1025 閑話・皇帝ハイセルはクウから話を聞く
「――というわけなんですよ。私的には、まあ、ナリユキですし……。ナリユキだけにナリユ卿? ってことで、オルデとの婚姻もナリユキ任せでいいのかなとは思うんですけど、どうでしょうか?」
俺、皇帝ハイセルはクウから話を聞いて、返答に迷った。
ナリユ卿の件については、すでに知っていた。
知ったのは、つい昨日のことだが。
帝都には現在、トリスティンからの使節団が来ているが、彼らは我らにナリユ卿失踪の件についてを何も語らなかった。
密かに解決するつもりだったのだろう。
とはいえ、帝都は広い。
たった数名の外国人で、逃げ出した貴公子やオルデという名の個人を探すことは、なかなかに難しかったようだ。
我らは知った当日にはオルデ・オリンスを特定し、まずは家に監視をつけた。
ナリユ卿らしき青年が同居しているとの情報も得ていた。
だが、監視を始めた夜から二人は帰らなかった。
同時にクウも帰宅していない様子だった。
なので一足早く、クウが何かしたのだろうと思ってはいたのだ。
オルデという娘がクウと関わりを持つことは知っていた。
クウは、今日は普通に学校にいたようだが……。
クウは転移魔法を自在に操る。
故に、クウの動きは、外から見ていても、ほとんどわからないが……。
だが、いずれにせよ……。
まさか成就の方向とは思わなかった。
帝都の庶民が、トリスティン王国――現在では貴族連合国か――、の盟主たる公爵家の長子に嫁ぐ。
しかも、正式に妻として。
それは普通なら、どう考えても有り得ない話だ。
先立ってトリスティンの侯爵家に養女として迎え入れ、侯爵家の一員としての婚姻にはなるようだが……。
帝国への影響は、どのようなものになるのか。
「なあ、クウ。その婚姻は、帝国で大々的に告知したいのか? それとも極秘裏に行いたいのか?」
カイストがクウにたずねた。
「そのあたりの判断は、すべてお任せします」
「そうか……」
カイストも考え込む。
次にバルターがクウに確認する。
「それでクウちゃん、調印式は1月の10日で決定なのですね?」
「はい」
「場所はジルドリア王国南部の避暑地、ファーネスティラ」
「はい」
「帝国からも、見届人を出す話になっていましたが――」
「私が送迎しますので、どなたかできれば」
「そうですな……。陛下、今回は私でいかがでしょう? さすがに陛下が出向く程のことではないと思いますが」
「ははは! 調印式は、去年のお笑い大会よりも下かね?」
「それは当然かと。『センセイ』がクウちゃんであると判明した以上、重要な話はここで出来ますし」
「……確かに、な」
考えつつ俺がうなずくと……。
クウのヤツが、両手をチョキチョキとさせた。
蟹のつもりだろう。
「父上、バルター。今回は、俺が代表を務めるというのはどうだろうか?」
カイストが大胆な提案をしてくる。
「ふむ……。そうだな……」
「良いのではありませんか? 殿下には良い経験になるでしょう」
「クウはどう思う?」
俺はたずねた。
「私は誰でもー」
クウからの返事は、あくびまじりの適当なものだった。
本当にこいつは……。
とはいえ、クウは昨日から、あっちに飛んで、こっちに飛んで、平和のために頑張っているようだ。
なので、腹は立たないが。
「では、今回の使節団は、カイストを代表とする」
「お任せください」
「バルターは、カイストの補佐役として付いて行ってくれるか?」
「畏まりました」
よし、調印式についての話は決まった。
俺は話をナリユ卿に戻した。
「クウ、先程のオルデ・オリンスの件だが――」
「はい」
「一般的に、平民となっていた庶子が貴族家に入るのであれば、今までの人生は捨てるのが常識だ。侯爵家の養女となれば、今まで一緒に暮らしてきた親とは二度と会うことはできなくなる」
「はい、まあ……。なんとなくはわかります……」
