1037 ファーネスティラのこと
私たちは、とりあえず姿を消して、『ローズ・レイピア』の副長であり竜の人でもあるエンナージスさんのところに向かった。
エンナージスさんは通りにいた。
『ローズ・レイピア』の赤い制服を身に着け、腰のベルトに剣を差して、背中に黒髪を流して――。
何事もない様子で悠然と歩いていた。
エンナージスさんは、数千年を生きる古代竜。
だけど今は人化している。
見た目的には、20代半ばくらいの知的な大人の女性だ。
通りの左右には、敵反応を出しながらエンナージスさんに不躾な視線を送る連中が何人もいた。
エンナージスさんも気づいてはいることだろう。
気にする様子もなかったけど。
通りは不自然に静かだった。
町の人たちは、争いを避けるように身を小さくしていた。
せっかくのカラフルな町並みが台無しだ。
私たちは、すぐには姿を見せず、しばらく後をついていくことにした。
エンナージスさんは、どこかに殴り込みにでも行くんだろうか、と私は密かにキタイしたのだけど……。
そんなことはなく、普通に宿屋に戻った。
うん。
知ってた。
私のキタイは、もうきっと、叶えられない運命なのだ……。
キタイとは、儚いものなのだ……。
それはともかく。
宿屋は現在、貸し切りの様子だった。
出入り口に2人の兵士が立ち、入ってすぐの食堂にも軽武装した兵士が何人か待機していた。
一般のお客さんの姿はない。
あと敵反応が、宿の裏側に10個も集まっていた。
奇襲でもするつもりなのだろうか。
エンナージスさんは階段を上がって、4階の部屋に入った。
私たちも同じ部屋に入る。
窓から通りを見下ろせる大きな部屋だった。
「こんにちは、エンナージスさん」
私は姿を見せて挨拶した。
「こんにちは、クウちゃん」
いきなり現れた私たちに驚く様子もなく、普通に笑顔で返された。
竜の人のことだから、とっくに気づいていたのだろう。
「よっ、エンナ」
ゼノが馴れ馴れしく手を振った。
「ご無沙汰しております、ゼノリナータ様。あとそちらは、シャイナリトー様で宜しいでしょうか」
「なのです。闇の竜よ、こんなところで何をしているのです?」
「調印式に先駆けて町の視察に来ております」
「エンナージスさん、敵対反応がたくさんありましたよ。宿の裏にも。わかっているのならいいですけど……」
まるで気づいていない。
ということは、さすがにないだろうけど。
「はい。大丈夫です。むしろ安心しました」
「ユイの安全にも関わるので、詳しい話を聞かせるのです」
話していると、横から声がかかった。
「ふふ。皆様、まずは落ち着かれてはどうでしょうか。いつまでも立ったままでは話しにくいでしょうし」
こちらも見知った顔――。
部屋にはもう1人、『ローズ・レイピア』の赤い制服を着た少女がいた。
「こんにちは、ファラータさん」
「ごきげんよう、マイヤ様」
ファラータさんが優雅にお辞儀をする。
彼女は、以前の御前試合で、あの暴れ牛のメガモウと対戦して――。
惜しくも負けてしまったけど、大いに善戦した――。
年齢的には、まだ学院生の範疇だけど、ハースティオさんの死の訓練をくぐり抜けたツワモノだ。
「ファラータさん、先週は王都にいましたよね?」
ナリユ卿のことで相談にいった時、王城の執務室でエリカと一緒に仕事をしていた記憶があるけど……。
「今はこちらに派遣されておりますの」
「大忙しですね」
「ふふ。わたくし的には、こちらの方が刺激的で楽しいですわ。実は、すでに何回も襲撃を受けているんですよ。つい先程、散歩した時にも」
「大変ですね、それ……」
ともかく、テーブルを囲んで座ることにした。
ファラータさんがお茶を淹れてくれる。
ファラータさんは貴族令嬢。
もともとは、エリカのお茶会の仲間だった。
なのに、『ローズ・レイピア』の結成時には真っ先に志願して、メイド隊の最初の一員になったという。
お茶を淹れる姿も様になっている。
本当に大したものだ。
「ファラータ、お三方に現状を説明しなさい」
「了解です、副長」
エンナージスさんに命じられて、ファラータさんが教えてくれた。
「この町は現在、違法行為に手を染めながら完全に開き直っている許し難い者たちの支配下にあります」
「……それって、領主ごと全部?」
町の様子からして、そんな気もするけど。
私がたずねると――。
「領主も――。そうですね。ただの置物でしたが、おこぼれをいただいていたことは確かなので共犯者ではありました」
領主は、『ローズ・レイピア』が査察に来たことで、もはやこれまでと観念して素直に自白したそうだ。
今は、町の有力者からの報復を怖れて、屋敷に引きこもっているらしい。
王都から連れてきた兵士が警備についているそうだ。
「問題なのは町の有力者たちです。すでに商業ギルドにおいて、長年に渡って多額の不正が行われていたことは判明していますが――」
なんと、ダンジョンから産出した魔石の量を、100分の1に減らして国へ報告し続けていたそうだ。
「……凄まじい量の横流しだねえ、それ」
「本当です。100分の1にも減らして、よく今まで露呈しなかったものだと感心しましたが――」
ここでファラータさんが言葉を止めた。
言いにくいことなのだろう。
代わりにエンナージスさんが、容赦なくしゃべったけど。
「エリカ様が司政を握るまでは、そもそも王国全体が似たようものでした。告発など到底不可能な状態でしたから」
「なるほど」
確かに、うん……。
エリカんとこって、いろいろ酷かったよね、去年までは……。
民衆暴動も起きていたみたいだし……。
エリカが現実を知って、古代竜の人たちが容赦なく力を貸して、わずか一年で改革しちゃったけど。
「でも、商業ギルドで大規模な不正がわかったなら、そこからお金の流れを追えばいろいろわかりそうですね」
私は言った。
「領主からの証言と合わせて、商業ギルドを通じて町の有力者4名にお金が流れていたことは、すでに判明しています」
「拘束はしないんですか?」
「ええ。黒幕がいるとも限りませんので、今は泳がせています」
ファラータさんがそう言うと――。
エンナージスさんが、やけに怖い笑みを浮かべた。
「面白いですよ。彼らは未だに『ローズ・レイピア』など女子供のオママゴトだと確信しているのです。我々の実績など、すべて、エリカ様を女王へと導くための政治的な喧伝なのだと」




