1111 光の写し身!
こんにちは、クウちゃんさまです。
私は今、マリエを抱きかかえて町外れの空の上にいます。
いやー、うん。
気づいて本当によかった。
ウィート氏の売り込み攻勢に押されて、魔法感知や敵感知で町の様子を確認するのが遅れてしまった。
範囲を広げてみれば、なんと敵感知に反応があった。
しかも複数。
さっきまではなかったのに……。
これはマリエがイベントを発生させたに違いない!
と、慌てて来たのだった。
眼下では、光の幻影に身を包んだセラが荒くれ者を成敗しようとしている。
セラの姿は、いつぞやのマリーエ様と同じ。
すりガラスごしに見るようにその姿は揺らいでいて、表情等の細部はわからない。
まさに幻影。
セラが自力でかけた光の魔法だ。
「マリエは、決めのセリフを考えておいてね?」
「決めのセリフって?」
マリエがポカンとした顔でたずねてくる。
「これからセラがマリエの奥義、幻影万雅、光の写し身で戦うでしょ。戦いがおわってからどうするかはマリエの仕事だよね」
「そんなことを言われても……」
「人を憎んで、罪を憎まず、とかさ」
「それ、逆の方がいいと思うけど」
「さあ、ともかく、姿を消してセラの勇姿を見ようか」
成敗は、私がやるつもりだったけど、セラが立候補してきたのだ。
セラは今、自力の防御魔法、自力の強化魔法、自力の幻影魔法、あと剣にスタンの付与をつけて前に出ている。
スタンの付与も自力の光魔法だ。
相手の意識を刈り取って、昏倒させることができる。
ラシーダとメイドさんには、私が防御魔法と魔法障壁をかけた。
ガッチリ固くした上に、一定量のダメージ吸収。
普通の攻撃で短時間に破ることは不可能だろう。
「ねえ、クウちゃん。セラちゃんは大丈夫なの?」
「たぶんね」
「怪我でもさせたら……って。あー。私たち、死んでも死なないのかー」
「あはは」
まあねー。
セラは果たして、どこまでやれるのか。
実力的には十分のはずだけど、セラには迂闊なところがある。
あ、と言われて、そちらに目を向けてしまったり。
夏の旅の途中、城郭都市アーレでメイヴィスさんと戦った時にはそんな簡単な陽動で負けている。
「しゃーしゃしゃしゃしゃ。魔導具を使ったところで、貴女が弱いのはすでに理解していますよ」
曲刀を持った長身の男が、セラにいやらしい笑みを向ける。
状況と共にマリエがその男のことを教えてくれる。
「蛇。蛇、蛇はスネーク。しゃしゃしゃしゃー」
男が、奇妙な踊りと共にセラに脅しをかける。
彼は、ヘビーオという名前の殺し屋のようだ。
自称するように蛇っぽい。
彼は、北方辺境伯家令嬢ラシーダを殺すために現れたという。
セラが背中に匿う、メイドさんと一緒にいる私たちよりも少し年下に見える女の子がラシーダのようだ。
しかし、北方……。
触れてはいけないと言われていた場所に、ピンポイントで触れるとは。
さすがはマリエ、見事なフラグの回収っぷりだ。
「さあ、幻影の相手は私がします。貴方たちは、さっさと対象を始末してしまいなさい」
ヘビーオが荒くれ者たちに言う。
私は即座にスリープクラウドを撃てる体勢を取った。
「させません!」
セラが動いた。
「しゃ!?」
ヘビーオの顔が驚愕に染まる。
だけど、かわした。
セラの閃光のような突きに対して、体を横に流す。
セラは止まらなかった。
突いた刃を横に薙ぐ。
威力としては大した事のない攻撃だけど――。
付与が付いているので、当たれば十分なのだ。
ただ、ヘビーオという男も、かなりのやり手のようだ。
鞭のようにしなってのびてきた刃を、今度はバックステップでかわした。
いや、わずかに刃が触れた。
「しゅ!?」
スタンの効果を受けて、ヘビーオがバランスを崩す。
背後の雑木林の中に転んでいった。
セラは追撃しなかった。
身を返すと、今度は荒くれ者に飛びかかる。
「フラッシュ!」
ラシーダに近づいてきた荒くれ者たちに、閃光の白魔法を御見舞する!
荒くれ者たちは視野を奪われた一瞬――。
飛び込んだセラが、再び剣を横に凪いだ。
切っ先に触れて、スタンの効果を受けた荒くれ者たちが昏倒する。
その仲間の姿を見て、残りの荒くれ者たちは第二波をためらった。
荒くれ者たちの動きが止まる。
セラは止まらなかった。
魔力浸透を高めて、最大限の速さで攻撃する。
「いいねー!」
私は感嘆した。
荒くれ者に先手を取らせない、まさに光の連撃だった。
荒くれ者たちは、1分とかからず、全員がスタンの餌食になって、意識を刈り取られてその場に倒れた。
セラの圧勝だ。
迷いなく動けて素晴らしかった。
いや、でも――。
「しゃー! しゃしゃしゃしゃしゃー!」
怒りの奇声を上げながら、雑木林からヘビーオが出てきた!
