1061 ヤバンの罠
「で? どうすんだ? せっかく貢物まで持ってきたのによ、俺にビビって挨拶すら許さずに帰れってか?」
両手をあげて無害アピールしつつ、ヤバンが笑顔で問いかけてくる。
その笑顔は凶悪。
脅しつけているようにしか見えない。
背中には戦斧をぶら下げているしね。
普通の人なら、とっくに怖気づいていることだろう。
幸いにも、この広場にいるのは猛者とその関係者だけなので、誰も怯えた様子は見せていないけど。
あと、ヤバンが腰につけているポーチの中には……。
呪具が入っているね……。
どんな呪具なのかまではわからないけど。
加えて……。
部下たちの中にいる1人、場違いに洒落た青白い肌の男は闇属性だ。
アンデッド――。
最近よく見かける吸血鬼かな。
あと、うん……。
部下たちがキャリアに載せて運んできた、高貴な人間への贈答用に見える豪華で大きな木箱の中――。
私にはわかる。
中には、一体の魔物が入れられているね。
闇の魔力で束縛しているようだ。
魔物が貢物なのだろうか。
ともかく、目の前から見れば、万全の敵意マシマシ体制だ。
もはや攻撃の意思しか感じない。
当然、となりにいるゼノも気づいているだろう。
目が合うと、ゼノが言った。
「どうする、クウ」
「どうしようね」
「なんかさ」
「うん。なぁに、ゼノちゃん?」
「ボクたちって、ネタバレばかりでつまんないね」
「あー。うん。だねー」
事件が始まる前からわかってしまうのはね。
見ていると――。
ウェイスさんが部下を押しのけて、堂々とした態度でヤバンの前に出てきた。
「俺がウェイスだ」
「ほう。テメェが若か。まだガキだが、いい顔つきをしてやがるな」
「テメェは?」
「俺は、ヤバン・ジーン。ジルドリア王国から来た善良な普通の商人だ。これからよろしく頼むぜ、ウェイスさんよ」
敵反応に呪具反応、吸血鬼と魔物をうしろに連れて――。
よくも、まあ、いけしゃあしゃあと言ったものだ。
と、思ったのは私だけではないようで……。
バスクが吠えた。
「なにが善良だ! 下がっていろ、小倅! こいつらには山賊の疑いがあるんだよ! こいつらが来てからというもの、山道での原因不明な事故が頻発しているんだ! ひねり潰すぞ!」
「おいおい、事故ってわかってるんだろ? 俺等のせいにすんなって」
「黙れ! 堂々と山賊ぶりやがって!」
「これはただのファッションさ。魔術鑑定なら受けただろ。それに俺は、ジルドリア王国が正規に認めた交易商人だぜ? 言うなれば親善大使さ。俺に何かあれば国際問題になるぜ?」
「チッ!」
どうやらヤバンが言っているのは本当のことのようだ。
バスクが舌打ちと共にそっぽを向いた。
「まあ、いいさ。わりぃな、若、俺は今でこそ成功しているが、育ちがわりぃからどうにも礼儀知らずでよ。ここは礼儀正しいヤツに代わるわ」
かぶりを振って、ヤバンがうしろに下がった。
かわりに出てくるのは、山賊集団の中で明らかに浮いている――。
整った身なりをした紳士――。
青白い肌の男――。
吸血鬼だ。
彼は前に出ると、礼儀正しく一礼した。
優雅な仕草だった。
「お初にお目にかかります、ウェイス様。わたくし、ジーン商会で番頭を務めさせていただいております、フリオーンと申します」
フリオーンが顔を上げた。
その赤い瞳に、静かに魔力が集まるのを感じる。
ウェイスさんに、こっそりと魔眼を使う気なのだろう。
どんな目的なのか。
気になるけど、さすがに好きなようにはさせておけない。
「ゼノさんや、軽く止めて差し上げなさい」
「ほーい」
次の瞬間、闇の魔力が夜の世界に広がった。
それは一瞬のことだったけど……。
ハッと驚いた顔で、魔眼の力を打ち消されたフリオーンがこちらを見た。
ゼノがニッコリする。
一拍の静寂を置いて……。
「わたくし! よよよ、用事を思い出しましたぁぁぁ!」
吸血鬼は錯乱した様子で脇目も振らずに走って逃げていった。
「……おい、今のヤツはどうした?」
ウェイスさんがヤバンにたずねる。
「さあな……。どうしたんだ、あいつ……。用事ってなんだ……」
ヤバンにも、わかっていない様子だった。
まあ、うん。
それはそうだろうね。
「おい、聞いてるのはこっちだぞ」
「だから、わかんねーって言っただろうが! ――確かめてこい!」
「へい!」
ヤバンが部下の1人に命じて、フリオーンの後を追わせる。
ここでウェイスさんが私たちの方に目を向けた。
私はニッコリする。
ウェイスさんは、ヤバンに肩をすくめた。
「まあ、いいさ。それで、俺に何をくれるんだ?」
「おお! そうだったな! 若には、とっておきの貢物があるんだ! 珍しい品だから受け取ってくれや! ――おい、出せ」
ヤバンがうしろにいた部下に命じる。
部下が、大きな木箱の載ったワゴンを前に押し出してきた。




