108 悪役令嬢
「また、こちらがドーピングポーションになります」
「当然、痕跡は残らないのですわよね?」
「はい。トリスティン王国の魔術工房で作られた特上品にございますれば。副作用の心配もございません」
「ガイドル。貴方、試しに一口だけ飲みなさい」
「はっ!」
取り巻きの男子生徒が命じられたままにポーションを飲む。
大丈夫なんだろうか。
心配して見ていると、ポーションを飲んだ男子生徒が驚きの声を上げた。
「お嬢様! 力がみなぎってきます!」
「試しに剣を振ってみなさい」
「はっ。では」
おお。
ビュンビュンとすごい勢いでガイドルが剣を振るう。
まるで小枝を扱っているかのようだ。
「なかなかのようですわね。武闘会ではその力で、メイヴィスとブレンダを蹂躙しておやりなさい」
「今から楽しみです」
「公衆の面前で恐怖に震えさせ、いたぶってやるのです。そうすれば二度と生意気な口を利くことはないでしょう」
うわぁ。
ディレーナって、まさにアレだ。
疑いようがない。
「そして、こちらが例のブツとなります。一応、取り扱いにはご注意を」
「ええ。わかっていますわ」
実は中の人が転生者で、バッドエンドの回避に全力を尽くしている――。
とかのご令嬢ではない。
「アリーシャなど、幸運に恵まれて皇族となっているだけの地方貴族の血筋。
取り巻きの連中もみんなそう。
どいつもこいつも地方貴族の血筋ばかり。
わたくしたち中央貴族こそが真に格式ある高貴なる者なのです。
それを示さねばなりません。
精霊の加護など連中にあるはずはないのです。
思い知らせてやりましょう」
ディレーナの強い口調に、取り巻きの連中が大いにうなずく。
ディレーナはまさにアレだ。
悪役令嬢。
中の人が日本人に入れ替わったりしていない、ザ・本人だ。
狙われているのは、アリーシャお姉さま。
笑い茸を使って恥をかかせようとは……。
断じて阻止せねばならない。
しかもドーピングまでして、男子生徒がメイヴィスさんとブレンダさんを公衆の面前でいたぶるとか……。
2人って、たしか高位の貴族の娘だよね。
いたぶりなんてしたら、家の名誉すらかかった大問題になると思うんだけど。
内乱も辞さないんだろうか。
それとも、武闘会で何をされても問題にはできないんだろうか。
いやそれ以前に、2人にそんなことはさせないけど。
そもそも明らかにドーピングが禁止行為だよね。
心身に証拠は残らないとか言っていたけど、本当に大丈夫なのだろうか。
トリスティン産とか言っていたよね。
悪魔と取引しているような国だよね、トリスティンって。
正直、まったく信用できない。
いきなり理性を無くしたり、いきなりバケモノみたいに変貌したり、とんでもないことにならなければいいけど。
そもそもウェルダンが用意した時点で怪しい。
ともかく。
大変なことになった。
とんでもない陰謀を知ってしまった。
どうしようか。
捕まえて学院長のヒオリさんに突き出したところで、きっとどうにもならない。
ヒオリさんを困らせるだけだろう。
だって相手は貴族だし。
陛下でさえ、貴族のボンボンに重い罰は与えられなかった。
公爵令嬢って確実に大物だよね。
絶対、しらばっくれるに決まっている。
下手をすれば私が犯人だ。
ここでポーションを奪うことも簡単だ。
でもそうしちゃうと、たぶん、ディレーナの敵意はいっそう高まる。
後日、さらに陰湿な攻撃を仕掛けてくる可能性がある。
うーん。
困った。
とりあえず、アレかな。
ソウルスロットに黒魔法をセットして、と。
「スリープクラウド」
全員、眠らせた。
間違いなくフルで入っているので、しばらくは寝たままだ。
錠剤の入った瓶を手にして、私は窓から外に出る。
誰か来るといけないから、念の為に人目のないところに移動だ。
なにはともかく笑い茸はダメだ。
ジョークアイテムだと判定されてしまう可能性がある。
そうなれば、お姉さまの身を守っているアイテム――精霊の指輪のオートキュアポイズンが発動しない。
毒判定されるとは思う。
だけど確証がない。
屋根の上まで飛んで、瓶の口からコルクの栓を抜いた。
中には一粒だけ白い錠剤が入っていた。
錠剤をアイテム欄に収納する。
すると、ユーザーインターフェースのログ欄に「収納にあたり、偽装魔術は解除されました」とのメッセージが出た。
アイテム名は、笑い茸の錠剤じゃなくて「幸せの薬」となっている。
説明欄には、
「多幸感に包まれて本能のままになる麻薬」
とある。
麻薬だって……これ……。
絶対にダメなやつだ。
ウェルダン、まさか知ってて持ってきたのか!?
そうだったら許せないことだ。
前に捕まって鑑定や尋問をされても解放されているし、私の印象でもそこまでの悪党ではない気はするけど。
偽装魔術がかかっていたみたいだし、知らずに持ってきたんだろうけど……。
ソウルスロットに調理技能をセットする。
錠剤の色と形をしっかりイメージしつつ、極小のクッキーを生成する。
よし、できた。
クッキーを瓶に入れてコルクで栓をする。
まずはこれでいいか。
部屋に戻って、瓶はテーブルの上に戻しておく。
例のブツとやらも気になるので、アイテム欄に入れて確認。
ふむ。
例のブツと表記されたよ!
笑っちゃうね!
でも、そうだよね……。
イベントアイテムって、ゲームでもだいたいこんな扱いだよね……。
でも、麻薬を取り扱うような連中の、例のブツか。
絶対にロクでもないものだよね。
どうしよう。
このまま持ち帰ってもいいけど、たぶんそれは悪手だよね。
例のブツは、手のひらに乗るくらいの丸い何かだった。
重さはそれなりにある。
厳重に紙でくるまれていて、中に何が入っているのかはわからないけど、ゴムのような弾力がある。
まさか爆弾だろうか。
でも、導火線はない。
紙を破って中を確かめちゃおうかな……。
と思ったけど、やめた。
紙でくるむところまで正確に『生成』する自信はないし。
悩んだ末、私はブツをテーブルに戻した。
私の痕跡は残さない方がいい。
少なくとも今は。
スリープをかけている時点で手遅れかも知れないけど。
まあ、それはそれだ。
うん。
気にしないでおこう。
ディレーナたちを残して、私は賑わう広場に『透化』と『浮遊』で戻った。




