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1021/1358

1021 夕暮れのトリスティン王城にて(オルデ視点)






 ソード様は、いつまで経っても戻ってこなかった。


 正午になって……。

 ランチをいただいて……。

 午後になって……。


 私、帝都の娘、オルデ・オリンスは、たった1人、いつまでもトリスティンの王城に滞在することになった。

 正確にはナリユも一緒にいたけど、彼はトリスティンの人間だ。

 異国人としては私だけなので、非常に肩身が狭い。

 とはいえ、暴力を振るわれたり、粗末に扱われたりすることはなかったので、それなりに堪能はしていた。

 なにしろ王城だ。

 いくら落ちぶれているとはいえ、豪華絢爛。

 やっぱり、素敵だった。

 騎士と文官とメイドの同行があれば城内を歩いて良いとのことだったので、自由に歩かせてもらった。

 10人も引き連れることになって、思いっきり目立ったけど。

 ずっと部屋にいるのは、さすがに退屈だし。


 王城は、以前に来た時には、王都の市民がゴブリンの群れに襲撃されて退避場所にもなっていたけど……。

 ソード様の力でそれは解決して、今では魔物の襲撃もないそうだ。

 本当に、すごいと思う。

 王城の中には、私の顔を覚えている職員もいて、市民を助けてくれたことに感謝もされてしまった。

 私は、なんにもしていないんだけどね。

 ソード様に頼んだだけで。

 でも、そうね。

 頼んだことはしたか。

 それだけだけど。


「ああ、オルデ! 君と一緒にいるだけで、灰色だった王城の何もかもが本当に金色に輝いて見えるよ!」


 ナリユは上機嫌だ。

 私の手を取って、となりを歩いている。

 まったく呑気なものだけど、私は愛想笑いを浮かべた。


「それは光栄ね。嬉しいわ」


 とか言って。

 そう。

 私は今、ナリユのことなんてどうでもよかった。

 私は今、必死に頭を回転させて、これからどう立ち回るのが正義なのかをひたすらに考えていた。


 私、オルデ・オリンスは、帝都の平凡な娘だ。


 なのに、なぜか……。


 私をギニス侯爵家の養女にして、貴族教育を施した後、ギニス家の娘としてナリユ公爵家に嫁がせるという話が進んでいる。

 ナリユがそれを望んで……。

 あっさり、前向きに話は進んでいた……。


 私はどうすべきか。


 早急に決めなければならない。


 肯定か、拒否か。


 だけど結論は、どうにもこうにも出なかった。

 出せない。

 だって、わかってはいるのだ。


 公爵夫人?


 そんな人生、針のむしろ。

 いくらソード様の後ろ盾があったとしても、他の貴族から嫌がらせを受けまくるに決まっている。


 だけど、だ。


 たとえそうだとしても……。


 私の人生の中で、こんなチャンスは絶対に二度と来ない。

 どれだけ苦労するとしても、最悪、毒殺とかされちゃうとしても……。

 うん。

 なっちゃう価値は、ある。

 死ぬほどある。


 だけど、だ。


 やっぱり、私には無理なような気がする。

 だって、私は帝都のただの娘だし。

 身の程をわきまえろ。

 誰の声でもなく、自分自分の声で、その言葉が聞こえる。


 ああああああああああ!