「我々の調査では、オルデ・オリンスの家庭環境は良好。家族で協力して花屋を営んでいるとのことだが――」
「はい。知っています」
「オルデ・オリンスは、今の家族を捨ててでも、トリスティンでナリユ卿との婚姻を望んでいるのか? それとも君が手を貸して、密かに定期的に帝都の我が家に帰郷する話にでも、なっているのか?」
「えっとぉ……。私、そこまでは考えていなかったです……」
「正直、そんなことだろうとは思ったが」
俺はため息をついた。
本当にこいつは……。
とんでもなく難しい話を、とんでもなく簡単に決めたようだ。
「父上、よろしいでしょうか」
「ああ。良いぞ、カイスト」
俺はカイストに場を譲った。
カイストが言う。
「いっそ、公にしてしまってはどうでしょうか? 今回の出来事を物語として広めてしまうのです」
「それは、帝国に利益があるのかね?」
「最後、ナリユとオルデは、精霊によって助けられました」
「ああ、そうだな」
その精霊は、今、目の前にいて……。
またあくびをしている。
「帝都ファナスこそが、まさに精霊の住まう聖なる都市。そうした印象を与えることができます」
「だがそれだと、オルデ・オリンスは帝国の庶民の子だと、嫁いだ先で陰口を叩かれ続けることになるが」
「あー、それはそれでいいと思いますよー」
クウが言った。
「君は、1人の娘が辛い思いをしても構わないというのかね?」
俺はクウの言葉に反感を覚えた。
「後からバレて、脅されたりする方が嫌ですから。いっそ最初から明かしておいた方が楽ですよ。そうすれば、ちゃんと堂々と帝都に帰郷して、お父さんお母さんに会うこともできますし」
「物語、か……」
俺は、自分では結論を出せず、バルターに目を向けた。
「良いのではありませんかな。帝国が主導権を握り、帝国の許可と方針の元で行われる婚姻としてしまえば。
普通に考えれば、他国の公爵家の正妻であればアリーシャ殿下やセラフィーヌ殿下が相応しいのですが――」
「それはダメです。絶対にダメです。お姉さまにはお相手がいますし、ナリユキさんにセラはあげられません」
クウが、すぐさま言った。
「とのことですし。そもそもトリスティンは落日の国です。両姫君に相応しい国ではありません」
「それはそうだな」
「後は、オルデ・オリンスの婚姻に合わせて、帝国がトリスティンの復興を手助けしても良いかも知れませんな。東側諸国にも、あまり『センセイ』の名の下に団結されては困りますので。山脈の向こう側だからと放置せず、帝国からもそれなりに影響力は入れておきませんと」
「だ、そうだが、クウ、これについてはどうかね?」
「すべてお任せしまぁす……」
「そうか。ならば良い。カイスト、今回はおまえの提案を受け入れる」
「ありがとうございます」
「詳細はバルターと詰めよ。任せても良いな?」
「はい。やってみせます」
とりあえず、ナリユ卿関連の話はこれでいいだろう。
俺は紅茶をいただく。
一服した後――。
クウには、まだ聞きたいことがあった。
カイストとアリーシャからすでに詳細に報告は受けているが、帝国に現れたという風と水の大精霊のこと。
こちらもすでに報告は受けているが、ふわふわ工房に居るという高性能なゴーレムのこと。
さらには、美食ソサエティと料理の賢人をどうするつもりなのか。
今でも大宮殿への問い合わせはひっきりなしだ。
まあ、これについては、好きにしても良いとのことなので、こちらで勝手に認定制度を制定中だが――。
だが……。
残念ながら、今夜はここまでのようだ。
一服する内、クウは寝てしまった。
となりに座るカイストにもたれかかって、肩に頭を預けて、カイストの体に長く青い髪を流して。
「……父上、セラフィーヌを呼んでも良いでしょうか。クウについては、妹の部屋で寝かせましょう」
カイストが微動だにすることなく言った。
「ああ、そうだな」
俺も今夜は、仕事はここまでにして、後は酒でも飲もう。




