう。
俺は陽気に声をかけた。
「へいらっしゃい! お嬢さん方、ゆっくり見ていっておくれよー! うちにあるのはどれもこの町の名物だよー!」




