1036 精霊3人ふわふわ旅
ジルドリア王国の避暑地ファーネスティラ。
その場所については、以前にエリカから聞いたのでわかっている。
王国の南東。
トリスティン王国に近い高原地帯だ。
大きな湖があって、緑も水も豊かな場所だという。
ただ、行ったことはない。
なので、私の『ユーザーインターフェース』に搭載されているマップを開いてもその場所は空白だ。
とはいえ、空白でも座標は確認できる。
エリカからもらった地図と照らし合わせて、座標は確認済みだ。
精霊界は距離の概念が希薄で、イメージだけでどこにでも移動できてしまう。
私の場合は、座標での指定も可能だった。
帝都でゼノを誘って、私たちは精霊界に入った。
――ヒメサマ。
――ヒメサマ。
色とりどりの小さな光の玉の精霊ちゃんたちが、すぐに寄ってくる。
「こんにちはー。少しだけおじゃまするねー」
――アソブ?
――アソボ!
「ごめんねー。今日は忙しいからまた今度ねー」
「本当にクウは唐突なんだから。そもそもボクのことは連れて行かないって言ったばかりじゃなかったっけ?」
「それは旅。今日も旅だけど」
「同じだよね?」
「違うのー。今日は精霊同士の旅なのー」
「まあ、いいけどさー」
と、ゼノにはため息をつかれてしまいましたが……。
「さて。イルやキオに気づかれる前に、さっさと移動しないとだね。私が飛ぶからゼノとリトは小動物になってー」
「はいはい」
「わかったのです」
ぽんっ。
と、ゼノが黒猫に、リトが白いフェレットになる。
その二匹を肩に乗せて――。
私は、ファーネスティラの座標に移動することをイメージする。
すると……。
海の中のような周囲の景色が揺らいで……。
再び海の中に私たちはいた。
マップで座標を確認すれば、ちゃんと移動できている。
近くのゲートから、外の世界に出た。
ざぱんっ!
水しぶきと共に勢いよく湖から飛び出して、そのまま空中に上がった。
午前の晴れた世界。
高い空と、見下ろせば豊かな自然があった。
茶色に広がる冬の高原に、切り立った岩山。
それに湖。
岩山の麓には、ちゃんとファーネスティラの町もあった。
色とりどりの屋根が連なっている。
雪は、ほとんどなかった。
岩山の上の方が、白くなっている程度だ。
私たちの暮らす中央大陸は、四季の移り変わりが穏やかだ。
夏でも日射に倒れるほどには暑くならないし、冬でも世界が真っ白に染まるほどには寒くならない。
魔力が豊富に流れている故だという。
世界には他にも大陸があるけど、魔力という点では、飛び抜けて、この大陸が一番なのだそうだ。
だから、精霊たちも集まる。
正確には、集まっていた。
今ではもう、精霊ちゃんたちが来ることはないけど。
「良い風の吹く場所だね。キオも連れてきてあげればよかったのに」
ゼノは言うけど……。
「ゼノが保護者として面倒を見てあげるならいいよー」
私がそう言うと、
「え。イヤだよ? そんな大変なこと。それこそクウの仕事でしょ。あいつ、一人前を気取ってるくせに、すぐにピーピー泣くし」
なんて言う。
私は『ユーザーインターフェース』からマップを開いた。
現地に来たことで、周辺の地図が表示された。
ファーネスティラの町は湖の北岸にあった。
正面には湖が広がる。
湖の周囲は、東側も西側も南側も、ぐるりと岩山がそびえていた。
北側にも岩山はあったけど、ファーネステイラのあるところは、ちょうど広い谷のようになっていた。
町からは、北へと道が続いていた。
西側の岩山の向こうには、ザニデア山脈の麓にまで広大な森林が続く。
金虎族の支配する大森林だ。
金虎王は、元気でやっているだろうか。
フラウが竜軍団まで動員して、締めに締めて、いろいろと認めさせて以来、一度も会っていないけど。
ノノのことも気になるし、今度またフラウと行ってみよう。
……覚えていたら。
東側の岩山の向こうには平野があった。
平野には、南北に道が伸びる。
ジルドリア王国とトリスティン王国は、その道でつながっている。
その道を使って、ジルドリア王国を抜けて、さらに北へ行けば、ユイの住むリゼス聖国がある。
平野から東には、いくつかの小国がある。
私は行ったことがないので、『ユーザーインターフェース』上のマップではただの空白だけど。
道は、空白を抜けて、東岸の海洋都市にも繋がるようだ。
ダンジョンは、湖の南側にあった。
マップには、ダンジョンのマークに合わせて、廃墟と化したお城のような絵が描かれていた。
「クウちゃんさま、敵反応はどうなのですか?」
私がマップ機能で周辺の地理を見ていると、空中で白耳幼女の姿に戻ったリトがたずねてきた。
「あ、うん。今、確かめるね」
私は敵感知の範囲を広めた。
すると……。
なんか、びっくりするほどたくさんの反応があった。
主に町に。
あと、町から外れた岩山の麓の方にも。
まあ、ただ……。
「えっと。雑魚敵だらけかな。どういう状況なんだろうね」
全部、町のチンピラ程度だ。
私たちなら、散歩ついでに綺麗に処理できる。
いや、うん。
チンピラを、程度なんて言えるとは、私も本当に精霊になったものです。
前世なら全力で逃げること確実なのに。
ただ、敵ではないけど、ちょっと気になる気配もあった。
魔力感知の範囲を広めて確かめてみる。
町の中に強い闇の力があった。
これだ。
知っている魔力だった。
「クウ。町にフラウんとこの竜族がいるね」
ゼノも黒髪の少女姿に戻った。
「うん。エンナージスさんだね」
エンナージスさんは、竜の里から出てきた古代竜。
エリカのメイド隊『ローズ・レイピア』の副長として活躍している。
ド・ミ新獣王国が新生するまでの間は、ジルドリア王国の特使としてナオの補佐もしていた。
文武共に優れた優秀なヒトだ。
調印式に先駆けて、すでに現地入りしているようだ。
「2人の知り合いですか。ならよかったです」
リトも気づいていたようだ。
「とりあえず挨拶しにいこうか。状況もわかるし」
「だねー」
私とゼノはエンナージスさんとは知り合いだ。
お互いの素性もわかっている。
会えば、教えてくれるだろう。
「わかったのです」
リトも同意して、私たちは、まずは町へ行ってみることにした。




