1055 閑話・少女コニーの馬車の旅2
「焦るな! 冷静に動くぞ! ポーションは迷わず使え! トロールはジェフの隊が引きつけろ! まずはゴブリンとウルフをやるぞ!」
「「「「「おう!」」」」
護衛の人たちが勇ましく声を合わせる。
弱気な姿はない。
みんな、すごい。
怖くないのかな……。
私、コニーは、幌馬車の中から戦う人たちの様子を見ていた。
魔物たちが咆哮を上げる。
再び戦いが始まった。
鉄の音が響いて、誰かが叫んで――。
誰かが悲鳴を上げて――。
あ、護衛の人が、黒い大きなウルフに腕を噛まれた……。
すぐに仲間の人が助けたけど……。
腕はだらりとして、血が出ている……。
ウルフは俊敏で、攻撃も鋭い。
ゴブリンだけの時みたいにはいかないようだ。
でも……。
ポーションを飲んだら血が止まった。
また剣を構え直した!
ポーション、すごい!
話では知っていたけど、本当に回復魔術みたいな効果があるんだね!
1本でも、すごく高いらしいけど……。
私はいつの間にか、恐怖することも忘れて――。
夢中で戦いの様子を見ていた。
戦いは激戦だった。
護衛の人たちも傷ついて、怪我をして……。
だけど、ポーションを飲んだり、魔術師の人が回復させたりして、倒れて動かなくなる人はいなかった。
たくさんいたゴブリンとウルフは、次第に数を減らしていって……。
大きなトロールは、まだ暴れているけど……。
護衛の人たちは、しっかりと私たちのことを守ってくれていた。
なので安心して、ますます私は夢中になった。
「コニー! 中に入っていなさい! 目をつけられたらどうする! おまえみたいな子供は格好の獲物だぞ!」
お父さんが怒鳴る。
気づけば私、手すりから身を乗り出して、戦いの様子を見ていた。
あぶないあぶない!
私はあわてて、馬車の中に引っ込んだ。
引っ込んだところで、私はあらためて森の中に目を向けた。
そして、見つけた……。
あ……。
森の中で、今、何かが動いた。
「ねえ、こっち! まだいる!」
引っ込んだばかりだけど、私はまた身を乗り出して、外で戦っている護衛の人たちに伝えた。
護衛の人がそちらを向いてくれる。
次の瞬間――。
四つ足の巨大な魔獣が牙を立てて、こっちに突進してきた。
「くそ! よりにもよって、今度はグレートボアかよ!」
護衛の人が盾を構える。
魔獣と激突した。
「ぐわあ!」
あああああああああ!
護衛の人が、吹き飛ばされたぁぁぁぁぁぁ!
それでいったん、魔獣は足を止めたけど……。
あ……。
身を乗り出していた私と目が合った。
こっちに向かってくる!
もうダメだ!
ごめんお父さん、私、獲物にされちゃったよぉぉぉぉぉ!
私は目を閉じた。
だって、もう、どうしようもない……。
逃げれない。
手も足も動かないし……。
だけど……。
私が想像した、最後の瞬間は……。
いつまで経っても来なかった。
「――大丈夫か?」
そこに声がかかる。
若い男の人の、クールでカッコいい声だ。
私はおそるおそる目を開けた。
すると、そこには……。
馬より大きな魔獣の突進を両手で受け止めている……。
帝都中央学院のカッコいい制服を着たカッコいいイケメンのお兄さんが、私に向けてカッコよく視線を向けていた。
うわぁ。
なんか、カッコいいがいくつも重なって感動する。
そのカッコいいお兄さんが魔獣を両手で横に倒す。
すごい……。
同じ人間の力とは思えなかった。
一緒にやってきた体育会系な雰囲気の大柄な制服姿のお兄さんが、魔獣を足で押さえつける。
「どうする、カイスト。こいつのトドメは刺さない方がいいよな?」
「そうだな。今回はやめておこう」
「了解」
どうするんだろう……。
見ていると……。
魔獣の頭を森に向けて、身を起こさせて……。
「ほら、帰れ!」
体育会系のお兄さんが、思いっきり魔獣のお尻を蹴り飛ばした。
魔獣は、そのまま、森の中に走っていった。
私はポカンとして、それを見送った。
周囲の戦いもおわった。
魔物たちが急に一斉に退散したのだ。
「怖かっただろ? もう平気だぜ」
体育会系のお兄さんが、私にニカッと笑った。
私は慌てて頭を下げて、イケメンの方のお兄さんにお礼の言葉を叫んだ。
「た――。た、助けてくれて、ありがとうございましたっ!」
「気にするな。ただの通りがかりだ」
イケメンお兄さんは、あくまでクールだ。
本当にカッコイイ。
思わず私は見とれてしまった。
御者台から降りて、お父さんもお礼に来る。
お父さんはお礼としてお金を渡そうとするけど――。
お兄さんたちはいらないと言った。
お父さんがそれでも渡そうとすると、イケメンのお兄さんは言った。
「――貴君は、この俺が金に困っているように見えるのか?」
「失礼しましたっ!」
それでお父さんはお金を引っ込めた。
「礼は言葉だけで良い。それはもう彼女から貰った」
うわぁ。
イケメンお兄さんが私に微笑んだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
まるで貴族の……。
ううん、それどころか、皇子様みたいだぁぁぁぁ!
