1058 モルド辺境伯へのご挨拶
私たちは馬に乗って、外灯の明かりが照らすモルドの大通りを進んだ。
世界は気づけば夕暮れもおわって、夜になろうとしていた。
大通りは賑わっていた。
たくさんの飲食店が軒を並べて、店先にテーブルや椅子が置かれて、そこで大勢が騒いでいる。
ザニデア山脈に近い最前線の町とはいえ、帝国最大のダンジョンが近くにあるだけあって景気は良さそうだ。
あと、平和そうだ。
正直、私はもっと物騒な感じを予想していた。
うん。
もうそこかしこで、殴り合いが行われて、ヒャッハーな人たちがそこら中でたむろしていて……。
なんかこう、世紀末っぽい感じの。
ただ、幸いにも……。
と言っていいのかはわからないけど……。
市街地を超えて、丘の要塞が近づいてくるにつれ……。
どんどん人間の柄が悪くなって……。
道端にしゃがんで睨みつけてくる連中とか……。
なんか空き地で、
「おら立てぇ! できるまで帰さねぇぞぉ!」
と叫んで、戦斧を持って若者を蹴っ飛ばしているおじさんとか……。
うん、それは新兵の訓練みたいだけど……。
私のキタイ通り、野蛮になってきた。
残念ながら、キタイなのに……。
手拍子に合わせてマッスルポーズを決めている人はいなかったけど。
いたら私、飛び込んでいったのに。
素直な子になったのに。
残念。
ともかく私たちは、丘の要塞に到着した。
要塞は、日本の山城に似ていた。
麓に築かれた駐屯所で馬から降りて、スロープを上っていく。
途中、3ヶ所の、様々な施設のある広場を抜けて、丘の上にまで歩いた。
丘の上は整地されていて、けっこう広々としていた。
真ん中に、でん、と、石造りのお屋敷が建っている。
お屋敷の前の広場では、たくさんのかがり火が灯されて、たくさんの人が私たちを出迎えてくれた。
「お館様、連れてきやしたぜ」
バスクさんが、真ん中にいたスキンヘッドの大男に報告する。
「うむ。ご苦労」
スキンヘッドの大男が鷹揚にうなずいた。
この人が辺境伯なのだろう。
服装も態度もラフだけど、まさに歴戦の勇姿といった雰囲気を感じる。
只者ではない。
「帰ったぜ、親父」
「ただいまー」
ウェイスさんとブレンダさんが、気楽に挨拶する。
「うむ。よくぞ帰った」
スキンヘッドの人は再びうなずくと、こちらに歩いてきて……。
「お元気そうで何よりです、皇太子殿下」
お兄さまの前で頭を下げた。
「貴殿もな、辺境伯」
この後、辺境伯はお姉さまにも自分から挨拶をして――。
次にメイヴィスさんに言葉をかけた。
「時にメイヴィス嬢よ、ウェイスのヤツは帝都で君に迷惑をかけてはいないかね?」
「ご安心下さい。楽しくやっております」
「そうか! それはよかった!」
辺境伯が豪放に笑う。
笑った後、今度はレイリさんにも声をかけて……。
さらに私に目を向けた。
私は、じっと見られた。
これは私の方から、はじめましてと挨拶した方がいいのかな……。
と思ったところで辺境伯が言った。
「異国の王女殿とも、会うのは去年の帝都でのパーティー以来か。愚息共が大いに世話になっている話は聞いているぞ。感謝する」
「ご無沙汰しております、クウ・マイヤです。また会えて嬉しく思います」
私は礼儀正しくお辞儀をした。
面識があったことをすっかり忘れていた。
言われて思い出したよ。
確かにセラのデビューパーティーで挨拶を交わしていた。
「よく来てくれた。堅苦しい態度は取らなくていいぞ。改めて名乗るが、俺はモルツ・フォン・モルド。この地の主だ。俺のことはなんなら、モルモルと呼んでくれて構わないぞ」
「モルモルさんですか。いいあだ名ですね。私のことはクウちゃんとお呼び下さい」
「クウちゃんか! よろしく頼むぞ!」
「親父、モルモルなんて呼ばれたことねーだろ。いい加減なこと言うなよ」
ブレンダさんが呆れた声で言った。
「がははは! いいだろうが別によ! 今思いついたのだ! クウちゃんはそういうノリが好きだと聞いたのでな!」
辺境伯は大男の強面だけど、なかなかにお茶目な人のようだ。
辺境伯は、最後にゼノに声をかけた。
ゼノの素性についても、情報があるのだろう。
辺境伯の態度は、かなり丁寧というか様子を探るように慎重なものだった。
ゼノの態度は、いつも通りの平然としたものだったけど。
良くも悪くも、ゼノはニンゲンに気を使わないしね。
モルモルこと辺境伯が気を悪くする様子はなかったので、私は気にしないことにした。
「ボクのことはぜのりんでいいよ」
なんて言われて、
「では、私のことは、モルモルとお呼びくだされ」
とか愛想よく返していたし。
奥様とも挨拶をさせてもらった。
奥様は、体格的には普通の人だけど、私にはわかる。
火の魔力持ちだ。
魔術師だね。
こちらも歴戦のお方のようだ。
奥様との挨拶自体は、普通におわった。
のだけど……。
奥様が、うしろに控えていた1人の少女を前に出したことで――。
いきなり流れは変わり始めた。
「久しいな、ウェイス」
「おう。久しぶりだな、ラーラ」
どうやらウェイスさんの知り合いのようだ。
ウェイスさんと同年代の、髪をうしろで縛ってまとめた、キリリと精悍な顔立ちのいかにも武人な少女だ。
「こいつは親戚筋に当たる騎士の家の娘でな。名はライラール。幼馴染ってヤツだ」
ウェイスさんが私たちに紹介してくれる。
続けて奥様が、それはもう楽しそうに言った。
「この子がどうしても、貴方の婚約者の腕前を見たいと言ってね。モルドは武断の土地です。都会育ちのひ弱なご令嬢なんて、嫁に来たところで不幸になるだけだと心配してくれているのです」
「ふふ。ひ弱なご令嬢とは、もちろん、私のことですよね」
メイヴィスさんが、それはもう楽しそうに微笑んだ。
メイヴィスさんは、見た目で言うなら、すらりとした清楚なご令嬢だ。
都会育ちのひ弱なご令嬢に見えると言えば見える。
「お初にお目にかかる。従騎士のライラールだ」
「ウェイスの婚約者メイヴィスです。以降、お見知りおきを」
2人が挨拶を交わす。
私には見えた。
2人の視線が重なった瞬間、火花が散った!
「おし! 歓迎会だ! あとは剣で語れ!」
モルド辺境伯が、とっても楽しそうに拳を掲げた。
おおー!
バスクさんたち配下が、大声でそれに応える。
うん。
みんな、なんか楽しそうでいいね!
いや、うん。
よくはないけどね!
だって、お兄さまたち、今日は1日走り続けて……。
一度は体力の限界を超えている。
いくらか休んで回復したとはいえ、全快には程遠い。
歓迎会は、明日にしてほしいところだ。




