1128 一件落着
「かま? かまかま?」
「ん?」
「かまーか?」
「どうしたの、クウちゃん……?」
「かまかまかまっ!」
「ひゃあ! いきなり近づかないでびっくりするからー! そもそもどうしたのいきなりー! 何言ってるのかさっぱりだよー!」
「あ、うん。今のマリエには、カマキリ語の方がいいかと思って」
「通じないからね!? そもそもクウちゃんはしゃべれるの? カマキリ語!」
「ううん。しゃべれないけど」
「なら意味ないよね?」
「かまー」
「そかーだよね!? そこは! 普通にしゃべりなさい!」
「はい。ごめんなさい」
さすがはマリエさんです。
私のボケをちゃんと料理してくれました。
私は嬉しいです。
というやりとりをマリエとした後。
こほん。
私は気を取り直して、あらためてマリエにたずねた。
「それでマリエ、どうして1人でカマキリ拳法の練習をしているの?」
「難しい話が始まったから逃げてきたの。私の出番はおわったよね」
「なるほど」
「じゃあ、セラのオハナシは上手くいったのね!」
ミルが羽をパタパタさせて言った。
「うん。最初は豪族のヒトとお兄さんが怒鳴りあって怖かったけど、セラちゃんがいい加減にしなさいって光の力を広げたら2人とも大人しくなって。あとは、ノカースのことなんかを話しつつ辺境伯様が間を取り持ってくれたよー」
「クウさまと同じねー」
マリエの説明を聞いて、ミルはしみじみとうなずいた。
「同じなんだ?」
「ええ。クウさまもそんな感じで、お祭りを始めてきたところよ」
「お祭りなんだ?」
「ええ。お祭り」
マリエは、意味がわからないという表情を浮かべたけど――。
やがて割り切ったように笑った。
「なら解決だねっ!」
「それで、ラシーダはどうしたの? 難しい話なんてする子じゃないよね?」
ミルがたずねた。
「寝ちゃったよ。疲れが溜まってたみたい」
「そっか。そうだよね。まだ子供だもんね」
「子供と言えば私もだけどねっ!」
「あははー。またまたー。幻影のミストが何を言ってるのー!」
ミルが笑う。
黙って話を聞いていた私も、なんとなく笑ったら――。
なぜかマリエに睨まれた!
「クウちゃん」
マリエがニッコリ笑って声をかけてくる。
「はい」
「今後ともいいお友達でいようね」
「うん! もちろんだよ!」
私たちは手を取り合った!
ズッ友!
「さあ、マリエ! 私とクウさまは難しい話も余裕だし、セラと辺境伯たちのところに案内してよ!」
私は完全に余裕ではないけど、とりあえず行く必要はあるか。
報告はしないといけない。
ミルに引っ張られて、お屋敷の中に入った。
辺境伯たちのところに向かう。
といっても特別な場所ではなく、最初の辺境伯の私室だ。
私たちは、普通に廊下を歩いた。
お屋敷前や廊下には、護衛の人たちが何人もいたけど、私たちが通りかかると敬礼して通してくれた。
とんとんとん。
「セラフィーヌ様、ただいま戻りました。入室してよろしいでしょうか」
ドアをノックして、私はセラに声をかけた。
ふふー。
私はちゃんとした子なので、言葉遣いを間違えたりしないのだ。
すぐにセラから「もちろんです」と明るい声が返ってくる。
私たちは部屋に入った。
辺境伯は、さすがにまだ自由に動き回ることはしておらず、ベッドに腰掛けて他の面々と話をしていた。
ただ、室内着から外着に着替えはしていた。
セラとライアルとシャグル氏の3人は、ベッドに近い場所に椅子を持ってきて、その椅子に腰掛けていた。
部屋には他にメイドと執事さんがいた。
敵反応はない。
怪しげな魔力反応もなかった。
部屋には、セラの光の魔力が薄く残っていた。
私とマリエの椅子も用意されたので、座らせてもらう。
辺境伯の容態は問題なさそうだ。
セラがしっかりと治療した。
本当に魔法の力はすごい。
他界するばかりだった病人が、もう身を起こして普通にしゃべっている。
さすがに、その姿はやつれたものだったけど。
最初に私が報告をした。
軍勢の方は、妖精の声に耳を傾けてくれて今はお祭り騒ぎだと。
セラたちの方も、問題はなさそうだ。
ライアルとシャグル氏の仲は改善していない様子だけど、間に辺境伯さえ入っていれば大丈夫そうだ。
時間はある。
これから、ゆっくりと理解しあっていけばいいだろう。
こちらでも兵士たちの騒ぎはあったようだけど、それについてもセラが光のオーラで一喝して治めたそうだ。
ただそれについて、セラは反省していた。
「……正直、つい短気を起こして、やってしまいました。気づいた時には光のオーラでみなさんを威圧していて。ユイさんに、光のオーラは一般の人に使うべきではないと言われていたのに」
「いきり立つ兵士は一般の人ではないと思うよー」
私は笑った。
「クウちゃん、笑い事ではありません」
「いやー、うん。そうなんだけどねー。――ねえ、セラ」
「はい。クウちゃん」
「そのあたりは、あんまり深く考えない方がいいよー。なんかこう、ふわっとノリでやるのが一番だよー」
「もー! わたくしはクウちゃんではありませんからー!」
「え」
私は本気で驚いた。
だって、うん。
クウちゃんだけに、ってセラが言わないなんて。
「あの……。なんでしょう……?」
私の様子を見て、セラが不安げにたずねる。
「……いや、うん。だって、クウちゃんだけにだと思ったから」
私は素直に答えた。
「それはいったい……」
セラは首をひねり、すぐに自分で気づいた。
「はっ! はううううううう! そうでした! わたくしは――! クウちゃんだけに、くう! クウちゃんなのでしたぁぁぁ!」
「クウちゃんではないよね? だけに、なだけで」
「そうでしたぁぁぁぁぁぁぁ!」
「うん。そうだね」
「……そうですね。そうでした。わたくしは、クウちゃんだけにくうの心意気でこれからも頑張ればいいのですよね」
「うん。そーそー」
私は笑った。
「わたくし、たった今、心のモヤが完全に取れました! ありがとうございます、クウちゃん! クウちゃんだけに、くう! クウちゃんだけ、くう! クウちゃんだけに――。クウ!!! ですね!」
正直、これはこれで迷惑なんだけど……。
真面目に考えすぎて遊び心をなくすことと比べれば、何倍もマシで素晴らしいことなのは確かだ。
私もここは許容しよう。
笑顔でいられること、それが何より一番大切なのだから。
話のまとまったところで――。
ベッドに座る辺境伯が、深々と頭を下げてきた。
「皇女殿下には本当にお世話になりました。このご恩は、帝国への忠義として生涯を懸けて返させていただきます」
「父を救ってくれたこと、改めて感謝する。あと、豪族たちの挙兵を止めてくれたことにも感謝を。ノカースにそそのかされていたとはいえ、あやうく俺は内乱を主導するところだった」
ライアルも、しっかり現状を理解してくれている様子だった。
よかったよかった。
これにて、北の騒乱も一件落着だね。




