1095 閑話・皇帝ハイセルは久しぶりに話を聞く
俺、皇帝ハイセルは、盟友たるバルターと共に、クウがやってくるのを応接室で待ち構えていた。
「しかし、クウちゃんの方から報告があるというのは珍しいですな……。モルドで何かあったのでしょうか……」
「そうだな……。いつもなら報告を面倒がって、呼ばれなければ、さっさと帰るというのに」
バルターの言葉に、俺は腕組みしてうなずいた。
モルドは遠い。
さすがに、転移魔法で帰ってきたクウたちよりも先に報告は届いていない。
魔導具による緊急通信はなかったから、大事ではなかろうが……。
セラと手をつないでクウが現れる。
バルターが笑顔で、クウとセラに着席を促す。
2人はテーブルを挟んで、俺たちの前に座った。
クウは元気そうだった。
疲れている様子はない。
旅を共にしたカイストたちは全員、成長酔いで熟睡していて、しばらく話を聞けそうにはないが。
挨拶の後、俺はクウにたずねた。
「さあ、モルドの旅がどんなものだったのか、聞かせてくれたまえ。辺境伯は元気にしていたかな?」
「辺境伯は、ものすごく元気でしたよ。あ、なら、せっかくですし、最初にお見せしましょうか?」
「ほお。何をかな?」
「ふふー。それは、見てのお楽しみですよー」
せっかくなので見せてもらうことにした。
クウが立ち上がる。
そして、ローブを取り出すと、頭を隠すようにかぶった。
そのローブから、クウが頭を出す。
「カメ」
クウが言った。
「ほお」
俺は、そうとだけ感想をもらした。
何故ならローブから顔を出したクウは、あくまで青い髪の少女でありカメには見えなかったからだ。
「という芸を辺境伯はしていました。辺境伯はスキンヘッドなので、それはもうカメみたいで笑えました」
「なるほど、な」
合点がいって、俺はうなずいた。
確かにスキンヘッドで今のをすればカメに見えなくもない。
クウが、自分もカメに見えると信じて、今のをやっていなくてよかった。
対処に困るところだった。
「あと、すっごいことがあったんですよー!」
クウが興奮した様子で声を上げる。
「それはもしかして!」
「クウちゃんだけに、ではありません」
「はう。そうですかぁ」
というセラフィーヌとのやりとりを経て、クウは言った。
「オトコノコがいたんです!」
「それはいるだろう」
モルドは別に、女だけの土地ではない。
「いやー、私、本当に感動しちゃいまして。こんなに可愛い子が、って、本当にあるんだなーと」
「それは旅先で、女の子のように可愛い男の子がいたということですか?」
バルターがクウの言葉を補足して質問する。
「はい。そうです」
「その子と仲良くなったと?」
「はいっ!」
「ええええええ! クウちゃんが男の子と仲良く!? それってもしかして、旅先のロマンスというやつですかぁぁぁ!」
「そだねー。まさにロマンスだったよ」
「はううううう! クウちゃんが、まさか大人の階段をぉぉぉぉぉ!」
「セラフィーヌは静かにしなさい」
俺は注意した。
まったく、セラフィーヌも普段は皇女として毅然としているが……。
クウが関わると、すぐにこれだ。
「はい……。でも……。クウちゃんが、そんなぁ……」
「本当に、ドキっとするくらいに可愛い子だったよー」
ここからしばらく、オトコノコに関わるクウの話が続いた。
話の結末としては、そのタイナという子がモルドの女騎士に告白して、なんとなく受け入れられたらしい。
「私としても、2人の将来は大いに気になるところで! 今回の旅の一番の成果でした!」
「クウちゃん! 素晴らしいお話でした! わたくしは今、感動のあまり胸が熱くなってたまりません! やはりクウちゃんこそが世界で一番、大陸で一番、帝国で一番だと確信して止みません!」
「タイナの話だからね? 私じゃないよ?」
「はいっ! もちろんですっ!」
「それでクウちゃん、我々に報告したかったというのは、そのオトコノコが可愛かったということなのですかな?」
バルターが問う。
正直、拍子抜けもいいところだが……。
まあ、平和で良かったと思うところか。
「他にもありますよー。実は、すっごいことがあって!」
オトコノコの話と同じノリで語り始めたクウが俺達に伝えた内容は、先程とは打って変わって驚愕に値するものだった。
それは、ジルドリア王国の一派が高位の吸血鬼と手を結んで、モルドに卑劣な計略を仕掛けたという話だった。
幸いにも、同じタイミングでクウたちが来ていた。
故にその計略は、簡単に撃破されたが……。
もしもクウたちがいなければ、果たして、どうなっていたことか。
考えて俺は戦慄した。
最悪、ザニデア深部に住まうワイバーンや竜族に攻撃され、モルドが崩壊していた可能性すらある。
結果としては逆に友誼を結んだそうだが……。
「クウちゃんとゼノリナータ殿のおかげですな。深く感謝を」
話を聞いて、バルターが頭を下げる。
「うむ」
俺もそれには同意した。
クウの話を嘘だと疑うつもりはない。
クウとの話をおえて、クウとセラフィーヌが退室した後、俺はバルターにあらためて話しかけた。
「……良くも悪くも、ジルドリアも一枚岩ではないようだな」
「左様でございますな。公爵家の謀反となれば、また荒れることでしょう」
「うちの方はどうだ? 特に北は?」
「現状、表立った動きはございません」
帝国の治世は、帝都ファナスを中核とする中央部、要塞都市ルーデスを中核とする西部、港湾都市リゼントを中核とする南部については、内乱に関わる類の報告はなく落ち着いている。
だが残念ながら、北部と東部はそうでもなかった。
特に帝国北部は、ディシニア高原での惨劇前、皇太子として皇位継承が約束されていた長兄の母方の血筋の豪族の多い土地だ。
長兄の母の家であった旧辺境伯家は、皇位継承戦争で三兄の側についたことからすでに取り潰しとなっている。
現在の北部辺境伯は、皇位継承戦争で俺の側に付いて軍団長として活躍した元中央貴族の伯爵家の者だ。
今のところ、辺境伯はよく治めてくれている。
ただ、多くのルートからの情報によって、北部の豪族がその治世に心から従っているわけでないことは確実だ。
しかも、俺の権勢が増すにつれ、悪感情は密やかながらも高まっている様子がある。
良からぬ企てなどしなければ良いが……。
「いっそ、クウちゃんに旅にでも行ってもらいますか? 遊びついでにすべて綺麗にしてくれそうですが」
バルターが冗談めかして笑う。
「やめておこう。さすがにそれは、大人としての責任放棄というものだ」
俺はため息をついて、その提案を拒否した。
さすがにそこまでクウに頼るつもりはない。
「ですな」
バルターも本気ではなかったようで、すぐにうなずいた。
 




