1137 セラの言葉は……。
私はクウ。
すべてを受け止める、心優しい精霊さんだ。
私は今、セラの言葉を待っていた。
それは果たして、「クウちゃんだけに、くう」なのか。
あるいは、「にくきゅうにゃ~ん」なのか。
セラは、いったい、そのふたつのどちらかを使って、どんな理屈でラシーダを説得するつもりなのか。
私にはわからない。
だけど、セラの表情に迷いはなかった。
つまり、確信があるのだ。
故に私は見ていた。
そして、見事に説得した暁には今度こそ拍手しようと思うのだ。
セラが言う。
「このことは他言無用に願いますが、スカイはセンセイです。わたくしも剣と魔術の指導を受けてきました。そのセンセイが否とおっしゃるのですから、この件をお受けすることはできせまん」
「……セラフィーヌ殿下の魔術の師匠は、聖女ユイリア様では?」
「待ちなさい、ラシーダ」
疑問を口にしたラシーダを、父親たる辺境伯が制した。
「殿下、まさかセンセイとは――。あの、センセイなのですか?」
「ええ。そうです」
セラが微笑をたたえたままうなずく。
場に沈黙が流れた。
「お父様……。いったい、どういうことなのですか?」
「ラシーダ、残念だが、マリエ嬢のことは諦めなさい」
「なぜですかっ!」
「それがセンセイのご意思だからだ」
「センセイって……。貴女は、誰なんですか?」
ラシーダが私に目を向けた。
私はクウちゃん。
かわいいだけが取り柄の12歳の女の子です。
センセイではありません。
と言いたいけど……。
セラの先生であることは、事実か。
「こほん」
私は息をついてから、あらためて言った。
「私は蒼穹のスカイ。セラフィーヌ殿下の護衛の1人ですよ。ただし、センセイなのでたまに意見を言うこともあります。それに、こちらのマリエは、帝都でお父さんのお店を継ぐのが夢で、小さな頃から頑張っているのです。あと、優しい子なので、優しいラシーダに冷たい対応をすることができなくて困り果ててもいたのです。わかってあげてください」
「そんなぁ……。マリエお姉さま、そうなのですか……?」
「あ、えっと……。はい……。ごめんなさい……。私、帝都でお店を継ぐのが夢なので他の都市にはちょっと行けません……」
ついにマリエが自分の言葉で断った。
「ううう……。それなら、最初から言ってくださればぁ!」
「うむ。それはね。今回は、笑って誤魔化すばかりだったマリエにも、けっこう責任があるよねー」
私は言った。
考えてみると私たちも、最初からそれを促すべきだったよね。
「そんなこと言われてもクウちゃーん!」
「スカイね」
「スカイー! 私、ただの庶民なんだから、言えるわけないよねー!」
「あははー。マリエが庶民なわけないでしょー」
「ミストね」
「ほら。幻影のミスト。セラの片腕だよね? それにミストは、どれだけ謙遜しても歴然とした中央貴族だよね」
「……うう。でも、確かにそうだよね。ごめんなさい、ラシーダ様。私、ちょっと遠慮しすぎてしまっていて」
「お姉さま……」
「でも、また会えたら嬉しいですね。お友だちとして」
「はい……」
うつむいてしまったラシーダに、マリエがそっと握手を求めた。
ラシーダはそれに応じた。
私は拍手した。
セラも拍手した。
辺境伯たちは、さすがに普通に見ていたけど。
「うんうん。一件落着ね」
セラの肩に座っていたミルも満足顔だ。
「そういえば、ミルは大人しかったね」
私が笑って声をかけると、ミルはしたり顔でこう言った。
「恋なんて、お姉さんが邪魔するモンじゃないでしょ。静かに見ていてあげるのがお姉さんというものよね」
「なるほど」
それは、そうかも知れないね。
かくして。
辺境伯家での挨拶もおわった。
庭には関係者しかいないので、飛んで立ち去らせてもらうことにした。
「お姉さまー! お姉さまー! わたくし、社交界デビューしたら必ず大宮殿のパーティーに行きますのでー! そこでお会いしましょうねー!」
「はい! 楽しみにしています!」
「約束ですよー! 約束ですからねー! それまで他の子に、すりすりうにうにされたらダメですよー!」
「いえ、あの……。うにうにはご遠慮ください……」
というマリエの最後のお願いは――。
多分、ラシーダには届かなかった。
何故なら話す内、青空の中に浮かび上がってしまったからね。
上空で、ようやく私たちは4人だけになった。
「いやー、なんか、今回の旅は、まさに怒涛だったねー」
私は笑った。
「そうですねえ。今回は、夜の一時しか落ち着く暇もありませんでしたね」
「私も大変だったんだよー。私の愚痴、あとで聞いてねー」
「あはは。いくらでも聞くよー。でも、ラシーダを救えてよかったね」
「うん。それはね。そう思うよ」
マリエがしみじみとうなずく。
「戦争を防げて、たくさんの人を救うこともできて……。わたくし、今回の旅は、本当に将来を考える機会になった気がします。答えはまだ出ませんけれど」
「答えは、ゆっくりでいいと思うよー。前にも言ったけど、どうするにしても学院を卒業してからでいいんだし」
セラには、ユイのような前世の記憶があるわけではない。
経験と知識の積み重ねは、まだまだ必要だと思う。
いや、うん……。
本音を言うと、私がまだまだ、セラとはこうして一緒に気楽に遊んでいたいだけなのかも知れないけど。
私は自分本位の子なのだ……。
もちろん、セラのことは応援しているけどね……。
「はい」
セラは笑顔でうなずいてくれた。




