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1013 老紳士との出会い(オルデ視点)






 ベンチで食事を取って、さあ、行こうかというところで――。

 不意に声をかけられた。


「――坊ちゃま」


 と。


 私たちの前に現れたのは、身なりの良い老紳士だった。

 手には杖を持って、外套を着て、帽子をかぶっている。


「知り合い……?」


 私は、となりに座っていたナリユにたずねた。

 返事はなかったけど態度でわかる。

 ナリユは、どうやらその老紳士が誰なのか、よく知っているようだ。


「ご無沙汰しております。去年までナリユ家にお仕えしておりました、元執事のヤギーでございます」

「それは……。もちろんわかるけど……」

「どうして、と問いたい顔ですな」

「う、うん……。どうして君が、こんなところに……?」

「もちろん、坊ちゃまを探してのことです。となりのお嬢様も、いきなり公衆の面前でお声がけして申し訳ありません」

「私は構いませんが――。ただ、そうですね――。ここではなんですし、どこかのお店に入りませんか?」

「ええ。よろしければ」


 私の提案に、老紳士はうなずいた。

 のだけど……。


「いや、それはダメだよ。悪いけどさ、爺。僕たちはこれから、秘密の場所でダンスを楽しむ約束なんだよ」


 と、ナリユがまったく空気の読めない発言をした。

 本当にこのボンボンは……!


「ダンス嫌いの坊ちゃまが、ですか?}

「ああ、僕はついに、生まれて初めて、自分で踊りたいと思ったのさ」

「それは、ようございました」


 老紳士は柔和だ。

 ナリユの発言に怒ることもなく微笑んだ。


「だから話なら、秘密の場所まで歩きながらでもいいかい?」

「はい。もちろんでございます」

「よかった。じゃあ、行こうか、オルデ」

「……いいんですか?」


 私は老紳士にたずねた。


「はい。もちろんでございます」


 老紳士は同じ返事を繰り返した。


 どうしようか。


 私は迷った。


 ナリユをぶん殴って、どこかのカフェに連れて行くか。

 それとも廃墟のテラスに行くか。


「せっかくだし、爺は見ていくといいよ」

「はい。ありがとうございます」


 まあ、いいか。

 老紳士は、見学することが決まったみたいだ。

 そもそも中央広場のカフェは、夕方では、どこも混んでいるし。


 私は2人を連れて、裏通りに入った。

 廃墟の神殿を目指して歩く。


「しかし、爺。まさか帝国まで1人で来たのかい?」

「いえ、トリスティンからの使節団に混じらせていただいて来ました」

「なるほど。それなら安全だね」

「はい。帝国は遠方ですが、無事に来ることができました」

「それで、何の用で来たんだい?」


 ナリユが無邪気にたずねる。

 そんなこと、聞かなくてもわかるでしょうに。


「もちろん、坊ちゃまを探すためでございます」


 やっぱりね。

 そう思った。


「僕をかぁ……。よく帝都にいるのがわかったね……」

「坊ちゃまが帝都に行きたがっているとの言葉を、王城の複数のメイドが聞いておりましたので」

「そっかぁ」

「坊ちゃまは、1人で来られたのですか?」

「もちろんさ。僕は、すべてを捨てて、ここに来たからね」

「左様でございますか……」

「僕はここで彼女と暮らすことにしたんだ。早くもすっかり生活に慣れて、今日も仕事をしていたよ」

「坊ちゃまが、仕事、ですか?」

「ああ、そうさ」


 ナリユが本当に誇らしげにうなずく。

 役立たずだけどね……。

 私は心からそう思ったけど、余計なことは言わなかった。


「――坊ちゃま、トリスティンは大荒れですぞ」

「そんなことを言われても、僕に出来ることなんてないよ。僕には、剣の才能も魔術の才能も政治の才能もないし」

「血筋の良さがございます。王家の血を引く坊ちゃまと国内最強の武力を持つドラン騎士団長が手を組んでいるからこそ、貴族達は連合に参加したのです。坊ちゃまが殺されたとなれば――」

「ははは。僕は生きているさ」

「坊ちゃまが死んだとなれば、貴族達はドラン騎士団長の簒奪と専横を怖れ、新たな争いが始まるのです」

「とりあえず死ぬ予定はないよ。僕はオルデと生きるんだ」


 相変わらずナリユの発言はズレている。

 帝都で生きているかどうかは、問題ではない。


 アンタは失踪したんだから――。

 死んだと思われても――。

 ううん。

 あの強面の騎士団長様に殺されたと思われても、仕方ないでしょうに。


「とにかくご無事で、本当に安心しました」


 老紳士は言った。


「ありがとう。僕は元気さ」


 ナリユはお気楽だった。


「それで、こちらのお嬢様が、運命のご相手で?」

「そう言えば自己紹介がまだでした。初めまして、オルデ・オリンスです。帝都に在住する平民の娘です」


 今さらながら私は名乗った。


「これはご丁寧に。元執事のヤギーと申します。ところでお嬢様は、以前にトリンティンの王城で坊ちゃまと会われたとか?」

「ええ。そうですね」

「どのようなご用事で、遠くトリスティンの、しかも王城に?」


 もっともな質問だろう。

 私にも、その答えは、未だにわからないけど。


「申し訳ありませんが――。私がトリスティン王国に行った件については、リゼス聖国のソード様におたずねください」

「やはり、その話は本当なのですね」

「ええ。夢ではなかったと、私は思っております」


 答えてから、私もひとつ質問をさせてもらった。

 使節団の目的についてだ。

 答えは、予想した通りだった。

 ナリユの保護。

 期せずして、早くも叶ってしまいそうだけど。

 残念だけど、ナリユとの時間は、あっという間におわりになりそうだ。

 迷惑ばかりかけられたけど――。

 楽しくはあった。

 いざお別れとなると、正直、少し寂しくはある。


 ナリユは、


「僕は帰らないけどね。なんといっても僕達の仲は、聖国のソード様とその先生がお認めくださったんだよ」


 なんて言うけど……。


 たしかに、ソード様はそんなようなことを言っていた。

 それは私も覚えている。

 ただ、覚えているだけで期待はしていなかったけど。

 まさか本当に来るとは。

 しかも1人で。

 ナリユキだけで生きてきた貴族の坊ちゃまが。


「ヤギーさん、保護した謝礼については、期待しておきますね」


 私は老紳士に笑いかけた。


「お任せくださいませ。坊ちゃまを保護してくださり、感謝しております」

「オ、オルデ!? まさか僕を見捨てるのかい!?」

「バカね。見捨てていないから一緒にいるんでしょ」

「そうだよね! その通りだね!」


 まあ、帰ってもらうことにはなるだろうけど。

 使節団まで来ているのだ。

 もうこれって、完全に国の問題だ。

 ナリユキや町娘の意思で、どうこうできる問題のわけがない。


 おしゃべりする内――。


 トラブルなく、私たちは廃墟の神殿に到着した。


 門は閉ざされているけど、鍵はとっくに壊れているので、簡単に敷地の中に入ることはできる。

 さあ、3階のテラスに上って――。

 町を見下ろして――。

 星空の下で踊ろう。

 明日にはナリユとは、お別れになるかも知れないしね。







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― 新着の感想 ―
[一言] 星空の下で最後のダンス。曲りなりにもロマンスの香りw
[一言] ダメだこのポンコツ無能どうにかしないと
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