1124 クウちゃんさまの帰還
「ただいまー。マリエ、お疲れ様ー」
「クウちゃんだけに、くう」
「ん?」
「クウちゃんだけに、くう! クウちゃんだけに、くううううう!」
「マリエっ!?」
こんにちは、クウちゃんさまです。
なんか、はい。
姿を現してねぎらったら、いきなりマリエが壊れました。
セラになっちゃった!?
「もー! もっと早く出てきてよー! 私、大ピンチだったの、見てたならわかるでしょー!」
と思ったら、マリエに戻ってくれました!
よかった!
「あははー。いやーでも、セラが頑張ってたしさぁ……。マリエも頑張ってるなら邪魔したら悪いと思って」
なので、兄の姿が消えるまで、私は待っていたのだ。
ちなみにノカースは予定通りに引き渡した。
呪具も一緒に渡した。
バルターさんが、キッチリ真実を解明してくれることだろう。
あとついでに、辺境伯邸の周囲に敵対反応があったので、そいつらについては問答無用で昏睡させておいた。
で、こちらでは……。
セラが無事に辺境伯の治療を成功させたのは良かったけど、豪族が兵を動かして争いが起ころうとしているのか。
話していると、内側からドアが開いた。
「クウちゃん!」
セラが現れた。
「やっほー、セラ。頑張ったねー」
「はいっ! やり遂げました! ……マリエさん、ライアルさんは?」
「それが――。大変なことになっちゃって――」
「ところでマリエさん。先程、貴女……。やってしまいましたね?」
「え。何を?」
「ドアごしにも、マリエさんの叫ぶ声だけはハッキリと聞こえましたよ。貴女、してしまいましたね……? クウちゃんだけに、くうを」
セラの声が低く冷たい!
真剣だ!
ものすごく、どうでもいいことで!
「とりあえず、マリエ。中でみんなに話をしてあげて。辺境伯にも聞いてもらった方がいいと思うし。後は任せるね」
私は話を戻した!
「クウちゃんは……?」
「ふふー。任せて! 争いなんて、平和に解決できるもんだよー」
「どうやって?」
「んー。圧倒的な力で有無を言わせず強制的に、とか?」
「なるほど! とっても平和だね!」
「マリエさん、とにかく話を聞かせていただけますか? クウちゃんは、また行かれてしまうのですね」
「うん。セラも、しばらくここはお願いね」
「はい。わかりました」
私は屋敷から出た。
一気に南に飛んで、敵対反応を探す。
すぐに見つかった。
たしかに山裾に、多くの兵が集まってきている。
ボスらしき男は、簡単に見つけることができた。
幕に囲まれた本陣っぽい場所の内側。
敵対反応が一番大きかったし、他より立派な鎧を着ていたし、ものすごく偉そうな顔をしているし。
間違いはないだろう、多分。
私にとっては幸運にも、彼はこの時、1人きりだった。
戦い前の興奮を静めるためか――。
彼は1人、椅子に座って目を閉じて、じっとしていた。
「昏睡」
私は魔法をかけた。
緑魔法『昏睡』。
対象は意識を失う。
単純な魔法だけど、悪魔どころか闇の大精霊の意識すら簡単に刈り取ってしまう超絶に強力な魔法でもある。
強い衝撃を与えなければ、丸1日、目覚めることもない。
「よいしょっと」
もはや私も、手慣れたものだ。
いつものように担いで、さっと飛行で辺境伯邸に戻った。
辺境伯の私室は、屋敷の3階。
窓の外で、私は窓を叩いた。
セラがすぐに気づいて、窓を開けてくれる。
私は中に入った。
辺境伯はベッドの上で半身を起こしていた。
担いできた男を、私はベッドの脇に落とす。
「いきなり失礼しますけど、辺境伯、この男に見覚えはありますか?」
「ああ……。この地域の豪族の顔役でシャグルという男だが……。いったい、どうしてここに……」
「内乱を起こそうとしていたので連れて来ました」
「その話は、今、ざっと聞いたところだ……。私が倒れたばかりに、とんでもないことになっていたようだな……」
「起こしますね」
私はシャグルという男を起こした。
「う……。うう……。ここは……?」
「シャグル、久しいな」
混乱するシャグル氏に、ベッドの上から辺境伯が声をかける。
「これは! ラグイヤ様!? ここは霊の世界……。私は殺されたのか!?」
「私は生きている。死ぬ寸前だったが、助けられたのだ」
「それは――。いや、確かに本物か――。とっくに死んだと聞いていたが――」
辺境伯であるラグイヤ氏と、豪族の顔役であるシャグル氏。
この2人は、険悪な関係ではないようだ。
敵対反応も消えていた。
シャグル氏の剣は没収し忘れていたけど、彼が剣を抜くことはなかった。
シャグル氏はまわりを見渡して――。
私たちの姿を見て――。
それから、顎髭を撫でると、あぐらをかいて座り直した。
「俺は捕まったのか?」
「さて、どうなのか。実は私にも意味がわからぬ。知りたいのあれば、そこにいる皇女殿下にたずねるとよかろう」
ラグイヤ氏の目がセラに向く。
「皇女? なんだ、それは……」
シャグル氏も訝しげに、セラへと顔を向けた。
そこにミルが戻ってくる。
「マリエ! 大変! 兄貴が手下を連れてお屋敷から出て行っちゃったよ! どうするの止めないでいいの!?」
「クウちゃんに言おうね!」
「なんで!? マリエの仕事なんだよね!?」
「そもそもミストです! 幻影です!」
「もー! なんでもいいでしょー! この大変な時にー!」
「……妖精様? ……まさか、そんな」
ミルの姿を見て、シャグル氏が目を見開いて驚愕する。
どうしたのだろうか。
「確かにその子は妖精だけど、妖精に何か思うところがあるんですか?」
私は聞いてみた。
「な、なななな、何を言っているのだ! 妖精様は、精霊様の御使い! 1000年の昔に消えた尊き者ではないか! どうしてここにいるのだ!? 精霊様からのお言葉があるというのか!? 真の春が来るというのか!?」
シャグル氏の言動に、嘘を吐いている様子はない。
「この地に古くからある妖精信仰だ。辺境伯家が直轄統治している沿岸部ではそれほどでもないが、彼らの住まう内陸の山間では今でも信じられている」
辺境伯が説明してくれた。
ふむ。
これはアレだね。
うん。
アレだ。
久しぶりに、かしこい精霊さんのナイスなアイデアを――。
披露する時が来たのかも知れないね!
私は早速、豪族さんたちのところに行こうと思ったけど。
まずは、その前に。
兄の出陣を止めないといけないか。




