1 幼なじみたち、勇者と王女と聖女になる
「お目覚めですね、クウさん。貴女は泥酔してお友達と一緒に車道に飛び出したところをトラックにはねられて死んでしまいました」
気づいた時には真っ白な世界にいた。
目の前では女神様そのものな女性が優しい笑みを浮かべている。
……ああ、はい。
おわる瞬間の記憶は、あります……。
私は遠野空。女22歳。
我が人生ながら、なんて最期なのか。
「しかしお喜びください。最後に叫んでいた異世界に行きたいという貴女の願いは叶えられました。すでにお友達は希望する人生を決めようとしていますよ。貴女もあちらのテーブルへどうぞ」
見れば、最後の瞬間まで一緒だった3人が真剣な面持ちで考え込んでいる。
ナオとエリカとユイ。
幼稚園の頃からつるんできた長い付き合いの幼なじみたちだ。
深夜までお酒を飲み続けて、お酒が足りなくなったのでコンビニに行こうとしてトラックにはねられた同士でもある。
現状は、ふんわりと理解できる。
確かに酔っ払ったノリで叫んではいたけど……その記憶もあるけど……。
まさか叶ってしまうとは……。すごいね……。
私が感動していると、女神様に向けてナオが手を挙げた。
ナオ、フルネームは佐合奈緒。
短めに切り揃えた髪がよく似合う、小柄で童顔な子だ。
「女神様、私は決めた。私は勇者を希望する。願わくは、我に七難八苦を与えたまえ」
ナオは、感情の表現が薄めの子だ。
今もすごい宣言をしたのに、その姿は無表情で淡々としたものだった。
「性別はどうしますか?」
「男のほうが有利?」
「どちらでも構いません。女性でも戦うことのできる世界ですよ」
「なら今と同じで」
女神様は拒否することなく話を進めているけど……。
「ねえ、ナオ。大丈夫……?」
私は大いに不安を感じた。
なにしろナオは、毛虫一匹に道を遮られて助けを求めてくる子だ。
「余裕。せっかくだし頑張る。グレアリング・ファンタジーでは私も戦えていた。私は三日月に祖国の再興を誓う」
リアルでは50メートルすら走りきれないナオも、私たちが遊んでいたVRMMO『グレアリング・ファンタジー』では、確かに剣で戦っていた。
とはいえそれはゲームのバトルアシストに頼ってのことで、自力では剣を振り上げるだけで転ぶこともあった。
うーん、ものすごく心配だ。
「七難八苦の中で祖国の再興を誓う勇者ですね。勇者には魔王が一対となりますが、よろしいですか?」
「いえす。魔王も私が倒す」
「はい。わかりました」
本人は拳を握ってやる気だし、勇者なら最強クラスのチートだろうし大丈夫なのだろうか。
考え直させるべきか悩んでいると、エリカが大きな声を上げた。
「女神様――。私も決めました! 私は、大国の王女になって贅沢の限りを尽くしたいと思います!」
エリカ、フルネームは有川恵里香。
背が高くて髪は長く、顔は凛々しくて全体的にお嬢様っぽい子だ。
まあ、それは見た目だけで、実際には私と同じ庶民の子だけど。
「はい。わかりました。大国の王女ですね」
「第一王女を希望します! お父様にもお母様にも兄弟たちにも愛される、最高で最強の環境を希望します!」
「はい。わかりました。大丈夫ですよ」
「おーほっほっほ! 感謝いたしますわ! やりますわよ!」
びっくりするほどノリノリだ。
口調も変わった。
「そう――。ずっと見栄を張るのに全力で全開で、カップラーメンどころか半額パンが主食だったこの私――」
「よくうちにたかりに来ていたよね」
迷惑していたよね、私。
「晩餐会! 舞踏会! パンがなければお菓子を食べればいいじゃない!」
「それ、完璧な断頭台フラグだね」
「大丈夫! そのあたりは完璧に匙加減いたします! 真綿で首をしめて税金を搾り取らせますわ!」
いやホント、エリカ・アントワネットとかにならないでね?
