1086 新・ひそひそ護衛クエスト
いったい、タイナは1人で何をしているのだろう。
どこに行くのか。
まわりを見ても他に冒険者の姿はない。
どうやらこの岩と泉の地帯は、人気のある場所ではないようだ。
私はとりあえず、タイナのかわいい顔を見ようと、回り込むように近づいた。
すると、マントを翻して、タイナに振り向かれた!
タイナが身構える。
私はびっくりして慌てて距離を取った。
「何……? 誰……? マゾの子……?」
タイナが問う。
タイナはしばらく周囲に目を向けた後――。
「気のせい……」
と、1人つぶやいて、また奥へと歩を進め始めた。
あぶな!
なんか見つかりかけた!
しかも私の名前を出されたぁぁぁぁ!
いや、うん。
マゾの子じゃないけどね、私……。
昨日はクウって呼んでくれたのに、どうして戻ってしまったのか。ぐすん。
なんにしても、タイナに透化した私が見えているわけではないようだ。
たぶん、私の気配を感じたのだろう。
タイナには昨日、丁寧に大量に魔力を注いだから、私のことを感じやすくなっているのかも知れない。
うん……。
昨日は我ながら、なんか気持ちよくなっちゃって……。
かなりやりすぎたよね……。
タイナは昨日だけで魔力の扱い方を覚えて、魔力も増強させて、一回り以上は強くなったはずだ。
もしかして、そのせいで何かの挑戦に来たとか。
だとすれば私にも責任がある。
怪我でもさせたら大変だ。
私は気づかれないように距離を取りつつ、タイナの後に続いた。
タイナは、去年のカイルくんとは大違いだった。
さすがはモルドの兵士から、まだ10歳なのに、将来性があると言われるだけのことはある。
魔物に絡まれることはまったくなかったし、どうしても邪魔な魔物は、しっかりとタイミングを見計らって――。
一気に魔力を高めて――。
たしか、火力拳と名付けていたはず――。
その身体強化の力で――。
ぐさ!
他の敵に気づかれることなく、一撃でカニを消滅させた。
うむ。
いいね。
狩りに慣れた、無駄のないよい動きだ。
魔力も必要最低限に抑えている。
タイナは、可愛いだけが取り柄のオトコノコではないということだね。
私は安心して見ていられた。
本当は話しかけて、いったい、なにをしているのかを聞きたいのだけど、それについては我慢した。
せっかくタイナが1人で頑張っているのだし。
まあ、うん。
1人でダンジョンに来ていいのかは謎なところだけど……。
モルドでは、領軍に所属していれば、許可が下りるのかも知れないけど。
タイナは正規雇用の兵士だというし。
どんどん進んでいくと、やがて壁に突き当たった。
行き止まりだ。
ただ、5メートルほどの高さの壁の上には空洞があって、壁を登れば先へと進むことはできそうだった。
タイナは立ち止まって、地図を広げた。
それから、壁の上に目を向ける。
適当に歩き回っているわけではなく、目的は当然ながらあるのだろう。
タイナは壁を登り始めた。
私はハラハラしつつ、それを遠間から見守る。
タイナは無事に登った。
上に待っているのは、一面の草原だった。
薄い緑色の光の中、お花まで咲いている。
本当、ダンジョンって不思議な場所だ。
その土地に眠る様々な思念が凝縮されて、それがコアに集まって、具現化された亜空間というけど……。
あ!
タイナが一匹のウサギに襲われた!
ウサギは草むらの中から突然現れて奇襲をかけてきたのだ!
タイナは反応した!
「火力拳!」
そんな叫びと共に魔力を発揮して、正面から剣で、ウサギの額についている槍のような角を受け止めた。
角を弾き返す!
そのまま激しく戦って――。
最後はタイナの刃が、ウサギの首を貫いた。
ウザキが消えて、角と魔石が残る。
「ふう」
タイナは、その場にへたりこんだ。
魔力切れだろう。
大丈夫なのだろうか……。
様子を見ていると、タイナは腰のポーチからポーションを取り出した。
ポーションを飲み干すと顔色がよくなる。
よかった。
ちゃんと準備は万端のようだ。
「あと少し……。頑張ろう……」
膝に手をついて、タイナが身を起こした。
先に進む気だ。
進む先は、緩やかな丘になっていた。
丘の上には一本の木。
木……?
いや、ちがう。
丘の上にいるのは木の魔物、トレントだ。
「いた」
タイナにもそれはわかっているようだ。
いたという言葉からして、今日の目的の相手なのだろう。
身を低くして、そろそろと近づく。
不意打ちはできなかった。
タイナの接近に気づいたトレントが、擬態をやめて、鞭のようにその長い枝を振りかざしてくる。
「火力拳!」
タイナが火の魔力を発揮する。
トレントとの正面からの戦いが始まった。
 




