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1079 夕方のこと





 始まりがあれば、おわりがある。


 夕方。


 宿から出た私たちは、ついに、兵士服姿に戻ったタイナとお別れする時間を迎えてしまった。

 悲しい。

 だけど、仕方がない……。


「ねえ、タイナ。明日も訓練しちゃおっか」

「無理。明日は休みだけど、私にはやることがある」

「そっかぁ……」

「クウ、今日はありがとう。おかげで、魔力のことがものすごくわかった。一気に強くなれた気がする」

「繰り返して練習してね。そうすれば、どんどん強くなるから」

「わかった」

「また会おうね?」

「うん」

「絶対だよ?」

「うん」


 ああ、握っていた私の手を解いて、


「じゃ」


 と、タイナが、特に未練のない様子で背中を向けてしまった。

 そのまま歩いていく。


「ああ……私のオトコノコが、行ってしまった……」


 悲しい。


「私の男って……。師匠、本気でああいうのが好みなんだな……」

「クウちゃんの好みは、筋肉質の大男だと思っていました」

「そうですわね」


 お姉さまたちが妙な誤解をしていた。


「違いますからね? 好みとかの問題ではなくて、単にタイナが私の理想のオトコノコってだけの話ですからね?」


 訂正はしておく。

 そう。

 細くて小さな体に、丸みを帯びた柔らかな顔立ち。

 さらさらのショート。

 なにより、意思の強さを感じるアーモンド型の大きな目……。

 タイナはまさに、私が「こんなに可愛い子が女の子のはずがない!」と想像する理想のオトコノコなのだ。


「結局、好みじゃねーか」


 ふむ。


「たしカニ」


 v(・v・)v


「あーでも! ねえ、ブレンダさん、あんなに可愛いオトコノコ、兵士の中に放り込んで大丈夫なの?」

「どういう意味だ?」

「だって、変なことされたら大変でしょー!」

「大丈夫なんじゃねーの。そもそもうちって女の兵士も多いぞ。ラーラだって女なんだし」

「まあ、それはそうか……」


 言われてみれば、女性の兵士もそれなりにいたか。


「そもそもあの子は本当に男なのですか? 女にしか見えませんでしたが」


 メイヴィスさんが最もな疑問を口にする。


「どうだったんですの、クウちゃん」


 お姉さまが私にたずねる。


「私に聞かれても……」


 困りますが。


「クウちゃん、熱心に見ていましたわよね?」

「えっと、何をですか?」

「それは、その……。お風呂で、あの子の下の方を……」


 あ、はい。

 それは、そうでしたね……。


「残念ながら、よくわかりませんでした」

「あんなに熱心に見ていたのに?」

「熱心にとか言わないでくださいよー! あれはただの事故! 偶然に前に立たれただけですからねー!」


 まあ、見てはいましたけど……。


 ここでラーラさんが、パンパンと手を叩いて間に入ってきた。


「さあ、皆。用事も済んだのならお館様のところに戻ろう。とっくに会議もおわっているだろうし、今夜も宴会だからな」


 タイナの出現ですっかり忘れていたけど、そういえば辺境伯とメルスニールさんの大切なお話し合いもあったんだった。

 皆さん優秀なので無事に話はついたことだろう。

 果たして、どうなったのか。

 結果を聞きに行こう。

 というわけで私たちは要塞の上のお城に戻った。

 ついた頃には夜。

 広場にはかがり火が焚かれて、宴会の準備が進んでいた。

 ゼノとメルスニールさんは、まだ帰っていない。

 お城の中にいた。

 それについては魔力感知でわかる。


 広場には、お兄さまとウェイスさんがいた。


「ただいまー」


 私は2人に手を振った。


「クウ、観光は楽しめたか?」

「はい。とっても。そちらの会議はどうでしたか?」

「ああ、問題なくおわったぞ」

「それはよかった」


 お兄さまの顔に疲れた様子はなかった。

 本当に問題なかったのだろう。


「クウちゃんのおかげで、竜族との間に協力関係が築けた! これでモルドの地は俺の代でも安泰! 感謝するぜ!」


 ウェイスさんが大げさに言った。


「いえ、私は何もしていないので」


 丸投げして、オトコノコに夢中になっていただけです。


「そうは言っても、クウの存在があればこそなのは事実だからな。ここはキチンと感謝を受け入れておけ」

「はーい」


