1038 精霊さんのおしごと
話していると、ドアがノックされた。
ドアごしに兵士が告げる。
『――エンナージス様、ヤラとレヤクの両名が面会を求めて来ています。いかがいたしましょう?』
「会います。1階の応接室に通しておいて」
『了解しました』
兵士に返事をしてから、エンナージスさんが私たちに言う。
「噂をすれば、ですね。町の有力者2名が、向こうから来てくれたようです」
「ヤラ、レヤク……。ですか?」
ちゃんと聞いていたけど、私は念のため、来訪者の名前を確認した。
「ええ。そうです」
エンナージスさんがうなずく。
ふむ。
私には、今、とてもとても言いたいことがある。
とてとてだ。
しかし、周りを見ても、ゼノもリトも、ファラータさんも、何も言おうとはしていなかった。
いや、うん。
正確には、ゼノとリトが言った。
「ねえ、エンナ、ボクたちも付いて行っていい?」
「なのです。悪魔の残滓がないかどうか、直に見てやるのです」
真面目な話だ。
私の言いたいこととは、まったくちがう。
「もちろん構いません。せっかくですし、皆で行きましょう」
私は迷った。
言う?
言っちゃう?
それって、まさにヤラレヤクだよね!
ヤラ、レヤク、だし!
……って。
でも、わかる。
絶対にみんなには白けた顔をされる。
何しろ、純粋にギャグとして微妙だ。
やめとこ。
私は、あきらめた。
私はかしこいのだ。
未来は、予期できてしまう子なのだ。
というわけで……。
エンナージスさんに続いて、私も1階の応接室に行った。
部屋に入ると、すでにヤラとレヤクが着席していた。
敵反応アリ。
ヤラは、猛禽類のように鋭い顔立ちをした、痩せた老年の男性だった。
レヤクは恰幅の良い中年の男性だ。
2人とも、いかにも高そうな衣装に身を包んで、指にはこちらも高そうな宝石の指輪があった。
指輪は、呪具のようだ。
土の魔力で覆って偽装しているけど、近くで見ればわかる。
私たちが入ると、2人が立ち上がって挨拶する。
最初にしゃべるのはヤラだった。
「これはこれは、エンナージス殿。今日も変わらずにお美しい。本当に、目の保養になって困りますな」
続けてレヤクも同じように挨拶して、私たちに目を向けた。
「……して、そちらの美しい娘さん方は?」
「私の知人です。観光に来たので、これから町を案内するところだったのです。同席させて構いませんね?」
「ええ。それはもちろん。しかし、観光ですか。はっはっは! それはまた素晴らしいことですな!」
レヤクが、明らかにバカにした態度で笑う。
さらにヤラがニヤニヤと言葉を続けた。
「しかし、最近、この町には、調印式での護衛需要を当て込んで、ガラの悪い連中がそれなりに集まっているようです。美しい娘さんなど、格好の獲物になってしまうのでお気をつけを。特にそちらの、純白の獣人の娘さんなどは……。いやあ、惜しい。去年までであれば家が建つほどの値で売れましたな」
「言っておきますが、彼女はリゼス聖国の神官ですよ?」
「これは失礼しました」
ジルドリア王国には、去年まで奴隷制度があった。
といってもトリスティン王国のように、獣人ならすべて奴隷にすることが可能というわけではなかった。
奴隷にできるのは犯罪者か、戸籍を持たない獣人に限られていた。
もっとも……。
陰では好き勝手していたようだけど。
「スリープクラウド」
とりあえず私は2人とも眠らせた。
「クウちゃん、どうしたのですか?」
エンナージスさんが、少し驚いた様子で聞いてくる。
「えっと。もういいかなって」
こいつらに時間をかけてもしょうがないよね。
うん。
私は2人から指輪を外した。
「ちなみにこれ、偽装されているけど呪具ですよ? 本当に、どれだけ流通しているんですかね」
指輪をアイテム欄に入れて、効果を確認する。
アイテム名は、魔眼の指輪。
対象に以下のいずれかの効果をランダムに付与する。
恐怖、混乱、狂乱、魅惑、自失。
呪力残量:9。
私はその効果をみんなに伝えた。
指輪については、2つともエンナージスさんに渡した。
「……魔眼、ですか。私はともかく、一般の兵士には厳しい品ですね。ファラータも抵抗できるかどうか」
「副長、試させてはもらえないでしょうか?」
ファラータさんが言う。
「貴女にですか?」
「はい。私が抵抗できるかどうかは、重要な要素かと」
「そうですね。危険な行為ですが、お三方のいる今ならば良いでしょう。様子を見ていていただけますか?」
もちろん、私たちは快く了承した。
結果として、ファラータさんは呪具の力に耐えた。
ただそれは、正面から抗ってのことだ。
「正直、油断したところに不意打ちで使われれば、効果を受ける可能性は十分にあると思われます」
というのがファラータさんの見解だった。
ファラータさんは強い。
並の人間より、並の騎士より、遥かに抵抗力は高い。
そのファラータさんでも効果を受ける可能性があるということは、呪具の力は相当だと言うことだ。
「クウちゃん、この指輪はいただいても良いでしょうか。研究して抵抗手段を作りたいと思います」
「はい。どうぞ」
竜の人たちは学者としても優秀だ。
きっと解析して、良い防御道具を作ってくれることだろう。
とりあえずファラータさんには、私のアイテム欄に入っていた魔法抵抗力アップの指輪を差し上げた。
「ねえ、クウ。結界は張らないの?」
ゼノが言った。
「結界?」
「うん。結界を張れば、呪具の力は無効化できるよね?」
「そうなんだ?」
「前にトリスティンの王都で張った時にも、そうだったでしょ?」
「そうだっけ?」
記憶にないけど……。
「そうだっけって……。支配の首輪を結界の作用で無効化させて、王都にいた獣人奴隷を解放したよね?」
「そうだっけ……?」
本当に記憶にないけど……。
「はぁ。本当にクウちゃんさまはどうしようもないのです。ともかく、悪魔の関与が懸念されるなら3人で結界を張るのです。外の世界からの邪悪な力の侵食を防ぐのは精霊のお仕事なのです」
「はーい」
確かにそうなので、私は素直に従った。
3人でいったん、空の上に戻る。
結界に呪具を無効化させる効果まであるなんてことは……。
私は本当に知らなかったけど……。
即効性はないようなので、トリスティンの王都で呪具が無効化されたのは、私たちが帝国に帰った後のことのようだけど……。
それなら、まあ、私はわからないよね……。
私は悪くない。
わからない方が自然だ。
ゼノに教えられて、私は今、知ったよ。
私たちは渾身の力を込めて、破邪の結界を町も含めた地域全体にかけた。
これで少なくとも――。
当面の間――。
悪魔は、現れることも入ることもできないはずだ。
呪具も、いつの間にか無効化されるはずだ。
うむ。
ひと安心だねっ!




