1018 ナリユの宣言(オルデ視点)
「僕は――。僕は帰りません……。僕は帝都でオルデと結婚して、彼女を養って生きていくんです。お金も地位もいりません。だから僕のことは、どうかもう忘れてくれませんか……。僕には、愛がすべてなんです。愛だけがあれば、どれだけ貧乏でも生活が大変でも、幸せなんです」
ナリユが言う。
勇気を振り絞って言ったのだろう。
私、オルデ・オリンスは、その言葉を聞いて……。
正直……。
心の底からアホかと思った。
「閣下、私からも良いでしょうか?」
「ああ。構わん」
ドラン様からの許可をいただて、私は発言する。
「まず、彼と私の間に婚姻関係はありません。男女の関係もありません。彼が帝都で行き倒れていたので、居候させていただけです。彼の素性を知っている以上は無下にもできませんでしたし」
「そうだね、オルデ! 僕たちの生活はこれからさ!」
なぜか思いっきり前向きに捉えたナリユが、私の言葉に同調する。
「ねえ、ナリユ」
「なんだい、愛しいオルデ」
「貴方からお金と地位を取って、何が残るのかしら?」
「愛さ!」
「そうね。愛なんて、叫ぶだけならタダよね」
「毎日でも叫ぶよ!」
「ねえ、ナリユ」
「なんだい、愛しいオルデ」
「私を幸せにしてくれるというなら、盟主の座に戻って」
「え……。な、な、なんでだい……?」
「だって、そうすれば、謝礼金くらいは貰えるでしょ。私、そのお金で、少しは幸せになれると思うわ」
「愛がないじゃないか!」
「私、愛より現実派なの」
お嬢様を目指す身としては、あまり綺麗な発言ではないけど。
まあ、本音ではある。
それ以前に、真面目な話――。
「ねえ、ナリユ」
「……な、なんだい、愛しいオルデ」
「これは断言するけど、貴方みたいな世間知らずのお坊っちゃまが、帝都でお店をやるなんて無理。仕事以前に騙されておわり。貴方のことは嫌いではないし、一緒に暮らすのは、正直、楽しかったけど……。貴方は戻った方がいい。お飾りの盟主として平和に生きていきなさい」
「そんな! オルデ!」
「――彼の仕事は、ただ居るだけなのですよね?」
私はドラン様にたずねた。
「端的に言えばそうだ」
ドラン様がうなずく。
「ほら。多分、お飾りをしていれば命を狙われることもないでしょ」
「オルデ……。君は、僕のことが好きではないのかい……?」
「嫌いな相手を居候させるワケがないでしょ。言ったでしょ、貴方と暮らすのは楽しかったって」
「ならっ!」
「でもね、強制送還したのはソード様よ。しかも、聖女様のご意向なのよね。ごめん、私にはその人たちに逆らう強さなんてないわ」
「そ、それは……。そうだね……。わかったよ、オルデ……」
ナリユが肩の力を落とした。
「ドラン様、それにギニス様……。僕は、ここに残ります」
ナリユが言う。
よかった。
わかってくれたようだ。
正直、寂しい気持ちは私にもあるけど……。
これでお別れね。
と思った、次の瞬間だった。
ナリユが叫んだ。
「ただし、条件があります! オルデとの結婚を認めてください! 僕は約束通りに自分の力でオルデを見つけました!
認めてくれるのなら盟主として、なんでもします! オルデと幸せに、お飾りとして生きていきます!」
え。
なに、それ。
私は正直、呆れた。
そんなの不可能だ。
もちろん、これもまた正直に言えば、夢見たことはある。
ソード様の後ろ盾でナリユと結婚して、公爵夫人。
玉の輿なんてものじゃない。
奇跡の出来事だ。
でも、奇跡の後に待つのは、現実。
いくら後ろ盾があったって、針のむしろに立つような人生の始まりだ。
「ドラン、彼女はどこの誰かね?」
ギニス様が問う。
「帝都の町娘だ。ただし、ソード殿と聖女ユイリア、さらにはセンセイの後ろ盾を得ている」
「セ、センセイの……だと!? まさかそんな!」
「事実だ。私もハッキリと聞いている。ソード殿に虚言はあるまい」
「この娘は、まさか……。この娘も、『弟子』なのか……?」
ギニス様が私を見つめる。
その目には、なぜか、恐怖心が見て取れた。
「君は、『弟子』なのか? 聖女ユイリア・オル・ノルンメスト、薔薇姫エリカ・ライゼス・ジルドリア、戦士長ナオ・ダ・リム――。時代と精霊に愛された英雄たちと同門の存在だと言うのか?」
ギニス様が早口で私に問いかけてくる。
「いいえ。違います。私は、そうではありません。私は、先生という存在に面識を持ちません」
私は迷わずに、ハッキリと否定した。
ギニス様の口から出てきたのは、決して冗談には出来ない……。
あまりにも危険な名前だ。
「ギニス殿、どうだろうか。この娘を一旦、君の養女として、その後にナリユ公爵家へ嫁がせるというのは」
ドラン様が、そんな提案を行った。
「うむ。そうだな……。それならばよかろう」
「ではっ!」
ナリユの明るい大きな声が、食堂に響いた。
私の人生が……。
勝手に変わろうとしている……。
その瞬間の、出来事だった……。
 




