11 そこは、とんがり山。私が名付けた
大宮殿でもらった食料は、無事、密かにアイテム欄に入れることができた。
私、かんぺき。
『透化』で霊体と化して目立たないように繁華街に戻る。
公園の隅で『透化』を解除。
背伸びして、午前の空気を吸い込む。
うん。
やっぱり世界は、風を感じて、陽射しを感じないとね。
『透化』は便利だけど、何も感じなくなるのは悲しい。
今回は普通に、門から外に出てみよう。
そのほうが旅っぽい。
私には帝国印のペンダントがある。
皇帝陛下にもらったこのペンダントがあれば、大宮殿だけでなく町の出入りも自由になるとのことだった。
せっかくなので使ってみよう。
外に出たら、しばらく街道を歩いて、満足したところで飛ぼう。
と、その前に。
今朝作ったポーションを大袋に詰める。
冒険者ギルドに売りに行こう。
薬草の納品はできないけど、完成品があるんだから問題なし。
いいよね。
「いいわけないでしょう」
通された個室でリリアさんに説教された。
「クウちゃんの仕事は薬草の採集だったでしょう? 確かにポーションは素晴らしい品質のようだけど、それとこれとは別。依頼の完了にはなりません」
「そんなー。よかれと思ったのにー」
「よくありません。このポーションは鑑定して買い取らせてもらいますけど、薬草採集は頑張ってね。でないと依頼放棄になっちゃうよ。
そもそも依頼した人が何を求めていたかも知らないでしょ。塗り薬にしたかったのかも知れないし、研究用だったのかも知れないし。
錬金ギルドからの依頼だったのなら錬金術師の仕事を奪っただけだし。
マナー違反なんだよ、他人の仕事に無断で手を出すのは。皆それぞれ、領分というものがあるんだから」
「……うううう」
「依頼の最低本数でいいから。頑張ろうね?」
「はい……」
泣ける。
ポーションは、1本につき小銅貨10枚になった。
全部合わせて銀貨で1枚。
1万円くらいかな。
それなりには儲かった。
残念ながら、「このポーション、凄すぎです! 神レベルです!」というお約束な展開にはならなかった。
品質はいいけど、あくまで下級ポーションとのことだった。
薬草と水だけで作ったものだしね。
やむなし。
気を取り直して仕事だ。
再びの採集。
経歴に傷がつくのは嫌なのでやるしかない。
フルスピードで飛んで昨日の森に到着する。
摘み。
摘み。
摘み。
フルスピードで帰還。
「え。もう採ってきたの!? どこかで買ってきたの!?」
「頑張ったんだよー」
「コホン。わかりました。たしかに受領いたしました。初めてのお仕事お疲れさまでした」
「どうも。ありがとうございましたぁ」
「次も頑張ろうね」
リリアさんに笑顔で見送られて、冒険者ギルドを出る。
疲れた。
お腹が空いた。
『陽気な白猫亭』で何か食べていこう。
お金はあるしね。
お店では、猫耳なメアリーさんが椅子に座ってアクビをしていた。
すでに昼食時はおわって、店内はガラガラだ。
パンとポタージュならあるとのことで出してもらった。
「どうしたの、どんよりして?」
「世間の厳しさを知りました」
「あはは。そりゃ世間は厳しいよね。なぁに、嫌なことでもされた?」
「ううん。失敗しただけ」
「失敗は明日の糧さっ!」
「そだね。そう思うことにする」
「そういえば、ロックさん、覚えてる?」
「うん。Aランクの人だよね」
「そそ。さっき挨拶に来てね、今日からダンジョンに行くんだって。金貨千枚稼ぐまで帰ってこないってさ。いいよねー。金貨千枚なんて私には夢のまた夢だよ」
「いいねー。金貨千枚かー。よくわかんないくらいすごいねー」
「だよねー」
「……金貨1枚って、小銅貨で何枚なのかな?」
「えっと……。千枚?」
「すごっ」
金貨1枚で約10万円か。
「すごいよねー」
「あ、冒険者と言えば、私も冒険者になったんだよ」
「ホントに? まだ子供じゃないの?」
「特例で」
「へー。そんなのあるんだ」
「薬草採ってきた」
「そっちのほうか。なるほど」
「小銅貨5枚もらった」
「よかったね」
メアリーさんに頭をなでられた。
いかん子供扱いだ。
まあ、いいか。
パンを食べよう。
ぱくぱく。
ごちそうさま。
美味しくいただいてお金を払う。
小銅貨1枚でいいよ、と優しい顔で言われた。
「ありがとう。美味しかった」
「また来てね!」
「うん。10日は来れないと思うけど、また来るよ」
今度こそ、いよいよだ。
気を取り直して、普通の旅人として出発しようっ!
