1117 北へ!
「セラ、お疲れ様。立派にヒールできたね」
「ありがとうございます、クウちゃん。わたくし、頑張りましたっ!」
兵士たちの治療がおわって、セラと合流する。
セラに疲れた様子はない。
ちゃんと治療もできてきていた。
セラにとっては、ユイとの夏の修行の旅以来、久しぶりの実地となるはずなのに大したものだ。
勝手にやっちゃってよかったのかなぁ、とは思うけど、やってしまったものは仕方がない。
それにそもそも、これから辺境伯の治療に行くわけだし。
まあ、いいよね。
私は気にせず、セラの頑張りを褒めた。
「セラフィーヌ様、皆様、どうかお気をつけて」
「はい。行ってまいります」
「あと、兵士たちの治療、本当にありがとうございました。皆、光の力を受けて歓喜しております」
騎士さんが頭を下げると、うしろにいた兵士たちが帝国の聖女セラフィーヌ様を大いに称えて叫んだ。
魔導具で移動することは伝えてある。
騎士さんと兵士さんに見送られて、そのままロビーで転移した。
ダンジョンに飛んだら、『離脱』。
そうすれば、あっという間に北方のダンジョン町だ。
外に出ると、いつものように駐在兵に驚かれたけど、ラシーダが辺境伯家の娘として話をつけてくれた。
幸いにも兵士隊長はラシーダの顔を知っていた。
すぐに馬車も手配されて、馬車での移動となる。
御者はメイドさんがやってくれた。
辺境伯たるラシーダのお父さんが住む港湾都市ヴェザは、このダンジョン町からだと馬車で半日以上の距離がある。
夜には到着できるかどうか、というところだね。
がたがた……ことこと……。
馬車に揺られて、私たちは街道を進んだ。
「……あの、ハロお姉さま」
マリエの腕から離れないラシーダが、マリエを見つめながら言った。
「ミストでお願いします」
マリエは、うん。
もうすっかり慣れた様子で、普通の笑顔を浮かべていた。
さすがだ。
ミストというのは、私が決めたマリエの偽名だ。
なにしろ今回のマリエは、皇女殿下の片腕。
世直し旅のお伴。
マリエのままでは、さすがにね。
「2人きりの時もですか?」
「はい。念のためです」
「うう。わかりましたぁ……。では、ミストお姉さま」
ちなみに2人きりではありません。
馬車には、私もセラもミルも乗っています。
「実は、お願いがあるんです」
「はい。なんですか?」
「お兄さまと結婚してください。そうすれば、ずっと一緒です」
ラシーダが言う。
マリエが笑顔のまま、私に顔を向けた。
タスケテ。
と、言っているのはわかる。
私は拍手した。
「クウちゃんっ!?」
さすがにマリエが叫んだ。
「ごめんごめん。ジョーダンだよー。あと、私はスカイね。なんにしてもラシーダ様、それは無理です。なにしろ幻影のミストは聖女様の片腕。帝国にとってなくてはならない人材なのです」
「うう……。悲しいです」
「それについては、あきらめてください。ねえ、セラフィーヌ様」
「え? わたくしですか? わたくしは別に……。そういうのは、本人たちの問題だと思いますし……」
「セラフィーヌ様はお認めくださるのですね!?」
「ダメです。ね、セラ。ダメですよね」
「あ、はい。すみません、ダメでした」
よかった、セラは察してくれた!
「うううう……。悲しいです。ではいっそ、わたくしとは!」
「ダメです。理由は同じです」
「わたくしが帝都に行くというのは……」
「いいお相手を他で見つけてくださいね」
「お姉さまはわたくしを受け止めてくれますよね!? はい、と、おっしゃってくださいお姉さま!」
「だいたい今は、お父君の容態を心配すべき時です。そんな時に、浮ついた話などしてどうする気ですか? そもそも助けを求めておいて、その態度は容認できるものではありませんよ?」
「……はい。申し訳ありませんでした」
厳し目に言ってしまったけど、なんとか話はおわった。
ようやくラシーダがマリエから離れた。
まったく。
この私に真面目な説教をさせるなんて、本当にくまったものだ。
クウちゃんだけに、くう。
私の柄ではないのに。
とはいえ、これでマリエも落ち着けるだろう。
ここでミルが呆れた声で言う。
「クウさま、もう少し優しく言ってあげたらー。この子だってさ、信じていた人たちに裏切られて裏切られて、傷ついて、自分ではどうしていいのかわからなくなっているだけだってー。しかも、まだ10歳なのよ? クウさまたちよりも、ずっと子供なんだからー。
ほら、ラシーダも元気だして? このミルお姉さんが、ちゃーんと事件は解決してあげるから安心しなさい」
「うう……。ミルさん……。ありがとうございます……」
ラシーダがうるうるとした目でミルのことを見つめた。
「わたくし、信じてもいいんですか?」
なんてラシーダが言う。
「ええ! もちろんよ! このミルお姉さんを信じなさい!」
「ミルさーん!」
感極まったラシーダが、ミルを抱きしめる。
「ちょー! キツくはダメよおお! 私、小さいんだからねえええ!」
その様子を見て私たちは笑った。
マリエはホッとしていた。
ラシーダは本当に、信じやすい子のようだ。