そんなことをしていると、帝都中央学院の制服を着た――。
すんごい綺麗な女の人たちがやってきた。
それも、3人も。
「あら残念。おわってしまったのですね。こんなことなら、わたくしたちも先行すればよかったわ」
「残念だが、ただの魔物相手だ。何もなかったぞ、アリーシャ」
「それにしては楽しそうな顔をしていますわよ、お兄さま」
「フ。多少は活躍できたのでな」
「そーそー。お姫様のピンチは救えたよな」
体育会系のお兄さんが私に笑いかけます。
え。
お姫様って、私のこと?
ええええ!?
なんて私が大混乱していると……。
商会の人たちが走ってきました。
そして、女の子の1人に頭を深く下げます。
「メイヴィス様! ご無沙汰しております、メシノ商会のターネです! この度は危ないところを助けていただき――」
「残念ですが、私は何もしていません。来た時にはおわっていました」
メイヴィス様って……。
名前だけは、私も知っているけど……。
まさか、アーレの領主、ローゼント家のお嬢様……?
商会の人に続いて、お父さんもメイヴィス様に助けてくれたお礼を言った。
メイヴィス様の態度はそっけなかったけど。
話していると、さらに2人の学院生の女の子が走ってきた。
1人は、青色の髪の子。
たぶん、エルフだよね。
もう1人は、なんか、1人だけ疲れ切って……。
ぜーぜーと息を吐いて、今にも倒れそうになっているけど……。
大丈夫なのかな……。
「レイリさん、よく頑張ったねー」
青色の髪の子が笑いかける。
「もうダメ……。もう死ぬから、私……。本気で勘弁して……。一生分は走った自信あるからぁ……」
「あははー」
疲れ切った女の子の前で、青髪の子がそれはもうお気楽に笑った。
「クウ。とりあえずみんな、帰しといたよ」
いつの間にか、黒い衣装に身を包んだ黒髪の女の子もいた。
どこから現れたんだろう。
全然、気づかなかったよ。
「うん。ありがと、ゼノ。けっこう死んでるけど、それはしょうがないよね」
「んー。だねえ。あーでも、こうして通りかかったのも縁かぁ。どっちかだけ助けるのも違うよねえ」
と……。
あれ……。
急にふらりとして、私は意識を無くした。
気づいたら、また元の場所で、何も変わっていなかったけど……。
「さあ、じゃあ、魔石だけは回収させてもらおうぜー」
「って。あれ」
「なあ、死体が消えてねぇか?」
「ホントだ。どうなってんだ?」
どうやら何故か、ゴブリンやウルフの死体がなくなっているようだった。
「そういうこともあります。気にせず先に進んでは?」
メイヴィス様が言います。
「その通りですね! わかりました! 皆、準備を!」
メイヴィス様に言われて、即座にみんな、気持ちを切り替えた。
護衛の人も商人の人もお父さんも、準備を始める。
ローゼント家の威光は絶対だ。
逆らうなんて、考えるだけでも有り得ない。
私もよくわかる。
メイヴィス様がそうしなさいと言ったら、そうするのが正義だ。
「では、我々は先に行かせてもらおう」
イケメンのお兄さんが言う。
「あのっ! ホントにありがとうこざいましたっ!」
私はもう一度、お兄さんにお礼を言った。
「気にするな。道中、気をつけてな」
「はい! あの……! お名前、教えてもらってもいいですか!? 私、宝物にしますので!」
「カイストだ。宝物にはしなくてもいいぞ」
「カイスト様! ありがとうございます! 私、コニーです!」
「元気でな。コニー」
「はい! カイスト様もお元気で!」
イケメンお兄さんが走っていく。
「ちなみに俺はウェイスだ! ついでに覚えときな、お姫様っ!」
「はい! ついでに覚えときます!」
「わははは! じゃあな!」
体育会系お兄さんが、すぐにその後につづいた。
2人は走っていた。
馬にも乗らずに。
自分の足で。
私は、自然に見送ってしまったけど……。
「ほら、行きますよー、レイリさん」
「ううう……」
「こんなところで取り残されたら、かなり恥ずかしいですよー」
「そうね……。うううう……。がんばるぅ……」
女の子たちも走り出した。
5人とも、みんな……・。
自分の足で。
馬にも乗らずに。
私は、女の子たちのことも見送って……。
思った。
帝都中央学院の生徒って、すごいんだね……。
すごいってことは……。
話には聞いていたけど……。
アンジェも、あんなにすごくなっているのかなぁ……。
帰ったら、お手紙で聞いてみよう……。
いや、うん……。
そんなことはどうでもいいか!
うん!
どうでもいいよねっ!
それよりも、イケメンお兄さんのことを聞かなくちゃ!
きっと知ってるよね!
ファンクラブがあったら、絶対に入るっ!