帝都は、超巨大な城郭都市。
いったい、どうやって作ったのか、ぐるりと外壁で囲まれている。
出入りできるのは東西南北に作られた4つの大門。
検査を受けて出入りすることになる。
私は鉱石がほしいので、内陸に向かって飛んでいけそうな東門を選んだ。
門は広いので複数列で並んで、それぞれに検査を受けて通行できるのだけど、それでも待ち時間は長い。
なにこれめんどくさっ!
飛んだほうがよかった!
と、すぐに後悔したけどもう遅い。
延々と並ぶ羽目になった。
最初は『ユーザーインターフェース』から生成のレシピを開いて、あれこれ見て待ち時間を楽しもうとしていたんだけど。
のろのろ歩きながら見るのって、無理。
頭に入らないし、前の人にぶつかりそうになる。
「なーがーいー」
「わはは。長いよなホント」
私がぼやくと、となりの列にいた獣人のおじさんが笑って同意してきた。
「いつもこんな感じなんですか?」
「お嬢さんは帝都を出るのは初めてなのかい?」
「そうじゃないんですけど。いつもはさらっと出ていたので」
消えて浮かんでふわふわ飛んで。
「お貴族様の娘様かい? なんでまた一人で平民の列に?」
「いえ、貴族ではないです」
「アンタ、余計なこと聞くもんじゃないよ。列は、いつもこんなもんさ」
おじさんと一緒に並んでいた獣人のおばさんが教えてくれた。
2人は夫婦のようだ。
揃って、大きな荷物を担いでいる。
「おばさんたち、すごい大きな荷物だけど、何が入っているんですか?」
「食べ物とお酒だよ。ダンジョン町に売りにいくの」
ダンジョンの出入口付近には、ダンジョンに潜る冒険者たちを相手にした小さな居留地があるそうだ。
ダンジョン町とはそれのことらしい。
「市場で買って売りに行くだけで、なんとか暮らせるからねえ」
「っても貧民街暮らしだけどな!」
豪快におじさんが笑う。
着ている衣服は古びていて生活は大変そうだけど元気で何よりだ。
「精霊様の祝福で俺の腰もよくなったし、まだまだ働けるっ!」
「そうねえ。精霊様に感謝しないとねえ」
「こんな俺でも見捨てないでくれてな。泣けてくるぜぃ」
本当に泣き始めてしまった。
「アナタ、こんなところで泣かなくても」
「てやんでい!」
江戸っ子か!
「そもそも奥さんが見捨ててないよね」
私は笑った。
「そりゃそうか。おまえ、これからも頼むな」
「こちらこそ」
よい夫婦だ。
私の列が先に動き始めて、おじさんおばさんとの会話はそこでおわった。
それからまた、ぽけーっと並んで。
やっと私の番が来た。
ペンダントを見せたら門番さんにひっくり返られた。
別室に連れて行かれた。
ペンダントは、なんと帝室関係者の証らしい。
これさえあれば皇帝の権威を発揮できる、まるで時代劇の印籠のようにとんでもない代物だった。
なんてものを渡しやがった!
不敬があると重い罪に問われるので、お願いですから今度からは貴族用の門に並んでくださいと懇願された。
貴族用の門って、悪目立ちしそうで嫌だ。
と思ったら、門を通るには普通に冒険者カードでよかった。
今度があればこっちを見せよう。
門を出れば、そこには大自然が広がる。
緑の丘陵。
豊かな田園。
どこまでも広がる青空。
薬草採集の時にはただ飛んで通り過ぎた景色だけど、こうして自分の足で立って見てみると感動が違う。
帝都から出たばかりとあって、まわりにはたくさんの人たちの姿があった。
ここからみんな別れてそれぞれの道に進む。
おじさんとおばさんもダンジョン町に向かっていった。
またねー!
私が目指すのは山だ。
ゲット、鉱石。
まずは目的地を決めよう。
木陰で姿を消して、空に浮かんだ。
高く高く上がる。
空の上から景色を見渡す。
目を引くのは、遥か遠くの地平線に連なる山脈の中で一番に高い山だ。
とんがっている。
まさに、とんがり山だ。
決めた。
一番に高い山くん、君の名前はとんがり山だ。
とんがり山に行ってみよう。
地面に降りて、『透化』を解除。
ソウルスロットに銀魔法と採掘と敵感知をセットする。
草木を入手する採集と鉱石を入手する採掘は別の技能だ。
両方使うにはスロットがふたついる。
敵感知をつけておきたいので、今回は採集はあきらめた。
ミニマップをオン。
採掘できる場所があればミニマップに表示される。
ミニマップは便利なんだけど、これに頼りながら歩くと私はよくつまづくので普段は消している。
途中に村や町があったら、寄ってみたい。
絶景スポットも見つけてみたい。
お金も銀貨1枚はあるので、少しくらいなら名物料理も食べられる。
さあ。
とんがり山を目指して旅を始めますか。