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1081 初披露! 皇太子の芸!






 お兄さまが広場の真ん中へと向かう。

 と思ったら、途中で方向を変えた。


「これをいただくぞ」


 お兄さまが大皿の上の骨付き肉をひとつ手に取った。

 どうやら肉を使うようだ。

 そのまま今度は、広場の真ん中に立った。


 私は息を呑んだ。


 それまで騒がしかった会場は、いつの間にかシンとしていた。

 私は正直、まさかお兄さまが芸をするとは思っていなかった。

 それは他の人も同様なのだろう。

 お兄さまは、ただのクールなイケメン男子ではない。

 帝国の皇太子。

 すなわち、次の皇帝なのだ。

 お兄さまの挙動は、すなわち、この帝国の未来を示すとも言えるのだ。

 果たして、そんなお兄さまが見せてくれるのは……。

 いったい、どんな芸なのか……。

 どんな未来なのか……。

 そして、手に取った骨付き肉を、どうするつもりなのだろうか。


 くうのだろうか。


 クウちゃんだけに。


 いや、それはないか……。


 何故なら、クウちゃんとは私。

 お兄さまではないのだ。


 クウちゃんだけにをするのならば、少なくとも、セラくらいの領域に達してもらわなければ困る。

 セラくらいの領域ならば、私もあきらめる。

 セラちゃんなのに、くう、されても。

 だってセラは、それで一時的にとはいえ魔力が上がるのだから。

 つまりそれは、真実なのだから。


 さあ、今……。


 ほんの短い沈黙を挟んで、お兄さまが動こうとしている。

 お兄さまの腕が動いた。

 手に持っていた骨付き肉を、口元へ寄せて――。

 一口、食べた。

 さすがはお兄さま。

 美しい所作。

 だけど気のせいか、いくらか乱暴な気がする。

 いつもは、もっとスマートだったと思うけど……。

 もしかして、緊張しているのだろうか。

 だけど、その私の予感は外れた。

 何故ならそれは、いや、まさにそれこそがお兄さまの芸だったのだ。


 お兄さまは言った。


 虚空に向かって、短く。


「肉が、憎い」


 と。


 そして、もう一口、今度はわかりやすく乱暴に肉を食べた。


「肉が、憎い」


 もう一度、お兄さまは言った。


 芸はおわった。


 一礼すると、お兄さまは戻ってきた。


「俺の芸はどうだった、クウ」


 お兄さまが、ポカンとしていた私に真顔でたずねてきた。


「あ、はい。よかったです!」


 私はあわてて拍手した。

 みんなも拍手した。

 こうしてお兄さまの、初となる芸はおわった。

 帝国の未来は明るいだろう。

 うむ。

 きっと憎らしいほどに。

 肉だけに。


「おーし、俺も負けちゃいられねぇぜ! まさかカイストに先を越されるとは思わなかったが、もちろん俺もやるぜ!」


 勇んだウェイスさんが走ってみんなの前に出た。

 そして……。

 実はウェイスさんには、前世の記憶があったりするのだろうか……。

 それとも完全な偶然なのだろうか……。

 多分、後者だと思うけど……。

 身振りと共に「布団が吹っ飛んだ!」と叫んで、それなりにウケていた。


 この後は一般の兵士の人たちが、モルドの伝統芸、「スイカ割りの男」という踊りを披露してくれた。

 続けて、すっぽりと布をかぶって行う蛇舞を見せてくれた。

 どちらも見事な伝統芸能だった。

 帝国南の港町リゼントでキアード君が見せてくれた腹踊りといい、各地域にはそれぞれの芸があるのだねえ。

 私はそれを、本当に素晴らしいことだと思った。


 一発芸については、野獣や魔物をモチーフとしたものが多かった。

 地域柄だね。

 どれもなかなかによかった。


 途中、焦る場面もあった。


「わたくしもやりますわ!」


 なんとお姉さまが芸をすると言い出したのだ。


「……お姉さま、大丈夫ですか?」


 心配になって私はたずねた。


「大丈夫ですわ。お兄さまにウェイスまで芸をして、わたくしがやらないわけには参りませんもの」


 なんという義務感……。

 さすがは皇女様……。


「アリーシャ、やめといたほうがいいと思うぞ。無理しなくても」

「そうです。そもそもわたくしたちは、芸をするようなキャラではありません」


 うむ。


 ブレンダさんとメイヴィスさんの言う通りだ。

 無理をしてやるものではない。

 だけどお姉さまは、広場の真ん中に行ってしまった。


 何をするのだろう……。


 行ってしまったものは仕方ないので、私は見守ることにした。


 お姉さまは動かなかった。

 いや、動けないのか。

 なんの芸もないまま前に出てしまったのだろう……。


 これは……。


 どうするべきか……。


 私が悩んでいると……。


「おお! これはなんと立派な、かすかに揺れる木だ! まさに芸術ものだぞ! 素晴らしい素晴らしいぞー!」


 ラーラさんが叫んで、強引に拍手を始めた!

 まわりの人たちもそれに乗った!

 みんな、意外と優しい!

 私は素早くお姉さまのところに駆け寄って、お見事でしたと褒め称えつつ席にまで連れ戻した。


「え。あの、わたくし……」

「乗ってください。このビッグウェーブに」

「それは、えっと」

「いいのです。細かいことは気にせず、拍手に答えてあげてください」

「そ、そうですわね、わかりました」


 こうしてなんとか一件落着したのでよかったけど。

 ラーラさんには感謝だ。

 でも、うん。

 やっぱり人間、領分違いのことは、あまりするものではないね。









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― 新着の感想 ―
[気になる点] お兄さまがますますキャラ崩壊していくうぅう!!いいぞー、もっとやれー!笑 [一言] そのままお兄さまが私の推しになりそう。というか、すでになっているかもしれない…。あぁ、作者さまの文才…
[一言] は、ははは、いやーおもしろい(棒読み)
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