109 お願いっ! お兄さまっ!
うーん。
どうしようかなぁ。
『透化』を解いて地面に下りて、賑わう構内を歩き回りながら、私は今後の方針を決めかねていた。
とりあえず試合の時は絶対にそばにいよう。
まずは、これだね。
あとお姉さまには飲み物に気をつけるように言わないと。
お姉さま、どこにいるんだろうな……。
敷地は広いし人混みだし、見つけられる気がしない。
最悪、夜に大宮殿に行こう。
なんにしても、人間相手のトラブルって大変だ。
正直、苦手。
まあ、私のトラブルではないんだけど。
このままではお姉さまが恥をかく。
見過ごせる問題ではない。
これが魔物相手なら剣で斬るか魔法で消すかでいいから楽なんだけど。
この間のスライムみたいなのは二度と嫌だけど。
魔物相手でも大変な時は大変か。
あーなんか、うん。
学院祭には楽しめる要素が山ほどあるのに。
悪役令嬢の陰謀がのしかかって楽しめない。
誰かー。
助けてー。
なんて心の中で悲鳴を上げた時だ。
あ。
人混みの中でひときわに目立つ――。
こちらに向かって歩いてくる2人の颯爽とした男子生徒を見つけた。
赤いマントを翻すその内の1人には見覚えがある。
アリーシャお姉さまの兄。
セラの兄。
そして私も成り行きでセラと同じように呼ぶようになった。
お兄さまだ。
まさに救世主に私の目には映った。
「おにいさま~っ!」
私は手を振って、そちらに向かって駆けた。
目が合った。
気づいてくれたみたいだ。
と。
あれ。
くるりとお兄さまが身を返して、別の方向に歩き始めた。
しかも早足で。
「おにいさま~っ!」
おーい。
私だよー?
可愛いクウちゃんだよー?
気づいてくれたと思ったけど、違ったみたいだ。
あとを追いかける。
本気を出せば一瞬で追いつくけど、さすがに人目が多いので11歳の女の子くらいの自然なスピードで。
でも、思いの外、お兄さまは足が速い。
まさか逃げているわけでもないのに、まるで競歩のようだ。
あ、そうか。
生徒会長っていうし、忙しいんだね。
ならしょうがないか。
少し本気を出して、真後ろに跳んだ。
お兄さまのマントをつかむ。
「おにいさま~」
マントがビンと伸びて、お兄さまの足がやっと止まった。
「お兄さま、私だよー」
「……馬鹿力め」
ゆっくりとお兄さまが振り向く。
忙しい中、呼び止めてしまったからだろう。
とても嫌な顔をしていた。
「お兄様って、おまえの妹か?」
となりにいた体育会系な感じの男子生徒がお兄さまにたずねる。
「冗談はよせ」
「なら人違いか。いいかい、お嬢さん。誰と間違えたのかは知らないが、この御方は恐れ多くも帝国の――」
「お兄さま! 冗談を言っている場合じゃないです! 大変なんです!」
私は訴えた。
「……何かあったのか?」
「はい……」
私は声を殺す。
大きな声を出してまわりの目を集めてしまった。
あれ、誰?
殿下の妹?
まさかセラフィーヌ様?
殿下に近づくための、ただの小芝居でしょ?
なんていう囁き声が聞こえる。
お兄さまがため息をつく。
「すまん、ウェイス。生徒会室に戻ろう」
「……ああ、それは構わないが、結局、妹なのか?」
「断じて違う」
「まさかおまえ……。婚約者か!?」
ウェイスさんがそんなことを大きな声で言うものだから、まわりにいた生徒たちがさらにざわついた。
「断じて違う!」
「だが、妹ではない親しい相手なんだろ?」
「親しくもない」
「知っている相手ではあるんだよな?」
「知らぬ」
「いや明らかに知ってるよな? しかもそれなりに親しいよな? 隠す必要のある関係ということか? ま、まさかおまえっ!」
「知らぬと言っている!」
「……なあ、お嬢さん。つまりはどういう関係なんだ?」
ウェイスさんが私に聞いてくる。
「もう! そういうのはいいから! お兄さまもいい加減にしてください!」
重大な話があるのだ。
お兄さまの手を取って引っ張る。
力をこめて、申し訳ないけどお兄さまを少しよろめかせる。
私は背を伸ばして、やっと届いた耳元でささやく。
「……お姉さまが罠にかけられようとしています。
……話を聞いてください」
「な――」
お兄さまの顔色が変わった。
「行くぞ」
私の手を握り返して、早足で歩いた。
ウェイスさんもついてくる。
私のささやきが聞こえたのかウェイスさんも真顔になっていた。
「……あの、ウェイスさんはどういう人なんですか?」
「俺か? 生徒会の副会長さ。ま、こいつの相棒だな」
「皇子にタメ口なんだねー」
「学生の間はそれがお約束さ」
友人だからな。
と、ウェイスさんは気を取り直すように笑った。
「へえ、お兄さまにも友達っていたんだね」
「おまえは俺を何だと思っていた?」
「孤高の人?」
「ああ、それは合っているぞ。基本的に冷徹だからな、カイストは」
「だよねー」
思わず笑ってしまった。
「笑っている場合か」
お兄さまに怒られた。
「それはそうなんだけどね。あっ! 待って!」
「どうした?」
「緊急案件!」
たこ焼きみたいな屋台発見。
お兄さまたちからいったん離れて急行。
「ねーねー、これって何?」
「海洋焼きだよ。地方で人気の間食でね、干した貝の肉がこの小さいボールの中に入っているんだ」
「おおっ! ちょーだい!」
「何個入りがいい? 3個から16個まであるよ」
「じゃあ、16!」
「了解。……というか君、会長の知り合い?」
「うん。お兄さまだけど?」
「……へ、へえ。そうなんだね」
海洋焼きを紙の容器に入れて、最後にソースをたっぷりとかけて完成。
美味しそうだ。
まさに前世のたこ焼きのまんまだね。
つまようじに刺して、早速、ひとつ食べてみる。
「ほふっ! ほふっ!」
熱々なところも同じだ。
中身は貝の肉とのことだったけど、食感も似ている。
「ごめんね、お待たせ」
「何があった?」
お兄さまが真顔でたずねてくる。
「ちょっとこれを見つけてね」
「……海洋焼きか?」
「うん。美味しそうでしょ?」
「まさか貴様、この緊急事態にそんなものに釣られたのか?」
「釣られてなんてないよ? 私は冷静だし」
緊急事態ではあるけど、1分1秒を争う事態ではないしね。
たこ焼きくらい、いいよね。
「お兄さまも食べる?」
「いるか!」
「お腹いっぱい?」
「そういう問題ではない! 本当に――貴様というやつは――」
何やら言いかけて、お兄さまはため息をついた。
「もういい。行くぞ。早く話を聞かせろ」
「あ、うん」
歩き出した私たちのうしろで、ウェイスさんが大笑いを始めた。
どうしたんだろ?