 と、まあ……。

 頭の中で私は、こんな問答を、ぐるぐる、ぐるぐる……。

 ひたすらに繰り返していた。


「はぁ……」


 私は疲れて、思わずため息をついた。


「どうしたんだい、オルデ」


 すぐにナリユが心配してくれる。


「ううん。ちょっと疲れただけ。ごめんね、心配させて」

「そろそろ部屋に戻るかい? 夕食も近くなってきたし」


 たしかに、いつの間にか、もう夕方だ。

 1日は光の速さで過ぎた。


「……んー。そうね。ねえ、ソード様はまだなのかしら?」


 私はうしろにいた文官にたずねた。


「はい。まだお戻りには、なっておられないようです」

「そっかぁ。どうしたのかしらね」

「聖女ユイリア様と今後のことを相談しているのさ」


 ナリユが笑顔で言う。


「また他人事のように言って。本来なら、貴方が中心となって考えることだと思うのだけれど?」

「ははは! 何を言っているんだい、オルデ! 僕には無理さ」

「……ホントに、もう」


 私、この男を伴侶にして、本当にいいのだろうか。

 そこに廊下から文官が来た。

 私と一緒にいた騎士と文官に小声で連絡を行う。


「どうしたの?」


 私はたずねた。


「はい。ソード様がお戻りになられたそうです」

「そっか」

「ただ、お客様もご一緒のようで……」

「誰なの?」

「それは――。今は、ギニス様、ドラン様と接見中ですが――」


 なぜか文官は口を濁した。


「噂をすればなんとやらで、聖女様かも知れないね! 場所はどこだい?」


 文官は、接見室の場所を教えてくれた。


「オルデ、行ってみよう!」


 ナリユが私の手を握ったまま、走り出した。


「良いのですか!? 私たちが行っても!?」


 私は文官に確認を取るけど――。

 文官は静かに一礼した。

 まあ、そうか。

 ナリユは、形だけとは言われても、盟主は盟主。

 ナリユが行くと言えば、行けるのか。

 私は思った。

 ……もしかしたら、本当に聖女様かも知れないわね。

 だとすれば、聞いてみたい。

 私はどうすればいいのか。

 聖女様のお言葉に、すべて人生を任せてしまうのも、いい気がする。


 私たちは、接見室に到着した。

 すでに入室の許可は出ていて、騎士が扉を開けてくれた。


 中にいたのは――。


 4人。


 テーブルを挟んで、ソファーに座っていた。


 ギニス侯爵様。

 ドラン騎士団長様。

 ソード様。


 それに、もう1人……。


 ナリユが入室すると、その1人が立ち上がった。

 その様子を私はナリユのうしろから見ていた。


 10代前半の少女だった。

 銀色の髪と、銀色の獣耳。

 銀色の尻尾。


 そして、緑を基調とした立派な軍服に身を包んでいた。

 身なりからして、只者ではない。


 少女の美貌に表情はなかった。

 冷たい印象だった。

 その中に輝く赤い瞳が、ナリユのことを捉える。


「ひっ……」


 ナリユは、その瞳に見つめられただけで、怖気づいた様子だ。

 私はうしろでそっと支えた。

 少女の赤い瞳は、まるで刃のようだった。

 恐怖するのはわかる。

 なんだろう……。

 たしかに年下の女の子のはずなのに……。

 もう、うん。

 完全に別世界にいる、別世界の人間だ。

 それは、私が以前、エリカに感じた印象と同じものだった。

 存在の格が違いすぎる。


 と、いうか……。


 気のせいか……。


 帝都で友人になったエリカと一緒にいた……。

 カメのリュックを背負っていた、ナオという子に似ている。


「貴殿がトリスティン貴族連合の盟主、ナリユ卿か」

「ひ……」

「お初にお目にかかる。私はナオ・ダ・リム。ド・ミ新獣王国から来た者だ」


 あ、名前も同じね……。

 私はぼんやりと思ったけど、ぼんやりしている暇はなかった。


「ひぃぃぃぃぃ!」


 ナリユが卒倒しかけたぁぁぁぁぁ!


「ナリユ! しっかりしなさい!」


 私は必死にナリユを支えた。

 ナオ……。

 きっと、ううん、絶対に別人よね……。

 同性で同年代で同じ銀狼族だから、似た外見に感じただけだろう。

 名前が同じなのも偶然だ。

 だって……。

 ナオ・ダ・リム。

 その氏名は――。

 帝都に住む私でも知っていた。

 部屋にいたのは――。

 トリスティン王国を蹂躙した、敵国の英雄だった――。






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― 新着の感想 ―
[良い点] オルデの中のナオ ハッピー。ハッピー。ハッピー。ちゃっちゃ ハッピー。ハッピー。ハッピー。ちゃっちゃ クウちゃんさまに抱きついてオネガイしてオネダリ うん、きっと別人だね
[一言] 威厳が凄いなあ
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