明確なる悪意
――そして、実技テスト。初めての攻撃魔法の日だ。
私は、40名ほどの女子たちと一緒に、グラウンドにいた。
スポーツ部などが毎日使うグラウンドは、召喚・調教科の生徒が使ったのか、奇妙な文字が描かれた召喚円が乱暴に消されている。結構適当なのだ。
「はい!じゃあ、テストを始めます!先生が『始め』と言ったら、手のひらにファイヤーを出してください!」
そう言われ、濃い紫の短パンと、白の体操着姿の少女達は、めいめいに話し始める。少女というものは、何かあると周りに確認せずにはいられないのだ。
「皆、一列に並んで。はい、『始め!』」
先生の号令で、少女達は一気に手のひらに力を集中させる。やがて、早い者は、シュボっとガスボンベに点火したような音を立てて、小さな炎を手のひらに具現化させ始めた。
私も、順調に手のひらに、贈り物の箱ぐらいの大きさの炎を出現させることができた。そのまま、揺らめく炎をどうやって制御するかが課題だ。
攻撃魔法は、能力を制御することが最も必要になってくる。敵に向かって攻撃することが目的なのに、あっちこっちに炎を飛ばしてしまうようでは、攻撃にならないし、最悪の場合、味方や自分にダメージが来ることもあり得る。
私が炎を制御させることに集中していると、「あっ!」という声と共に、一人の女の子が、私に向かって倒れかかってきた。
「え?わっ」
私は、声を上げて、その子と一緒になってグラウンドの乾いた土の上に倒れ込んでしまう。その際、その子の出していた炎が私の体操服に引火し、私は肩に熱を感じる。
「わ、わ、熱い……」
私が慌てて袖を払うと、「どうしたの!?大丈夫?」といった声が聞こえて、先生がトラブル用に汲んでいたバケツの水を私にかける。おかげで、服はびっしょびしょだし、体操服も焼けてしまい、袖と胸の部分が露出している。幸い、肌に火傷は負わなかったが、ブラジャーが見えてしまうのは嫌だな、と私はのんきに考えていた。
「ご、ごめんなさい……!私、とんでもないことを!」
その、倒れかかってきた子は、そう言って、私に向かって頭を下げる。
緑色の髪をおかっぱ……というか、ボブにした、大人しそうな子だ。
「いいよ。別にわざと倒れられたんじゃないし……」
と、私が言ったところで、シャンテが「あっ!」と声を上げた。
「ブエル、お前……!」
と、シャンテは何故か、全然関係のない子に突っかかっていく。私が呆然としていると、シャンテはハイエルフ族のある女子のところに行って、その子の胸ぐらをつかむ。
「何?シャンテさん、放してくれない?」
ブエルは、そう、余裕たっぷりに言う。
私にも倒れてきた子にも火傷がないか調べていた先生は、その乱闘に「やめなさい!どうしたのあなたたち!」と今度はそちらを止めに入った。
「とぼけんな!お前がコキアを突き飛ばしたんだろうが!そこの菩提樹が教えてくれた!」
シャンテの指さす方向を見ると、確かに、樹齢500年は経っていると思われる、大きな菩提樹が鎮座している。
シャンテは、植物の声を聞くことができるのだ。
そして、コキアというのは、その倒れかかってきた子のことである。
「はあ?何その理屈。全然わかんないんですけど。先生、この子急に喧嘩売ってきたんですよお?」
ブエルはそう言うと、ため息をついた。あくまでも言い逃れるつもりのようだが、シャンテは決して嘘は言わない子。シャンテが言うのなら、きっとそうなのだろう。
「あの、ごめんなさい……私が転んじゃったんです。ロロさんにも、ブエルさんにも、シャンテさんにも、ごめんなさい……」
コキアがそう割って入ったために、シャンテは「ちっ!」と舌打ちして、ブエルを放す。コキアは、すまなそうに何度も頭を下げながら、ブエルに「ごめんね」と言う。
……そのときキジャモは、一人でのんきに「できたあ!ファイヤー出せたよ!」と喜んでいたのだったが……。
――ランチ時。
今日は、マナツさんは昼頃からの登校ということだったし、お弁当も作る暇がなかったので、私は売店でパンを買って食べていた。
「ブエルのやつ、ロロに嫌がらせしやがったんだ」
シャンテはそう言って、まだ腹の虫が治まらない顔をしている。キジャモは、「え?そういうことあったの?」と、これまたのんきだ。
「キジャモ、先生も言ってたでしょ。『魔術師は魔法に集中しながら、同時に周りも見ていないといけない』って」
私がキジャモをたしなめると、キジャモは、
「ういー。ロロちゃん、真面目なんだよ……」
と言って、机に上半身を投げ出す。
「それにしても、嫌がらせって、特にどういうことなの?」
キジャモが起き上がりつつ聞く。
「ああ。あいつらのグループあるだろ?……あたしもキジャモも、一時期あいつらとつるんでたじゃねーか」
「そうだねえ。ブエルちゃん、そのときはそんな感じじゃなかったんだけど……」
「あのグループの中で、一番そのグループと浮いてるコキアを使ったんだ。コキアは、グループにこれからも入っていたいがために、自分が『ごめんなさい』と謝ることで全部済むと思ってるからな」
そう、シャンテが言うが、私は、ぞっとした。明確な敵意をクラスメイトから向けられるのは、つらい。
「ロロを困らせてやろうとして、ブエルはわざとコキアをこづいて突き飛ばした。コキアはそのことは知らなかっただろうが、ロロの体操服を燃やしても、『ごめんなさい』で済ませてグループにしがみつこうとしている。すげー女だよな、悪い意味で」
私が、顔色を悪くしたためか、シャンテは、
「いや、ロロは全然悪くないよ。ごめんな。怖がらせること言って」
と、気遣ってくれた。
……でも、私は知っている。
一般学校に通っていた時にも、向けられていた悪意を。
まさに私は、そのとき、異形として扱われ、学校を中退したのだ。