 お兄さまに言われて、私は気軽にうなずいた。


「いいそうだぞ、ウェイス」

「おう、了解だ! クウちゃん、今夜はたっぷりと楽しんでくれよー!」

「私を楽しませるなら、喧嘩騒ぎはいらないですからね?」

「あれ? そうなのか? 実は密かに、クウちゃんに100人組手祭りを計画していたんだが……。なら何がいいんだ?」


 タイナをはべらせてください。

 と言いかけたけど、それは我慢した。


「私を楽しませてくれるのなら、お笑い祭りをしてください」

「お笑いかぁ。わかった。じゃあ、そうするぜ!」

「……自分で言っておいてなんですけど、いきなりやれるんですか?」

「誰でもやれるだろ、芸なんて。たいしたモンでもねーし」

「な、なんですとー!」

「ん? どうしたんだ、いきなり」

「芸がたいしたモンじゃないとは、よく言ってくれたものですね! 私のにくきゅうにゃ~んなんて、今の形に磨き上げるのにどれだけ苦労したか! なのにナオからは未だに5点しかもらえていないのに! 100点満点中ですよ! 100点の中の5点ですよ、この私が!」

「おい、カイスト。なんとかしてくれ」

「とりあえず、見せてもらったらどうだ? それで判断が付くだろう」


 見せてあげることにした。

 くるっと回って、


「にくきゅうにゃ~ん」


 かわいく肉球ポーズでフィニッシュ。

 決まった。

 我ながら完璧な仕上がりだ。

 近くにいたお姉さまにメイヴィスさんが拍手してくれる。


 どやー!


 私はウェイスさんに胸を張った。


「なるほどな。ま、平気だろ。期待しといてくれよ、クウちゃん」

「む」

「任せとけって!」

「むむ」


 なにやら思いっきり自信を持たれましたが。


「話の決まったところで、クウ。悪いが、メルスニール殿のところにも顔を出してくれないか。今夜の宴会にも参加していただけるとのことで、今はゼノ――りんと共に客室にいるが」

「はーい」


 お兄さまに言われて、私はお城の中に入った。

 メルスニールさんとゼノは寛いでいた。

 私は2人からも話を聞いたけど、特に問題はなかった。

 モルドの側は、ザニデア山脈の奥に立ち入ることを正式に禁止して、罪とする。

 竜の側は、街道沿いとダンジョン「ザニデアの大迷宮」がニンゲンの支配域であることを正式に認める。

 つまり、今までなんとなく、そんな感じでやってきたことを――。

 あらためて確認して正式なものとしたようだ。


「フラウはいいって言っているの?」

「はい。問題はありません」

「ならいっか」


 うむ。


「そもそもクウがそうしろって言うなら、そうするしかないよねー。今更なにを確認しているのさー」


 ゼノがカラカラと笑う。

 なぜかそれに、メルスニールさんが深くうなずいた。


「あの、ゼノさん。私、たまーに思うんですけど」

「うん。なぁに?」

「ゼノさんって、たまーに私のことを、独裁者みたいに扱いますよね?」


 私の言葉は絶対的な。


「だって、そうだよね?」

「ちがうからねっ!? 私はふわふわするのが仕事の子だからね!? 私の言葉なんて風船くらいに扱ってくれていいからね!? というか、私の言葉を絶対視するのは禁止します」

「またそんな勝手なことを言ってー。この世界の事象のすべてを支配する精霊の女王なんだよ、クウは」

「ちがいます。私はふわふわのクウちゃんです。いいね! わかった!」

「もー。はいはいー。ご命令とあらば従いますよー」

「命令ではありません。お願いです」

「はいはい。わかりましたよー」


 まったく、もう。

 ゼノには困ったものだ。






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― 新着の感想 ―
「こんなに可愛い子が女の子のはずがない」→気になる表現。男の子のはずがない!という理想の男の娘なら分かるけど、どういう意味なんだろう。クウちゃんは男の娘に対する独特な哲学があるのかな。 不本意だろうけ…
[一言] いつの日か、クウさんが女王として精霊王や古代竜に命令を下して対処しなければならない問題とか起きるんでしょうかね。ならないに越したことはありませんけど。 魔王くらいなら勇者もいるから何とかなる…
[一言] まぁ、どっちかって言うと、クウちゃん様が本業(ふわふわ)を全うできてるかどうかが、世界平和のバロメーターと言うか。
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