1045 やる気を出したナリユ卿!
私は王城を出て、トリスティンの王都の空に舞った。
本当は、うん……。
ファーネスティラに帰るべきなんだけどね……。
ゼノに丸投げしたままだし……。
とはいえ、町に出たというナリユ卿のことは放っておけない。
なにしろ、ナリユ卿だ。
どんなトラブルに巻き込まれているか、わかったもんじゃない。
彼に何かあれば、オルデに顔向けできない。
というわけで……。
仕方なく、私は捜索に出た。
ただ、ナリユ卿の発見は難しい。
魔力感知にも敵感知にも反応しない一般人だし。
帝都でも苦労したものだ。
と思ったら……。
今回は、あっさりと、すぐに見つかった。
ナリユ卿が、5人ほどの市民に囲まれて、追い詰められている。
「何を怒っているんだい、君たちは? 僕はただ、あまりに貧しい君たちにお金でも恵んであげようかと親切で声をかけただけだよ?」
うん。
はい。
必死に暮らす人たちに上から目線で余計なことを言って――。
激怒させたようです。
道端には豪華な馬車が停まっていた。
ナリユ卿が乗っていたものだろう。
前後には馬に乗った、4人の軽装の騎士が護衛に付いていた。
騎士たちは今のところ、市民には手は出さず……。
じっと様子を見ていた。
幸いにも、大きな騒動にはならなかった。
ナリユ卿をしばらく睨んだ後、市民の人たちの方がその場を去っていった。
ナリユ卿も馬車に戻る。
「ははは。いったい、彼らはどうしたんだろうね。せっかくお金をあげるというのに何様とか言われちゃったよ。ただの貴族なのにね、僕なんて。あ、それとも貴族に見えなかったのかな」
騎士たちに向かって、ナリユ卿が笑う。
相変わらずの能天気だ。
「とにかく、馬車にお乗りください」
騎士に促されて、ナリユ卿が馬車の中に入った。
馬車が出発する。
ふむ。
どうしたものか。
しばらく馬車の後をついていくと……。
お。
通りに何人かの子供がいた。
みんな、みすぼらしい姿だ。
ナリユ卿が、なぜか、馬車の中から窓ごしに手を振る。
すると……。
通りすぎた馬車に……。
子供たちが石を投げた。
石は、まったく届かず、手前に落ちたけど……。
子供たちにまで、露骨に敵意を向けられるとは。
まあ、無理もないけど。
町はボロボロのまま、先日までは魔物にも自由に入られて、去年までの豊かさは見る影もなかった。
そんな中、豪華な馬車に乗って……。
立派な騎士を引き連れて……。
高級な衣服に身を包んで……。
のほほんとした顔で、平和に豊かに愛想を振りまかれてもね……。
上に立つ者として、苦しい状況の中でも、尊敬や信頼を集めているのであれば話は別だろうけど……。
いや、待て!
むしろあえて、民衆を煽って反逆を目論んでいるとか……!
は、ないか。
そもそもナリユ卿は、それだと討伐される側だよね。
んー。
どうしようかなー。
ナリユ卿に一言、ものを申してもいいんだけど……。
「まあ、いいか」
私はやめておくことにした。
だって、うん。
余計なことを言って、余計なことになったら、それこそ私が責任を取る羽目になりかねない。
ただ、何かあるといけないので……。
念のため、姿を消したまま、こっそりと空から護衛だけはした。
幸いにも暴徒に囲まれたりすることはなく、無事にナリユ卿を乗せた馬車は王城へと帰還した。
ロータリーでナリユ卿が馬車から下りる。
出迎えの文官がナリユ卿にたずねた。
「ナリユ様、町はどうでしたか?」
「うん。そうだね……。みんな大変そうだったよ……。僕に何か、できることがあればいいんだけど……」
「興味を持っていただけただけで十分かと。あとは、ドラン様やギニス様とよくご相談の上――」
「そうだ! 晩餐会に招くなんてどうかな!」
「……誰をでしょうか?」
「もちろん、王都に住むみんなさ! たまには豪華な食事でも食べれば、気も良くなるってものだろう?」
素晴らしいアイデアですね! ぜひやりましょう!
と文官の人は言わなかった。
かわりに文官の人は、頑張って話を変えた。
文官の人、がんばれー。
私は応援だけして、リトことセイバーのところに戻った。
話は、一段落ついたようだった。
リトは1人で、ベランダから城の庭を見ていた。
部屋には他に誰もいない。
「ただいまー」
「おかえりなのです。ナリユというニンゲンは、無事に帰ってきたのですか?」
「うん。さっきね」
「ならいいのです。かなりの無能のようですが、それでもいなければ困るニンゲンとのことなので。トリスティン王国も邪悪の影から離れて、これから平和になっていくべきなのです」
「へー」
リトのとなりに並んで、私はリトに笑顔を向けた。
「どうしたのですか? 優しげにリトのことを見るな、なのです。逆に怖くて尻尾の先までゾッとしたのです」
「あはは。まあねー」
「なんなのですか?」
「リトがニンゲン社会のことを気遣うのは珍しいなーと思ってね」
「ふん。気遣ってなどいないのです。その方がユイのためになるから、そうなるべきと言っているだけなのです」
「そかー」
手すりに体を預けて、私も城の庭を見た。
庭は手入れされていて美しい。
町とは大違いだ。
「クウちゃんさまも、ニンゲンに肩入れしすぎるのは良くないのです。精霊の力は世界のためにあるものなのです。ニンゲンのためではないのです」
「ユイには全力で肩入れしているくせにー」
「ユイはユイなのです。ニンゲンなんかと一緒にするな、なのです」
「ユイはニンゲンだよー」
私は笑った。
「そんなことは知っているのです。リトを、クウちゃんさまみたいなバカと一緒にするな、なのです」
「まったく、口の減らない子だこと」
私はリトの肩に腕を回した。
「な、なななな! 何をする気なのですかぁぁぁぁ! 今のは冗談、ただの冗談なのです本気にするな! なのです! 拷問は許してほしいのです! ユイ! 助けてなのですユイぃぃぃぃ!」
「あははー。残念だけど、ユイはここにはいないよー」
暴れるので、少しだけ魔力を流した。
するとリトは大人しくなる。
いつもの平和なやり取りだ。
拷問ではありません。
「ねえ、リト」
「な、な……。なんなのですか……?」
「んー」
「な、な、なんでもするので拷問はやめてほしいのです……」
「そろそろ戻ろっか。ヤラとレヤクの件も、ちゃんとよろしくできたし。ゼノのことも心配だしね」
ゼノのことだから問題はないと思うけど……。
万が一のこともあるしね。
ちなみに私がリトに聞きかけたのは……。
私って、何歳まで生きると思う?
ということだ。
不意にユイの、クウは本当に精霊になったんだね、という言葉を思い出して。
リトは5000歳。
ゼノは1000歳。
イルやキオでさえ、すでに100歳は生きているという。
だけど、聞くのはやめた。
今はまだ、気にするのはやめようと思ったのだ。
だって、まだ。
私はユイたちと一緒に成長している。
今がすべてでいいよね。
そう思ったのだ。
 




