1110 死闘! 目覚めよ、野生の力!(マリエ視点)
「しゃぁ。見せてもらいましょうか。皇女殿下の右腕の、その実力とやらを」
私、セラちゃんの右腕になった記憶はありませんけど……。
私の心の声なんて無視して、蛇みたいな男が、歪に曲がった不気味な剣を腰のベルトから引き抜きます。
蛇男の視線は、この私……。
マリエにあります。
どうやら私、狙われているみたいです。
ただ、幸いにも、皇女殿下の右腕という超誤解のせいか、すぐに襲いかかってくることはありませんでした。
じり……じり……。
攻撃のタイミングを窺って、蛇男が距離を詰めてきます。
「アナタ、誰なの! まずは名乗りなさいよ!」
恐れる様子なくミルちゃんが叫びました。
「――ヘビーオ。そう呼んでいただければ結構ですよ、しゃー」
「どこの人なのよ!」
「私は、ただの仕事屋ですよ。金で雇われただけの、ね」
「目的は!?」
「それは、決まっているでしょう」
「どうして今なの!?」
「しゃーしゃしゃ。それは、貴女たちがいたからに決まっているでしょう。本来はもっと帝都に近い場所で、お嬢様には襲われていただく予定でしたが――。まさかこんな場所に皇女がいるとは」
ミルちゃんが時間を稼いでくれている隙に――。
私は手で、ラシーダ様とメイドさんに逃げるように合図を送りました。
相手は私を警戒しているようです。
今なら、逃げることはできるかも知れません。
と思ったのですが……。
ああ、ダメっぽいです。
いつの間にか、荒くれ者たちに囲まれてしまっています。
絶体絶命です。
「ふんっ! まあ、いいわ! マリエ、また力を――。きゃふ」
「ミルちゃん!?」
「しゃーしゃしゃしゃ。話は聞いていますよ。やらせはしません」
ああああああああ!
ミルちゃんが、ヘビーオに小石を投げられて、直撃。
墜落してしまいましたぁぁぁぁ!
ミルちゃんは、クウちゃんの指輪をしていないようですぅぅぅぅ!
というかサイズ的に無理か……。
ミルちゃんのところには、ラシーダ様が駆けてけてくれました。
「さあ、幻影――。次は貴女の番ですよ」
ど、どうしよう……。
クウちゃぁぁぁぁん!
私は心の中で叫びましたが、クウちゃんは来てくれません!
なんでぇ!
クウちゃんだけに、くう!
クウちゃんだけに、くう!
なんとかしないと……。
私は必死に考えました。
「しゃぁ」
ヘビーオが舌なめずりをします。
その姿は、本当に、野生の蛇のようです……。
私にも野生の力があれば……。
そうだ!
私は不意に夏のことを思い出しました!
ネスカ先輩の道場でのことです!
あの時、私は、野生の力を見たではありませんか!
少しだけ指導もしてもらいました!
一か八か、やってみよう……。
ふう……。
私はできるだけ心を落ち着けます。
ネスカ先輩の道場では、クウちゃんがモッサを連れてどこかに行ってしまって、弟子の人たちが逮捕された後――。
私は成り行きで、指南を受けることになりました。
その時、道場にいた1人、マンティス先輩から教わったのです。
他に、どうしようもない時の方法を――。
力を開放する、その方法を。
やるしかありません!
私は、カッと目を見開き、両手を掲げました!
私は叫びました!
「かまああああああああああああああああ!
かまきり、ぱわあああああああああ!」
そして、両腕を全力で動かします。
「かま! かまかまかまかまかま! かま! かま! かま! かま!」
それは本能です!
野生の開放です!
「しゃ――。しゃしゃしゃ! まさか、それは、蟷螂鎌首流!?」
私の勢いに押されて、ヘビーオが一歩下がります!
私は自棄になって突っ込みます!
「かまかまかまかま!」
「しゃ――。まさか、天然自在の同門とは……。驚きましたよ……」
今です!
私は身を返して、町へと続く道を走ります。
行く手には荒くれ者たちがいますが――。
私は剣を抜きました!
剣には、まだ闇の力が残っていました!
「かまあああああああああ!」
私は自棄で剣を振ります!
自分でもハッキリわかるくらいのへっぴり腰でしたが……。
ほんの少し、剣が荒くれ者に剣先が触れました。
すると……。
「ぐは……」
闇の力の侵食を受けて、荒くれ者が目を剥いて倒れました!
闇の力、すごいです、まさに本物です!
「早く!」
私は振り返って、ラシーダ様とメイドさんに叫びました。
ミルちゃんはラシーダ様の手の中です。
ラシーダ様とメイドさんは、すぐに走り出しました。
「かまかまー!」
私はメチャクチャに剣を振って走ります!
いける!
と思ったのですが……。
あ。
「しゃー」
気づいた時、私は腕を掴まれて、宙に釣り上げられていました。
剣が手から落ちます。
それは、ヘビーオの仕業でした。
「しゃしゃ。思わず驚愕してしまいましたが、あなたの蟷螂鎌首流は、見せかけだけの偽物ですね」
「離して……!」
私はもがきますが、ぴくりともしません。
「しゃー。しかも、弱い? 確かに防御はありそうですが……。それは魔導具の力によるものですか……」
うう。
見破られてしまいました……。
「しゃしゃしゃ。その魔導具は、回収させていただきましょう」
ああ、気を取り直した荒くれ者の人たちに……。
再び取り囲まれてしまいました……。
ミルちゃんは目を覚まさないし、もう私に出来ることはありません。
「しゃー! 死になさい!」
あああああ……。
私は、ヘビーオの手で、簡単に振り回されました。
どうやら地面に叩きつけられるようです。
ばんっ!
すごい音がして、私は頭から地面に落ちました。
即死です。
でも、はい……。
気のせいか、意外と平気で、まだ生きていますが。
クウちゃんの、防御力を高めるという魔法とアクセサリーのおかげですね。
ヘビーオが倒れた私の喉に剣を突き刺してきます。
私はその攻撃をかわしました。
横に回ると共に、体のバネで跳躍します!
もちろん、私にそんなことができるはずはありません!
体が勝手に動いたのです!
――マリエ。こう言って。
耳元でささやく声が聞こえました。
私はホッとしました。
どうやら私たちは、助かったようです。
「次は私のターンです。少しだけ、見せてあげましょう。幻影の世界を」
私はささやきに言われるまま、声を出しました。
体も勝手に動きます。
なんかこう……。
カッコよくポーズを決めるみたいに。
「蟷螂鎌首流、奥義――。幻影万雅、光の写し身」
次の瞬間、光に包まれて……。
私は空の上にいました。
「やっほー」
私をお姫様抱っこしてくれているのは、クウちゃんです。
「うう……。クウちゃん、ありがとおお……」
「ごめんね、気づくのが遅くて。でも、もう大丈夫だよ。あいつらはセラが成敗してくれるから」




