1054 閑話・少女コニーの馬車の旅
かたこと。
かたこと。
私を乗せた馬車が街道を進んでいく。
アーレを出て、3日目。
最初は整っていた街道は、どんどん適当になってきて、今では土を固めただけのようになっていた。
なので、揺れる。
うちの幌馬車がオンボロなせいもあるけど。
私はコニー。
城郭都市アーレの町に住む12歳の娘。
今はお父さんに付いて、旅の最中。
ザニデア山脈の麓の町を目指して、幌の荷台に座って、特に代わり映えのしない森と山の景色を見ている。
「ねー、おとうさーん! もう私、疲れたー。休憩しよー。休憩ー」
私は御者台にいるお父さんに言った。
だけど返事はつれない。
「バカなことを言うな。まだ出発したばかりだろう」
「でもー」
たしかに、まだ時刻は午前中。
朝、宿場町から出て、2時間くらいしか過ぎていない。
でも私は座っているだけなのに飽きた。
お尻も痛いし。
「だいたい、このあたりは魔物も出るんだぞ。休憩なんて出来る場所はしばらくないからあきらめなさい」
「あーあ」
私は馬車の、冷たい床の上に寝転んだ。
言ってはみたけど、本当は、休憩できないことはわかってた。
だって、うちの馬車は、商隊のキンギョのフンだ。
護衛を引き連れた彼らにお願いして、混ぜてもらっているだけなのだ。
勝手な行動はできない。
「まったく。だから来るなと言ったのに」
「わかってるよー」
お父さんの仕事に強引についてきたのは私だ。
うちのお父さんは、工芸職人。
この度、ご領主のローゼント公爵様に認められて、直接の依頼を受けた。
他国への贈り物にできる特別な工芸品を作ってほしいと。
これは本当に名誉なことで、成功すれば、お父さんは一気に名が売れて、あとはウハウハになれるかも知れない。
私にも嬉しいことだ。
お父さんは、素材から厳選して作ることを決めた。
素材は、ダンジョンで取れる魔物の甲殻や骨や角。
アーレの近くにもダンジョンはあるけど、そこでは公爵様の要望に応えるほどの素材は取れない。
なので、直接現地まで買付にいくことにした。
帝国で一番に大きなダンジョンがあって、高級な魔物の素材が集まる、ザニデア山脈の麓の町にまで。
「だってさぁ……。アンジェなんて、帝都に行って、海にも行ったんだよ。私だってさぁ、新しい景色を見てみたいよぉ」
私はぼやいた。
私には、アンジェリカという友達がいる。
去年までは一緒に遊んでいた。
でも今は、もう遊んでいない。
何故ならアンジェリカは、アーレを出て帝都ファナスに行ってしまった。
帝国で一番の学校、帝都中央学院に入学したのだ。
でもアンジェは私のことを忘れていなくて、お手紙をくれる。
お手紙の内容は、すごいことばかりだった。
剣に魔術に旅行にお茶会。
羨ましい。
アンジェは、アーレを出て、たくさんのことを経験している。
私は、うん……。
12歳になっても、なんにも生活は変わらない。
アーレの町で普通に暮らしている。
せっかくお手紙をもらっても……。
返信する内容がなくて……。
私も元気だよー、すごいねーすごいねー、って、書くことしかできない。
それって、むなしい。
アンジェは、どんどんすごくなっているのに。
だから、ダメだと言われても、お父さんの仕事についてきた。
旅行がしたくて。
遠くに行ってみたくて。
ザニデア山脈を近くで見てみたかった。
その結果が、これだ。
まわりにあるのは、森、山、川。
お尻は痛い。
馬車の中では、なーんにもすることがなくて、退屈。
「あーあ。魔物、襲ってこないかなぁ」
「こら! とんでもないことを言うな」
ぼやいたら、お父さんに怒られた。
でもさー、魔物とか出たら、きっと、すごいよねー。
うん。
魔物って、どんなのだろ。
ゴブリンとかオークとかワイバーンとか……。
名前は知っているけど、私はまだ、一度も見たことがないのだ。
魔物、出ないなー。
と――。
私がそんなことを思っていた時だった。
草むらを挟んだ、森の中に……。
ギラリと、妙な輝きを見つけた。
ただの日差しにしては、なんとなくおかしいと思えて、私はギラリとした場所に目を凝らした。
すると――。
え。
