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1041/1358

1041 閑話・貴族令嬢ファラータは闇の訪れに立ち会い……。







 黒髪の少女が闇の中に消え――。

 ヤラとレヤクを軽々と担いだ青髪と白髪の少女が、窓からの日差しの中に透けるように消えて――。


 応接室にいるのが、わたくし、ファラータと――。

 わたくしの上司である『ローズ・レイピア』副長のエンナージス様だけになったところで――。

 荒々しくドアが開かれました。


「ようよう。悪りぃな。ちょおっとお邪魔させてもらうぜえ」


 現れたのは、大きな体をした、いかにも柄の悪い、暴力以外に自らを主張する術を持たないような連中です。


 足音でも気配でも彼らの接近はわかっていましたので――。

 わたくしに驚きはありません。


「ここによぉ、俺等の旦那がいるはずなんだが。なんでいねぇんだ? 予定の時間になっちまったのによぉ」


 部屋を見渡して、男の1人が首を傾げる。


「なあ、嬢ちゃんたち――。俺等はヤラの旦那に仕えている使用人なんだがよ、旦那はどこに行ったんだ?」

「さあ」


 わたくしは肩をすくめました。

 なにしろ、本当にわからないのですから。


「さあってなんだ! ゴラァ!」


 男の1人がテーブルを叩き、大きな声をあげます。


「おいおい。こんなにもお美しいお嬢様方を脅してはいけないな。すみませんねえうちの仲間が乱暴で――」


 男の1人が、妙に格好を付けたホストのような態度で、エンナージス様の肩に手を置こうとします。

 が、次の瞬間にはひっくり返って転びました。


「ほあっ! いてぇ!」


 背中と腰を打った男が悲鳴をあげます。

 それを見て他の男たちが、なに転んでんだよと、大笑いをします。

 エンナージス様が、ほんの一瞬の手のひねりで投げ転ばせたことに気づいた者はいないようです。


「ま、なんにしても、だ。旦那はどっか行っちまってるようだが、お嬢様方には俺等と来てもらうぜ」

「けっけっけ。一緒に、楽しいことしようなー」

「さらっちゃうぞー」

「触っちゃうぞー」


 連中が嫌な笑みを浮かべながら――。

 それでも意外と慎重に、わたくしたちのことを取り囲みます。

 その手には短めの棍棒やロープがありました。


「残念だけどよ。兵士に助けを求めたって、無駄だぜー」

「そうそう。お、始まったな」


 表から男たちの大きな声がします。

 喧嘩のようです。

 なるほど、それで兵士の注意を引き付けるのですね。


「悪いな。計画通りってことさ」

「アンタらも少しはやるようだが、この人数に囲まれちゃ、もうおわりよ」

「大人しくしてれば痛い目には遭わねぇから、素直にあきらめな」


 男の手が、再びエンナージス様の肩に伸びます。

 次の瞬間……。

 男たちは全員、倒れて動かなくなりました。

 わたくしの出番はありませんでした。

 エンナージス様が、顔色ひとつ、身動ぎひとつせず、恐ろしいまでの魔力で昏倒させてしまいました。


「ファラータ、外の騒ぎを鎮圧してきなさい」

「はっ!」


 わたくしは通りに出て、喧嘩のフリをしている連中を、全員、問答無用で地面に打ち倒しました。

 わたくしにとっては、何よりも至福の時です。

 だって、ええ……。

 自分より何回りも大きな男性を……。

 力でねじ伏せ、踏みつけ……。

 蹂躙する。

 ああ、こんなにも気持ちの良いことは、他には決してありません。

 ただ、残念ながら……。

 至福の時間はすぐにおわってしまいました。

 彼らでは、今のわたくしの相手は務まりませんでした。

 帝国の御前試合で戦った聖国『ホーリー・シールド』のメガモウ様くらいの男性がいてくれれば――。

 わたくしとしても、本当に踏みつけ甲斐があるのですが……。

 今回は、良い出会いはありませんでした。

 次に期待しましょう。


 喧嘩を止めようとしていた兵士たちに、彼らの拘束を命じます。

 騒ぎは収まりました。

 応接室に来た連中も外で喧嘩していた連中も、ロープで縛って、兵士たちが領主の館へと連行します。

 わたくしは宿屋の外の通りで、エンナージス様と共にそれを見送りました。


 必死に釈明してくる宿屋の人間は、エンナージス様が冷たくあしらって宿屋の中に戻らせました。

 彼らの罪は問わないようです。


「彼らは幸運ですね」


 連行されるチンピラのうしろ姿を見ながら、エンナージス様が言います。


「幸運、ですか……?」


 言葉の意味がわからなず、わたくしは聞き返してしまいました。


「闇の饗宴に、巻き込まれずに済んだのですから」

「それは――。先程の会話の――」

「そろそろ始まるようですよ。心地よい時間になりそうですね」


 黒髪の少女と青髪の少女。

 その2人のことを、わたくしは知っています。

 帝国での御前試合の時にいた2人です。

 青髪の少女は、皇女や皇太子と対等な友人のようでした。

 帝国公爵が、黒髪の少女に対して、当然のような態度で敬語を使って話している場面も見ました。


 2人の正体については、理解できています。


 わたくしは日頃、エリカ様と共に事務仕事をすることが多くあります。

 その中での会話と照らし合わせれば。


 ただ、その点について、確認を取ったことはありません。

 親しい同僚のトーノとでさえ、推測しあったこともありません。

 公然の秘密なのです。

 口の端に上せれば、信頼を失うことでしょう。


 ふと気づくと――。


 世界がやけに薄暗くなっていました。

 空は晴れているのに……。

 町全体に、なにかの巨大な影が掛かっているかのようです。

 影は、どんどん、その密度を上げていきます。


 闇が、来ようとしているのでしょう。

 闇の大精霊様の、そのお力によって。


 わたくしは無意識の内に、恐怖を感じていたようです。

 両腕で体を抱いてしまっていました。

 気づいて、姿勢を正します。


 エンナージス様は涼し気でした。

 恐怖など感じている様子は、微塵もありません。


 わたくしの視線に気づいたエンナージス様が、微笑んで言います。


「世間では誤解されていますが、闇とは邪悪ではありません。闇とは、清らかなものなのです。貴女もよく感じておくと良いでしょう。これが本当の、世界に満ちている純粋な闇なのだと」

「はい――」

「もっとも、死霊も出るようですが」

「死霊もまた、清らかなのですか?」


 わたくしはたずねました。

 するとエンナージス様は、今度は楽しそうに笑いました。


「ふふ。光だって、見つめれば眩しくて辛いでしょう? 同じことですよ」







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― 新着の感想 ―
[一言] いやー、闇が邪悪なものではないと言っても、怖いものは怖いでしょう。邪悪とか関係なく。巨大な力が迫ってきているのだから、津波とか大火事の闇版みたいなものでしょうこれ。本能的に逃げ出さないだけ立…
[一言] く……1話挟んだ…、だと……焦らされてる!? まあ、クウちゃん様の許可ありの饗宴ですからね どこまではっちゃけるんだろう……
[良い点] いつも楽しく読んでます! はじまりはじまり~ [一言] 本当に仲良くなった人は運が良いと言ったらいいのかな(笑) 出会わずにすめば平和なんだけど(悪人は)クウちゃんの許しもあるしど…
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