1114 ハロお姉さまー! すりすり
話を一通り聞いたところで、タイミングよく軍馬が駆けてきた。
「姫様! ご無事――のようですね。さすがです」
商人ウィートからの緊急連絡を受けて、ディシニアの砦を守る騎士さんが部下を連れて来てくれたのだった。
襲撃犯どもは、騎士さんに引き渡す形となった。
辺境伯令嬢の暗殺未遂と、皇女への攻撃と叛意、ただでは済まないだろうけど観念してもらおう。
あとのことは司法にお任せだ。
兵士たちが、ロープで縛った悪党ども連行していく。
「……わたくし、信じるものすべてに裏切られて。
……本当に見る目がありません」
ラシーダは落ち込み続けていた。
と思ったのだけど、次の瞬間には目を輝かせてマリエの手を取った。
「でもっ! わたくしはついに、真実を見つけたのですね!
ハロお姉さま!
貴女こそ、わたくしの光!
強くて優しくて逞しい、まさに理想のお姉さま!
ああああ、わたくしは幸運です!
信じることに再び、出会えたのですから!
わたくし、ハロお姉さまを信じて、今日からは生きていきます!」
そんなことを言われて、マリエが死にそうな目を私に向けてくる。
うん。
マリエの言いたいことはわかる。
ラシーダの目は、本当に節穴のようだね……。
いや、それはさすがにラシーダにもマリエにも酷いか……。
ラシーダは実際、助けられたのだ。
幻影のハロに。
すなわち、マリエに。
でも本当は、違うのだけれども。
いや、違うことはないけれども。
「ああああ、わたくし、あの時のお姉さまの姿が忘れられません!
光に包まれて、変身なされるなんて!
まるで物語の主人公ですっ!」
マリエが頑張ったのは、間違いなく本当のことだ。
だけど、ラシーダが見ているマリエには、悲しいことに別人が含まれているというだけのことなのだ……。
そして、その部分が、根幹ということだけなのだ……。
うん。
致命的だよね……。
マリエの目が、どんどん死んでいくのは、よく理解できるよ……。
「幻影万雅、光の写し身! わたくしの一生の宝にさせていただきますっ! カマキリの拳法も素敵でした最高でした!」
なんか、しかし。
マリエの視線を受けつつ、私はセラに目を向けた。
私の視線に気づいて、セラが微笑む。
皇女様モードのセラは、実に落ち着いて穏やかだ。
クウちゃんだけにくう、なんて、言う気配もない。
私は思った。
私が助けてなくてよかった、と。
セラはいい友達だ。
うん。
それについては、疑いもない。
異世界で最初に出会って、今日まで仲良くやってきた。
これからも仲良くしていきたい。
だけど、セラがもしも2人になったとしたら……。
私は疲れる……。
うん。
マリエでよかった!
「ああ、お姉さまー!」
感極まったラシーダが前に抱きつく。
「すりすり、すりすり。すーはー、すーはー。ああ、お姉さまの感触と匂いがわたくしの心に染み渡ります」
マリエの胸に顔をこすりつけて、ご満悦だ。
タスケテ。
と、マリエの目が訴えてくる。
私はマリエに、ぐっと親指を立てた。
サムズアップだね。
国や地域によっていろいろな意味に使われるハンドサインだけど、帝国では相手のことを認める「いいね!」の意味で使われている。
もちろん私も、その意味で使った。
「――殿下たちも、いったん、ご休憩なされては? よろしければ砦の客間にご案内させていただきますが」
「ええ。そうですね。お願いします」
騎士さんの提案にセラがうなずいて、移動することになった。
私たちは歩いて土の道を出て――道中、ラシーダはずっと、マリエの腕に絡みついて離れなかった。
仲良しだね、良いことだ、うんうん。
通りに入ったところで、用意されていた馬車に乗った。
ウィート氏も来ていた。
「皆様、ご無事でしたか! 本当によかった!」
「ウィートさん、連絡ありがとね。ディシニア小麦の件は後日で。大量に買う気はあるから期待しといて」
「おおお! ありがとうございます!」
ディシニア小麦は、現在、あまり売れていない。
なにしろ去年まで瘴気に満ちていた土地だ。
警戒されるのは仕方がない。
聖女ユイリア様が浄化した土地だと広めることができれば爆売れ間違いなしだろうけど、それについては秘密だしね。
なのでちょっと、申し訳ない気持ちもあるのだ。
あと、本当のところ、ディシニア高原を浄化したのは私の古代魔法だ。
その土地で栽培された小麦には興味がある。
面白いプロデュースもできればいいよね。
アイデアがあるわけではないので、それについては未定だけど。
まあ、でも、まずは一休みだろう。
私はともかく、マリエたちには休息が必要だ。
ちなみにミルはメイドさんの手の中で、まだ寝たままでいる。
忘れていたわけではない。
面倒になりそうだったので、寝かせておいたのさー。
そろそろ起こそうか。




