1059 モルド流歓迎会!
「いや、あの、みなさん……。おー、じゃないですからね?」
うん、ホントに。
私は大いに盛り上がるモルドの人たちを前に、1人、ため息をついた。
「メイヴィスさんも、バチバチさせなくていいですからね? 戦うなら、せめて休憩して明日にしましょうよ」
「喧嘩を売られて買わないわけにはいきませんよね?」
「ダメです」
私はハッキリと告げた。
「わかりました。ダメというならあきらめます」
「なんだ? 怖気づいたのか?」
腰を手を当てて、いかにも武人な少女のラーラさんが呆れた顔をする。
それには私が反論した。
「万全な体制じゃないと言っているんです」
なにしろ1日、走ってきたのだ。
みんな、すでに満身創痍だ。
「何を言っているのか。私だって、仕事と訓練の後だ。問答無用でいきなり招集されたのだからな」
「それなら休んで、明日でいいですよね?」
「明日も当然、仕事だが?」
「朝にっ!」
私が噛み付いていると、横からスキンヘッドの大男――。
モルド辺境伯が割って入ってきた。
「クウちゃんよ。安心してくれ。これは勝負でも喧嘩でもねぇ。ただの歓迎会だ。これからお付き合いする前に、相手の力量を見ようってだけのモンさ。勝ちも負けもねぇから気楽にいこうぜ」
「いえ、どう考えても、勝ち負けは生まれますよね?」
戦えば。
私が顔をしかめると、
「わはははは!」
辺境伯ともあろう者が笑って誤魔化したぁぁぁぁ!
「で、どうするのだ? 次期辺境伯の婚約者ともあろう者が、かわいいエルフの背中に隠れておわりか?」
「ええ。残念ですが、隠れておわりですね」
「ハァ。なんと情けない。では、もういいからさっさと帰れ」
「残念ですが、来たばかりなので帰ることはできません。何日かは滞在させていただきます」
「貴様……。私をナメているのか……?」
「ナメるなんて。そんな趣味はありませんが?」
「あーもう わかりましたよー! やっていいですからー!」
まったく、もう!
このまま険悪になって、物別れなんてしたら……。
私のせいで、ウェイスさんとメイヴィスさんの未来が変わりかねない。
まだ戦わせた方がマシだ。
「では、お相手させていただきます」
メイヴィスさんが一礼する。
「帰ればいいものを。無駄に恥をかきたがるとは」
メイヴィスさんとラーラさんが、再びバチバチと視線を交わす。
まわりを見れば、武器を受け取ったブレンダさんにウェイスさん……。
お兄さまやお姉さままで、すでに戦う気になっている。
みんな、満身創痍のはずなのに、ホント、元気だねえ。
剣は見たところ、刃を潰した練習用のものだ。
とはいえ、鉄製だ。
回復魔術やポーションがあるといっても、大丈夫なのだろうか。
お兄さまたちが、身につけていた防御用のアクセサリーを外す。
私がいったん、預かった。
正々堂々、同じ条件で力試しをするつもりのようだ。
「私は遠慮させていただきますね! 私は水魔術師なので、回復のお手伝いをさせていただきます!」
レイリさんは、無事に広場の隅っこへと退避した。
モルドの人たちにも理性はあるようで、明らかに前線要員ではないレイリさんに強引に剣を持たせることはなかった。
まあ、うん。
それなら、お兄さまとお姉さまにも渡すなって話なのですが……。
2人は自分から受け取ったようだ。
「ほれ、クウちゃんにぜのりん。おまえらもさっさと受け取れ。噂の腕前、俺等にも見せてもらおうじゃねーか」
モルド辺境伯が、私とゼノに剣を差し出す。
「どうする、クウ?」
すぐには受け取らず、ゼノが私にたずねてきた。
ふむ。
どうしようか。
ここまで先生モードでみんなの心配をしてきたせいか、正直、まったくイキりたい気持ちにならない。
そもそも、止めようとしていたわけだし。
「やめとこか。私たちは見学しよ」
「ほーい」
「……妙に素直だね、ゼノ。なにかこっそりとやる気?」
怪しい。
「なにもしないよ。これはメイヴィスたちの歓迎会でしょ。ボクたちが遊び場にするのは無粋だよね、さすがに」
「まあねー」
私たちの話はまとまった。
「なんだ、やらないのか? 師匠の名が泣くぞ?」
辺境伯が残念そうに言う。
「ないてもいいですよー。私たち小鳥さんなのでー。ピヨピヨ」
私は鳴いてあげた。
「ピヨピヨだと、小鳥どころかヒヨコだろ」
「ふむ。それはそうですね」
辺境伯、なかなかに鋭い指摘をする。
「隅で見学しとくよー」
ひらひらと手を振って、ゼノはさっさと行ってしまった。
「では私も失礼します」
私はペコリとお辞儀した。
「おいおい。ホントにやらねーのか? 噂の腕前、見せてくれよ」
「噂なんて、所詮は鼻にビビっと抜けるような辛さですよ」
「なんだそりゃ?」
「うー」
私は顔をしかめた。
「どうした? む、まさか、ワサビか!」
「ピンポーン。正解でーす」
うー、わさー。びー。
どうやら辺境伯は、ギャグのわかる人のようだ。
素晴らしい。
「おい! 意味がわかんねーぞ!」
わかっていなかった!
「考えてはいけません。感じてください」
私はニッコリと笑って、隅に退散した。
「師匠は逃げたようだな。噂がワサビというのは、刺激的なのは噂だけで中身は別という意味なのか」
私が去ったところで、ラーラさんが言う。
私への侮辱というよりは、メイヴィスさんへの挑発だろう。
「さあ、始めましょうか」
メイヴィスさんは涼しい顔で剣を構えた。
「まったく、度し難い。――箱入りのお嬢様に現実を教えてやろう」
ラーラさんも剣を構える。
「2人とも、しっかり交流しろよ! 俺もせっかくだ。次の皇帝の力を見せてもらうとしよう。ハイセルくらいは出来るといいのだがな」
豪快に笑って、辺境伯はお兄さまのところに行った。
お兄さまとやる気のようだ。
あー、そっかー。
そういえばモルドの辺境伯って、若い頃、陛下とガチ勝負をしてお互いに大怪我したんだっけね……。
それで友人になって……。
皇位継承戦争の時には迷わず陛下側について……。
今があるのか……。
まあ、うん。
私が巻き込まれなかっただけ、上等というものかな。
かくなる上は、見学させてもらおう。




