1039 ファーネスティラの闇の序曲
精霊としてのお仕事をおえて、宿屋の1階の応接室に戻ると……。
スリープクラウドの効果時間が切れて目を覚ました2人、鋭い顔立ちのヤラと肥満腹のレヤクが交互に怒鳴っていた。
「なんという卑劣な真似を!」
「我々を眠らせて、指輪を奪った挙げ句にすり替え、我々が呪具を所持していたなどと言いがかりを!」
「この非道な行い――。許しがたし!」
「訴えてやる!」
「謝罪と賠償を請求する!」
この口撃に、エンナージスさんは涼しい顔でこう答えた。
「正式に申し出るなら、その訴えは受け付けますが?」
「何をだ!」
「指輪を返せ!」
「ご安心を。私には上級騎士と同等の執行権があります。この場で即決裁判を行うことは可能ですよ」
「なんと勝手な!」
「市民を陥れるなど、許されることではないぞ!」
「黙って引き下がる我々だと思うな!」
「聖女様に訴えてやる!」
「そうだな。それがいい。聖女ユイリア様のお力をお借りして――」
あ。
威勢のよかった2人が白目を剥いて倒れた。
リトが昏倒させたようだ。
「ただいまー」
私たちは姿を現して、床に降りた。
「こいつらは、どこかに捨ててくるのです。ユイの名を邪悪に使おうとする者なんて50年は放浪していろなのです」
リトが冷淡な目つきで、意識のない2人を見つめた。
「あー。リト、捨てるならいいところがあるから一緒に行こー」
「どこなのですか?」
「私がいつも、よろしくしている場所があってね」
「なら、そこでいいのです」
「じゃあ、セイバーになってもらっていい? 私はソードになるから」
「わかったのです」
リトの体が光に包まれる。
魔法での変身だ。
私も『ユーザーインターフェース』を起動して、ソードの古代の神子装束一式を装備欄にセットした。
じゃん。
あっという間に、私たちは聖国『ホーリー・シールド』の第一位と第二位に変身完了なのだ。
「え。あ、あの……」
何故かファラータさんが呆然としている。
あーそうか。
私はすぐに気づいた。
エンナージスさんは当然知っているから気にしなかったけど……。
ファラータさんは、私とリトの正体は知らないのだった。
「そういうことなので、秘密に頼む」
私はいつものように、最初だけカッコつけて、なんかこう、できるだけ偉そうに低い声でしゃべった。
いつも気づくと素に戻っているけど。
「副長は……。幹部の方々は、ご存知だったのですか……?」
「ご存知も何も、我々はそもそもソード様の配下です」
配下にした覚えはないけど、エンナージスさんがそんなことを言った。
まあ、でも、アレか……。
竜王たるフラウが、いつも私の配下だと言っているか……。
そう言えば最近……。
なんか言われ慣れちゃって、否定することもなくなっていたね……。
「そ、それは……。では、エリカ様は……」
「エリカ様は、我々よりソード様に近しい存在ですよ。なんといっても『弟子』なのですから」
「弟子……! まさか、それは――! セ――!」
椅子から立ち上がって、ファラータさんが叫ぶ。
「ファラータ、秘密にと言われたはずでしょう?」
「っ! 失礼しました」
さすが、鍛え抜かれた『ローズ・レイピア』の正メイドだけのことはある。
ファラータさんは、すぐに自制心を取り戻した。
着席して、姿勢を正す。
セ、とは、なんなのか。
正直、思いっきり予想はつくけど……。
私はもう、センセイについては考えないことにしている。
だって、うん。
明らかに、私じゃない誰かのことだし。
関係ないしね……。
「ねえ、クウ。ボクはどうするの?」
「ゼノは適当でいいよー」
私がニッコリそう言うと……。
「ねえ、クウ」
「なぁに?」
「やっぱり、ボクだけ扱いが軽いよね? 適当ってどういうこと?」
ふむ。
ゼノが、じーっと見つめてくる……。
くまった。
これはくまりましたね……。
どうしたものか……。
「あ、ならさ。この町って、あと2人、悪党のボスがいるんだよね。そいつらを捕まえてここに連れてきてよ」
「ボク1人で? ヤダよ? 1人だと面白みが半減だよね?」
「なら、エンナージスさん……は、ダメだよね」
「はい。私は『ローズ・レイピア』として来ております。さすがにご遠慮させていただきたいと」
「なら、誰でもいいからさ、誰か連れて行きなよ。ウィルとか」
ウィルは、旧ギザス王国の地下、ブラックタワーのある大空洞に住んでいる最上位の吸血鬼の1人だ。
ゼノの眷属で、私とも縁がある。
会う度にギャーギャー言われて鬱陶しいけど……。
別に嫌いなタイプではない。
「ウィルかぁ……。今は午前中だしなぁ……。空も晴れてるし……。適当に暗くしてもいいならいいけど……」
「いいよー」
「いいんだ?」
「全部任せるからさ。好きにしていいよ。あ、でも、私たちみたいに、なんかこう適当に正体は隠してね? 死神2人組とか」
「りょーかい。クウが許可をくれるなら楽しませてもらうよ」
「精霊姫の名において命じます。邪悪に染まりし者共に、純粋な闇の深さと美しさを教えてやりなさい」
私はなんとなく、真顔になって言った。
うん、なんか……。
軽い気持ちで……。
こういう時は、やっぱり、カッコつけた方がいいかなーと思って。
ゼノは、ちょっと驚いた顔をしたけど……。
乗ってくれた。
私の前に膝をついて――。
「ご意思のままに」
なんて、真面目な雰囲気で言った。
立ち上がった後は、満面の笑顔だったけど。
「じゃあ、クウ。やらせてもらうよ」
「うん。がんばー」
ゼノは、機嫌を直してくれたようだ。
よかった。
適当に扱ってごめんね?
わざとじゃないんだよ?
 




