1096 クウちゃんさま、北への旅を決める
陛下への報告会の後、私とセラは奥庭園の東屋に行った。
冬でも綺麗な庭園を見ながら――。
シルエラさんに美味しい紅茶を淹れてもらって、クッキーも用意してもらって2人でおしゃべりする。
妖精のミルは冬でも咲いている花と戯れている。
「ねえ、セラ。私たちの年末旅行だけどさ、北に行ってみようか。夏には南に行ったから、冬だし反対側ってことで」
「北、ですか? 何かあるのですか?」
「あると言えば、ディシニア高原とかかな」
去年まで禁区と言われていた場所。
今は平和だけど。
「ディシニア高原ですか……」
「あ。イヤだった?」
「いえ、行ってみたいです! そもそもわたくしクウちゃんと一緒なら、たとえ火の中、水の中、どこでも大歓迎です!」
「そんなところには行かないけどねー」
あははー。
「……でも、お父さまとお母さまが許可を下さればですが」
「それはそうだねー。じゃあ、聞いてみて、いいなら北にしよっか」
「はい! 楽しみです!」
こうして一応、北へと旅行することが決まった。
ちなみに今日は12月20日。
今年もいよいよ、あとたったの10日でおわってしまう。
早いものだ。
おしゃべりしていると皇妃様が来た。
セラと北に旅行したい旨を伝えると、クウちゃんが一緒なら問題ないでしょう、とあっさり許可をくれた。
ありがとうございます!
ただ、私はうっかりとしていた。
ディシニア高原は、先代の皇帝と皇妃――。
すなわち、セラのお祖父さんとお婆さんが、夏のバカンス中に魔物の大氾濫に巻き込まれて亡くなった場所だった。
瘴気が払われてから、陛下と皇妃様はお忍びで慰霊に行ったそうだ。
知らなかった。
ただ、その時には、セラたちは連れて行かなかったらしい。
セラにとっては、初の慰霊の旅になるわけだ。
皇妃様とは、ランチまでご一緒した。
ごちそうさまの後で、セラとも別れて、私は帰宅する。
お店に入ると、ヒオリさんとフラウとエミリーちゃんとファー、いつもの4人が出迎えてくれる。
普通にお店は営業していた。
あと、アンジェとスオナも来ていた。
「みんな、元気だねえ」
旅から帰って、まだ時間も経ってないのに。
「こんにちは、クウさま」
お。
スオナの肩から妖精の女の子が飛んできて、私の前でお辞儀した。
私よりも薄い色彩の、水色髪の妖精さんだ。
「アクアだよね? 進化したねー」
アクアは旅の前、水が妖精の姿を取っているような、青一色の子だった。
しゃべることもできなかった。
だけど今はミルと同じようにヒトの色彩になっている。
服も着ていた。
「主さまの紹介で、無事に水の大精霊様のご加護を得ることができました。クウさまにも感謝しております」
「あはは。私はなんにもしていないけどねー」
「水の大精霊様からの伝言をお伝えしてもよろしいでしょうか」
「うん。なぁに?」
「では」
こほんと息をついてから、アクアは宙に浮かびながら言った。
「カラアゲが食べたいなの! 早くカラアゲを食わせろなの! イルはいつまで精霊界にいなきゃいけないのなの! ぶっ殺すぞ! というのは嘘なの拷問はイヤなの許してくださいなのー! クウちゃんさまは最高なのー! でも早くカラアゲを食わせろなのー! しねなのー! とのことです」
「なるほど。ありがとね」
「いえ。では」
アクアはスオナの肩に戻った。
「ちゃんと伝言できて偉いね、アクアは」
「えへへ。ありがとう、スオナ」
そういえば忘れていた。
精霊界で挨拶するという仕事もあるんだったね。
まあ、ただ。
私の記憶が確かならば、それについてはゼノに丸投げしたはずだ。
なので、いいだろう。
「あと、クウ。実は僕も、アクアのついでに水の大精霊様から加護をいただいてしまったのだけど……。よかったのかな?」
「いいと思うよー。おめでとー」
「そうか。クウに認めてもらえたなら僕も安心だよ」
よくわからないけど、悪いことではないよね。
うん。
「水の大精霊の加護ですか。羨ましいですね」
ヒオリさんがしみじみと言った。
「ヒオリさんも水の神殿までひとっ走りしてもらって来れば? 私の紹介ってことで呼びかけてくれていいからさ」
「いえ。羨ましいとは言ってみたものの、某は店長にお仕えしている身なので。ほしいわけではありません」
「私にお仕えって、自分で言うのもなんだけど効能はないよね?」
「いいえ。何をおっしゃいますやら。店長にお仕えすること。それは他の何にも変えられない至高の宝石なのです。消えることのない輝きなのです」
ヒオリさんが再びしみじみとそう言うと、フラウとエミリーちゃんがうんうんと深く同意した。
私はちらりとアンジェに目を向けた。
「私は、そうね。昔、クウと契約したことは覚えているけど……。他で加護がもらえるならそっちの方がいいかも。クウのことはもちろん好きだけど、友達としての好きだし。ヒオリさんたちみたいな信仰や敬愛の好きとは違うかなって、話を聞いていて思ったわ」
「あはは。だねー」
「クウ的には、嫌じゃない?」
「嫌じゃないよー。むしろ真面目な話、その方がいいと思うよ。ちなみに加護がほしいとすれば風か火のどっち?」
「今は風かな。空を自由に飛びたいな」
はい。タケコプター。
と言いかけて喉の奥で止めることのできた私は、すでにこの世界の住民です。
ともかく、風ならキオか。
泣き虫の子だね。
「ねえ、クウ。今度、紹介してもらえるのよね? 風の大精霊様も」
「精霊界でのお話し合いが済んだらね。来年には一緒に遊ぼうよ」
「楽しみにしているわねっ!」
「ねえ、クウちゃん」
「どうしたの、エミリーちゃん」
「契約と加護って何が違うの?」
「ふむ」
なんだろね。
するとヒオリさんが、エルフ族に伝わる知識として教えてくれた。
精霊との契約とは、互いに結ばれるもの。
精霊の加護とは一方的に与えられるもの。
「単に力を得たいのであれば、加護の方が確実でしょう。常に安定した一定の効果がありますから。対して契約は等価交換です。力を得るには、それに等しい想いの強さが必要になります」
「それって、わたしがクウちゃんとの契約を強くしたいのなら、セラちゃんみたいにクウちゃんだけにって叫んだ方がいいってこと?」
エミリーちゃんが、どこか不安げにたずねた。
「想いの形は人それぞれです。人の真似をしても効果は不明ですよ」
ヒオリさんが答える。
「ねえ、クウちゃん。わたしの形ってなんだと思う?」
「んー。さあ……。ただ少なくとも、クウちゃんだけにではないと思うよ。エミリーちゃんはエミリーちゃんだしね」
「うん。わたしもそう思うの。よかった」
「あはは」
ちなみにクウちゃんとは他の誰でもない私のことです。
なのでうなずきつつも、苦笑いにはなってしまいます。
 