私は一瞬、心臓が止まるのを感じた。
慌てて馬車に顔を引っ込める。
それは、何か生き物の――目に見えた。
なにかがいた。
目が合ったような気がした。
でも、うん。
気のせい、よね……。
まさかそんな、本当に魔物が出るなんてこと……。
護衛の人たちだっているんだし……。
「ね、ねえ……。お父さん、今ね……」
私はとにかく、お父さんに教えようとした。
馬車が止まった。
護衛の人たちが慌ただしく動いた。
武器を抜いて、構える。
「喜べ、コニー。お待ちかねの魔物が出るみたいだぞ」
お父さんが言う。
「え……。に、にげないの……?」
馬車、止まっちゃったけど。
「商隊はたくさんの荷物を載せているんだ。速くは走れん。襲われたなら撃退するのが基本だ」
「…………」
私は、何も返事ができなかった。
だって……。
たしかに退屈で、魔物を見てみたいとは思ったけど……。
あ……。
森が揺れて、中から武器を構えた――。
深い緑色の肌をした――。
子供くらいの体型の、腰に布を巻いて、頭髪のない、猫背の……。
耳が長くて……。
瞳が異様にギラギラとして見える――。
私は、知識としては、それが何なのかを知っている……。
よく人間を襲う有名な魔物……。
ゴブリンだ……。
しかも、一匹じゃない……。
5体、6体と、粗末な武器を構えて、森から姿を見せた。
私たちの馬車の前には、2人の護衛の人がついてくれた。
大柄な男の人たちだ。
革鎧を身に着けて、立派な剣と盾を持っている。
「安心しろ、コニー。この商隊の護衛の人たちは、皆、経験豊富だ。ゴブリン程度に遅れはとらんよ」
「う、うん……。そうだよね……」
護衛の人たちが強いってことは、聞いている。
私はおそるおそる……。
あらためて、外の様子を窺った。
うぎゃー!
うぎゃぎゃぎゃ!
聞き取れない奇声と共に、ゴブリンたちが武器を振り上げて威嚇する。
これから、どうなるんだろう……。
私は固唾を飲んだ。
どうなる……。
戦いが始まるんだろうか……。
戦いって、どういうのだろう……。
私には、まったくわからない。
想像もつかなかった。
なので、逆に見ていることができたのかも知れない。
護衛の人の何人かが、ショートボウから一斉に矢を放った。
目に矢を食らったゴブリンが悲鳴をあげる。
それが引き金となった。
ひときわの奇声と共にゴブリンたちが突進してくる。
剣と盾を構えた護衛の人たちが、それを受け止める。
鉄の音が響いた。
戦いが始まった……。
怒号と血が、私の目の前で飛び交う。
護衛の人たちは強い。
わたしの目の前でも、飛びかかってきたゴブリンを盾で受け止め、さらに剣で突いて倒していた。
戦いの決着は、すぐにつこうとしていた。
私たちの勝利で……。
ゴブリンの死体を、草むらに転がして……。
草むらがあってよかった。
おかげで死体を、ほとんど私は見ることはなかったから……。
だけど、終わらなかった。
森が大きく揺れた。
「おい……。まさかだろ……」
護衛の人がつぶやく。
森を割って現れたもの――。
それは、ゴブリンよりも、ううん、人間よりも、ずっと大きな――。
緑色の肌をして――。
手に大きな棍棒を持った魔物――。
「ちっ。トロールかよ」
「……厄介だな」
「一匹だけなら引き付けて、隊は逃したほうがいいな」
「ああ」
護衛の人たちの相談する声を、私は馬車の中から聞いていた。
「ちっ。ダメか」
トロールに続いて、さらに魔物が森から姿を見せる。
たくさんのゴブリンと……。
たくさんの大きな黒い狼だった。
「……トロールにゴブリンにブラックウルフの群れか。こりゃ、ちょっと数が多いな。当たりを引いちまったか」
護衛の人が言う。
「コニー。指示が出たら馬車を全力で走らせる。落ちないように、今からどこかに掴まっているんだぞ」
「…………」
「コニー、聞いているか?」
「う、うん……。大丈夫、わかった、お父さん……」
未だに実感のないまま――。
私の目の前で――。
人と魔物の、激闘が始まろうとしていた――。
コニーの登場回
218 閑話・アンジェリカは見た
399 閑話・アンジェリカは授業を受けていた




