1138 クウちゃんさま、緊張する
「……みんな、働いているねえ。……港ってすごいねえ」
マリエがしみじみと言った。
「だねー」
こんにちは、クウちゃんさまです。
私たちは今、港湾都市ヴェザの中心区から離れた港にいます。
大きな倉庫の屋根の縁に座って、大きな船の停泊する港の様子をのんびりと見下ろしています。
中心区のマリーナとは違って、こちらは商業港。
大きな荷物が船に乗せられたり……。
船から下ろされたり……。
東の海洋都市や帝国の西海岸との取引が、今日も盛んに行われている。
帝国は今、好景気なのだ。
儲かっている話は、ウェーバーさんたちからもよく聞く。
というわけで。
辺境伯邸から離れた私たちだけど、実はまだヴェザにいるのだった。
時刻は午後1時をいくらか回ったところ。
「ねえ、セラ、マリエ、ミル。最後に何かやりたいことはある? あと3時間くらいは遊んでいられるけど」
「降りて散歩は?」
セラの肩に座っていたミルが言った。
「んー。それはねえー」
私が難色を示すと、
「わたくしたち、多分、思いっきり目立ちますよねえ」
セラも同意した。
「私なら姿を消すよ? セラたちは、ローブを着ればいいんじゃない?」
「それならいけるかもだけど」
「そうですね……。ミルちゃんがそれでいいのなら、わたくしも帰る前に町の散策がしたいです」
「ならそうしよっかー。マリエはどうー?」
「私は、なんでもいいよー」
「へー。なんでもいいんだ」
「あ、ウソウソ。散策ならいいよー」
マリエのなんでもタイム。
記録3秒。
「わたくし、実はこの旅でひとつ、やり残していることがありまして。できればそれもやりたいのですが……」
「へー。どんな?」
「実は、お父さまたちにお土産を買っていくと約束していたので……。お土産を売っていそうなお店に立ち寄れれば嬉しいかな、と」
「お土産はいいかもだねー。私も買いたいかもー」
「面白いものがあるといいわねっ! あと、地元の美味しいグルメも!」
マリエとミルが賛成して、話は決まった。
「そういえばさ、クウちゃん」
「ん? どうしたの、マリエ」
「南の海にはカメ様がいたよね。北の海にはどんなお方がいるの?」
マリエが素朴な疑問を口にした。
「ふむ。どうなんだろうね」
「クウちゃんも知らないんだ?」
「うん。私、マリエに言われて今、初めて気にしたよ。辺境伯たちは、そのあたりのことは何か言っていなかった?」
「私は聞かなかったよ」
「そかー」
「お土産屋さんに、ウニの置物とかあるかも知れませんね」
セラが笑って言った。
私は、その言葉に衝撃を受けた。
だって……。
ウニは、カメ様……。
カメ様は、ウニなのに……。
ウニの置物なんて……。
それって、つまり、南がカメ様で、北がウニ様?
でも、え。
それって、つまり、ウニ様はカメなの?
カメなのにウニ様なの?
わからない……。
いったい、どういうことなの、それ……。
ああああああ!
「……あの、どうしたんですか、クウちゃん?」
私の様子がおかしいことに気づいたセラが、顔を寄せてくる。
「あ、ううん。なんでも! あはは! ウニって、どんなのかなーと思って!」
私は誤魔化した!
「ウニは、黒いイガイガですよね? 南の海で見ましたよね?」
セラが首を傾げる。
「だねー。生で食べると美味しいっていうのには、びっくりしたけど」
それにマリエが笑顔で同意した。
ああああ……。
ウニを、食べる……。
そんな……。
それって、カメ様を食べちゃうってことだよね……。
カメ様じゃないとしても、カメを食べるってことだよね……。
いや、うん。
前世でもカメを食べる文化はあったか……。
あったけど……。
私の頭は、ぐるぐると回った!
「南の海かぁ……。ねえ、クウちゃん。シーダは元気なのかな?」
「ん?」
「シーダ」
マリエが繰り返す。
「なんだろ、それ」
「え」
「え?」
「あの、クウちゃん……。シーダ――リリシーダは、南の島にいたエルフの巫女の女の子の名前だよ?」
「それって、リザードマンのタムじゃない?」
「もー。クウちゃん。そういう冗談はちょっとよくないよー」
「え。あ」
「……もしかして、本気で忘れちゃったの?」
マリエに悲しい顔をされて、私は不意に思い出した。
「……主さまがよく言っていたわ。クウさまは、興味のないニンゲンのことはすぐに忘れて困るって」
ミルがため息まじりに言った。
「いや、うん。忘れていないよ、ちゃんと! あの壮大なエルフの芸、大草原も大海原も覚えているし! でも、私もあれから南の島には行っていないから元気かどうかはわからないけど!」
「タムちゃんもリリシーダさんも、元気だといいですね」
セラが笑って言った。
私とマリエは、笑ってそれに同意した。
「さあ! のんびりしている時間はあんまりないのよね! 早く町に行ってウニ様の置物と美味しいものを探そうよー!」
ウニ様の置物はともかく、私たちはローブを身にまとって、しっかりとフードも頭にかぶって――。
その後で、まずは全員で姿を消して。
お土産とグルメを求めて、繁華街へと飛んで向かうことにした。
正直……。
平静を装いながらも、私は少しだけ緊張していた。
ウニ様の置物なんて……。
ないよね……。
うん。
あるわけがない……。
でも、もしも、あったら、どうしよう……。
それってカメだよね……?
だってウニ様だし……。
私は不敬にも叫んでしまうのかも知れない……。
カメじゃん!
って……。