ヤツには、スタンの効果が完全にはかからなかったようだ!
「よくもやってくれましたねえ……。弱いフリも演技というワケですか。まさに幻影、いいえ、蟷螂鎌首流の真骨頂といったところですか。いいでしょう。天然自在の同門として私も見せて差し上げましょう。我が野生の力を……」
ヘビーオが曲刀を上段に構えた。
セラは飛び込まない。
剣をまっすぐ正眼に構えて、ヘビーオの動きを見るようだ。
むむ!
「しゃー! しゃしゃしゃー!
蛇! 蛇! 蛇はスネーク! しゃしゃしゃしゃしゃー!」
ヘビーオの体が、曲刀と共に激しく曲がり始めた。
時折、威嚇するように曲刀を突き出したりもする。
なんだこれは……。
いや、これは、まさに蛇だ!
ヘビーオは、怒る蛇の動きを体現している!
私は正直、安心した気持ちでいた。
ヘビーオは間違いなく、この後、奇抜な動きと声で奇襲してくる。
その戦法は、知らない相手には本当に有効だ。
でもセラは対応できるはずだ。
なにしろ今年の学院祭で、マンティス先輩を相手に同じ経験をしている。
野生の開放。
天然自在。
それは、初見ではないのだ。
マンティス先輩はカマキリだけど……。
たとえ蛇でも形態としては同じだろう。
セラには死角はない!
実際、ヘビーオは、まさに蛇のように激しくくねりながら、奇抜な動きと奇声でセラに攻撃をしかけたけど――。
セラは正確にかわした。
とはいえ、セラにも反撃できるだけの余裕はなかった。
ヘビーオの攻撃は、それなりに鋭い。
まさに蛇の牙だった。
「しゃー。やりますねえ」
「怪我をしない内に降参したらどうですか? いずれにせよ、わたくしの仲間が来れば勝負は決まりなのです。抵抗するだけ無駄ですよ」
「しゃー。しゃしゃしゃ……。まだですよ。必殺……。2つの牙……。名付けて、スーパースネークダブルファングユニゾン……。とくと喰らいなさい……」
気のせいか、ヘビーオのネーミングセンスがユイにそっくりだけど、実はユイの遠縁とかいうことはないよね。あるはずはないか。あはは。
「蛇! 蛇! 蛇はスネーク! シャシャシャシャシャーッ!」
ヘビーオのくねりが、一段と激しさを増した。
来るようだ。
果たして何が来るのか……。
2つのというからには、2回連続攻撃なのだろうか……。
何があっても対応できるように、私もギュッと気持ちを引き締めた。
「シャアアアアアアアアアアアアアアア!」
なっ!
ヘビーオが地面に小さな玉を投げつけた!
たちまち白煙が広がる!
私は空から見ているのでよくわかるけど、ヘビーオは身を返して一目散に雑木林の中に飛び込んで逃亡を始めたぁぁぁぁ!
なにが必殺だぁぁぁぁ!
いや、でも、有効か。
必殺技が来ると思って、セラは防御の体勢を崩していない。
「スリープクラウド」
「しゃ」
ヘビーオには寝てもらった。
「じゃあ、マリエ。あとはお願い。なんかカッコいい言葉で、話をシメてね」
「え。あの、まさか、ここから先は私だけで、とか?」
「大丈夫だよー。こいつらが起きる前には、私とセラが普通に合流するから」
「ならいいけど……。ホントにお願いね?」
私はいったん、ラシーダとメイドさんにも寝てもらった。
その上でセラの隣に着地する。
「セラ、おつかれー。おわったよー」
「あれ、でも、最後の1人がまだ……。必殺技が……」
煙が晴れていく。
「彼は逃げたよ。必殺技はブラフだね」
「そんなー」
「とにかく撤収しよ」
「はい……」
落ち込みつつも、セラは光の翼を使って、さらに透明化した。
すべて自力だ。
「じゃあ、マリエ、ラシーダとメイドさんのことは起こしてあげてね。浅く寝てもらっただけだから簡単に起きるから」
「では、マリエさん。場はお返しします。光の写し身、解除ですね」
「あ、はい……」
マリエと交代して、私と2人で浮き上がる。
「クウちゃん、わたくしの戦いぶりはどうでしたか?」
「迷いのない、いい動きだったよ」
「やりましたー! 騎士の皆さんと今まで訓練してきた甲斐がありましたー!」
「ただ、ヘビーオの逃亡に気づけなかったのは残念だったね」
「はい……。わたくし、絶対に仕掛けてくると思い込んでしまいました」
「あははー。あとはよかったよー」
「ありがとうございます」
眼下では、マリエがラシーダとメイドさんを起こしていた。
ラシーダがマリエの手を取る。
ラシーダは大いに感動している様子だ。
よかったよかった。




