1004 閑話・アンジェリカの休日
二学期の実技試験がおわった翌日。
私、アンジェリカ・フォーンは、朝から帝都の神殿に来ていた。
礼拝堂で祈りを捧げる。
精霊様への祈りだ。
精霊様――。
今日も世界を色づかせてくれて、ありがとうございます。
私達は、常に感謝を忘れること無く――。
同じ過ちは繰り返さぬと誓いつつ、この世界で今日も生きています。
ハイカット。
しっかりと祈って、私は目を開けた。
今日は休日。
礼拝堂には大勢の人がいた。
みんな、私と同じように祈りを捧げていた。
祈りの後は、神官様からお話を聞く。
一通りの儀式がおわって――。
神殿から出たのは、正午に近い時間だった。
12月の太陽は優しい。
空は透き通って晴れていたけど、眩しさと暑さは感じない。
「アンジェ、ランチはどうする?」
一緒に神殿に来ていたスオナが私に問いかける。
スオナは、魔術科の同級生。
同じ寮に住んでいて、部屋はおとなりさん。
学院に入ってからは、ほとんど毎日、一緒に行動している。
今では一番の友人だ。
「んー。どうしようか。スオナは何がいい?」
「僕はなんでも。任せるよ」
「そっかぁ。そうねえ……。なら、適当に広場の屋台で買っちゃう?」
今日は、これからクウのお店に遊びに行く。
なので昼食については、適当に手早く済ませてしまいたい。
「ああ。いいよ」
ということで、中央広場まで行くことにした。
広場には、たくさんの屋台が出ている。
クウのお店に向かう途中でもあるしね。
「……しかし、神殿で祈っている時、僕は少し悩んでしまったよ」
歩きつつ、スオナが苦笑するように言った。
「なにを?」
「だって僕達は、これからクウのところに遊びに行くだろう。なのに、いったい何を祈っているのかな、ってね」
「ああ、うん。そうね」
「もちろん、真摯には祈ったけどね。信仰心は持っているつもりだし」
「安心して。すごくよくわかるから。特に、アレとかさ」
「アレってなんだい?」
「ハイカット」
私は言った。
するとスオナが、吹き出すように軽く笑った。
「あ、ごめんごめん。つい」
「安心して。すごーく、よくわかるから。だって、ねえ……」
「ああ、そうだね……。まさか、聖なる言葉が、ただのダジャレなんてね」
「はい、カット」
私は言った。
するとスオナが、今度は普通に笑った。
「はははっ! まさかだよね!」
「ホントよね」
私は肩をすくめた。
おじいちゃんが大司教を務める身としては、笑うに笑えない事実だ。
絶対に、他の人には言えない。
秘密だ。
ただ、私もスオナと一緒で、真摯には祈った。
世界は明るい。
町も明るい。
それは本当に嬉しいことだ。
これからもずっと、そうあってほしいから。
中央広場についた。
私達は、適当な屋台で美味しそうなものを買おうとした。
そうしたところ――。
騒ぎを目にした。
「ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! カノジョがほしければ、この私を倒してからにすることですねぇぇぇぇ! 勝負です!」
うわぁ。
なんか筋肉のかたまりみたいな男の人が吠えている。
というか、知っている顔ね……。
ボンバー先輩だ。
私には、それほどの関わりはない人だけど……。
クウのお店の常連さんで、ちょっと前まではクウのことをエンジェルとか呼んでつきまとっていた人だ。
なので私も、よく知っている。
ボンバー先輩が相対しているのは――。
「ひぃぃぃぃぃ! かか、勘弁してくださいぃぃぃ! 僕にはもう、出せるお金なんてありませんよぉぉぉ!」
ああ、これはダメね。
と思えるような、いかにも弱々しい青年だった。
だけど、イケメンではある。
ボンバー先輩と比べれば、ずっと女性ウケは良さそうな気もする。
実際、そんな彼をかばうように、女の子が前に出てきた。
「ちょっと、仕事中なんだけど!
落ちちゃった花束、弁償してよね、ボンバーさん!」
「ああ、オルデ! そんな見た目だけの優男に騙されて! 男は筋肉ですぞ!」
「はぁ? 男はお金でしょ!」
「……その男は、お金持ちなのですか?」
「一文無しよ!」
「ああ、オルデ! いったい、どうしてしまったのですか! お金の亡者の君が一文無しと付き合うなんて!」
「誰が亡者よ! せめて普通にお金が大好きと言ってよね! そもそも付き合ってないわよ!」
「そうさ。僕達は、すでに夫婦だからね」
優男さんがケロリとした顔で言った。
「誰と誰がよ!」
「君と僕に決まっているだろう?」
「はぁぁぁぁぁ!?」
「……そんなバカな。……2人は、すでに契を交わした仲なのですか」
ボンバー先輩がよろめく。
「してないわよ! 居候の役立たずとそんな関係になるわけないでしょ! 冗談は筋肉だけにしてよね!」
「ああ、オルデ! 今からでも遅くありません! 私のところに戻ってきてくださいその方がお金はたくさん使えますよ!」
「それはダメだぁぁぁぁ! オルデに養ってもらえなかったら、僕は生きていくことができないんだぁぁぁ!」
うわぁ。
なんか、とんでもなく情けないことを叫んで、優男さんがボンバー先輩の前に立ちふさがりましたよ……。
「アンジェ、行こうか」
「ええ……そうね……」
ずっと見ていても仕方ないか。
決着は付きそうもないし。
スオナに促されて、私たちはその騒ぎを後にした。
その後は、普通にサンドイッチを買って、食べた。
さあ、お腹も膨れたし。
クウのところに遊びに行きますかー!