自業自得だとしても、さすがに幼なじみの首が飛ばされるのは見たくない。
「それで、ユイはどうするの?」
私は残る1人に聞いてみた。
「私は……。できれば夢を叶えたいと思うんだけど……」
ユイ、フルネームは三方唯。
お酒さえ飲まなければ優しくて穏やかで、異性にも人気だった子だ。
もっとも本人は異性が苦手だったので、ちょくちょく私は盾役をしてあげていた。
「てことはお医者さんか。すごいね。真面目だね」
ユイは大学で医学部に通っていたのだ。
「そうだね……。あと、えっと……。せっかくだし、私もチヤホヤされる人生もいいかなー、なんて……」
「ふむ」
「ていうか、されたいなー、なんて……」
「つまり、医者ではないと?」
「えっと……。あのね、うん、癒やすことはしたいんだけど……」
「ふむ」
「……せ、聖女とか」
「あーなるほど。定番だね」
「いいですよ、聖女」
女神様があっさりと認めてくれた。
本当になんでもアリなんだね。
「じゃあ、あの、それでお願いします。……たくさんの人にチヤホヤされてモテモテで生きたいです」
「はい。わかりました」
「あと、あの……。できれば私もお金持ちの家がいいです」
「では、貴族の家に生まれるということで」
しかし、意外だ。
「ユイって、実はチヤホヤされたかったんだね。てっきり、恋愛なんて興味ゼロだと思って男が来てもガードしてたけど」
「あ、うん。それはありがとう。助かってたよ……」
「ごめんね。私、完全に誤解していたね。欲望なんてあって当たり前だよね。ユイはエロいことがしたかったのか」
「ちがうよ? そういうんじゃなくって、尊敬とかなの。ユイちゃんはすごいね偉いねって言われたいだけなの」
「またまたー。照れちゃってー」
「照れてないからー! ホントなんだからー!」
「さあ、あとはクウさんだけですよ」
女神様は、いつの間にか椅子に座って優雅に紅茶を飲んでいた。
「あ、はい」
正直、困った。
思いつく希望がない。
「あの、ちなみに転生先って、もしかして、グレアリング・ファンタジーの世界なんでしょうか?」
転生するなら夢中でやってきたゲーム世界がいいっ!
なんてことも私は言っていた気がする。
「それは貴女たちがやっていたゲームの世界の名前ですよね。ゲームの内容までは知らないので断言できませんが、違うと思いますよ。私の世界はイデルアシスと言います」
「剣と魔法の世界ではあるんですか?」
「はい。危険は多いですが、美しい世界ですよ」
「なぜ私たちが選ばれたんですか?」
「願いが届きましたから。あとはタイミングですね。星の巡り合わせが最高の時にしか無理なので」
女神様は、なんと、私たちが行くことになる異世界イデルアシスを造った本人、つまりは創造神ということだった。
なるほど、力と環境を授けるのも自在なわけだ。
名前はアシスシェーラ。
アシスと呼んでいいらしい。
アシス様。
しっかりと覚えた。
使命は、特にないと言われた。
アシス様の目的としては「世界の活性化、停滞の払拭」らしいけど、意識する必要はないと言われた。
好きなように生きてくれれば十分とのことだった。
現代知識もチート能力も使用自由。
素晴らしい。
我ながら、いいタイミングで死んだものだ。
いや、死んでいるんだからいいわけはないのだけど。
両親やトラックの運転手の人には本当に申し訳ないことをした。
と、思ったら。
元の世界では、私たちは存在ごと抹消されるらしい。
初めからいなかったことになる。
トラックの運転手さんも、飛び出されたぁぁぁ! 嘘だろおぉぉぉ! と思ったら気のせいだった、と。
迷惑をかけなくてよかった。
いや、抹消されようがどうなろうが、私たち的には死んでいるんだからいいわけはないのだけど。
せっかく産んでくれたのに消えてしまってごめんよ、両親。
でも、大学4年生で冬休みになったのに就職先も決まっていなくて実はそれなりに人生をあきらめていたんだ、私。
なので、うん。
正直、私的には幸運だったね……。
なんだか急に、未来に道が開けた気持ちだよ……。
転生かぁ。楽しみだ。
「ナオ、エリカ、ユイ。向こうでも一緒に遊べるといいね」
私は気楽に笑った。
「いえす」
「そうですわね」
ナオとエリカがすぐにうなずいてくれる。
「でも……、向こうの世界で会えるのかな……? 女神様、私たちって同じところに転生できるんでしょうか?」
ユイは不安げに女神様にたずねた。
「世界と時代は同一ですが場所は別々となります。皆さんにはそれぞれ望みの叶う国に転生してもらいます」
「うう。そうなんですか。残念」
私はがっくりとうなだれた。
「とはいえ、皆さんの呼び名は維持しますから、お互いがどこにいるかは、やがてわかると思いますよ」
まあ、それはそうか。
勇者と王女と聖女なら嫌でも耳に入ってきそうだ。
「さて、ナオさんとエリカさんとユイさんは、そろそろ転生が始まります。お別れをお願いしますね」
アシス様が椅子から身を起こした。
「お待ちください。まだクウの選択を聞いていません」
エリカが焦った声を上げる。
「教えて。クウは何になる?」
「え、えっとぉ」
ナオに服を引っ張って急かされるけど、本当に何も思いつかない。
まごまごしている内に3人は光に包まれ――。
「とりあえず、ユイ。エロいこと頑張ってね」
「ちがうからー! 私、そういうんじゃないからー!」
そして、消えていった。