恋人のマナツさん
今回は、におわせる程度ですが、がっつりガールズラブ(性行為)要素があります。苦手な方はブラウザバックをお願いします。
その日の夜、私は、キジャモに断って、寮のドアを出た。
キジャモは、「えー?また別の部屋に泊まるの?ロロちゃん、なんか最近あやしーなあ」と疑ってはいたが、今日の日中の事件は、キジャモにとって大したことないらしい。
私は、ローファーを鳴らして、別棟の3階のドアの前に立った。この学生寮は、3階建ての建物が渡り廊下で繋がっている構造をしており、西側から一階あがるごとに1年、2年、3年。東側は4年、5年、6年の生徒が2人1部屋ずつ使えるようになっている。
私は、その東側の5年生用の廊下に立っていた。呼び鈴を鳴らす。
しばらくして、ガチャリと鍵の開く音がして、出てきたのは、長い黒髪を揺らす、端正な顔のハーフエルフだった。
「いらっしゃい。絶対に来ると思っていたのよ」
そう微笑まれて、私はうかつにも赤面した。だって、このマナツさんと私は、付き合っているのだから。仮にもこの街含む都市でもナンバーワンの実力を持つマナツさんは、生徒会長を辞退する代わりに、この一人部屋を手に入れていたのだった。
「……マナツさんのせいで、あの後散々でした」
私は、そう呟いて、出された温かいココアを舐めるように飲む。肌寒いこの時期、温かい飲み物はありがたいが、私は猫舌なのだ。
「あら?恋人がお弁当を届けに行っただけなのに、ロロは散々な目にあったっていうの?」
マナツさんが、笑顔のままでことりと首を傾ける。絶対にこの人、何らかの計算で動いているとわかる。
「恋人って……そもそも、私は『私のお花になってくれない?』とは言われましたが、正式に付き合うとは……」
「じゃあ、ロロは、好きでもない相手にヴァージンを捧げちゃったのね?」
マナツさんは容赦ない。確かに、そういう行為もしたけど……たけど……。
「……あの後、クラスメイトどころか、顔も知らない女の子に囲まれて、尋問ですよ。もちろん、大したことは喋りませんでしたが」
私は、ため息をついた。マナツさんと付き合うということは、『平均的な女の子』である私にとっては結構な脅威であることを再確認させられた。
「ふふっ」
マナツさんは、何が楽しいのか、笑ってから私を後ろから抱きかかえるように座る。いわゆる、バックハグというやつだ。
「言ったでしょ?私、嫉妬深いし、好きな子には割と尽くす方なのよ?ロロはだーいすきなマナツさんのお弁当が食べられて幸せ。私は、ロロに群がる子を蹴散らせて幸せ。win-winじゃない?」
と、マナツさんは私の首筋に顔をすり寄せる。なんだか、ペットみたいな仕草だ。
「やっぱり、マーキングのためだったんですね」
私が言うと、マナツさんはまた鼻息だけで笑う。……私の苦労話すら、マナツさんにとっては睦言の一つらしい。
ふと、私がマナツさんの方を見やると、マナツさんは私の顎に手をかけて、ゆっくりと顔を近づける。
まだ慣れない私がぎゅっと目を閉じると、マナツさんは
「本当に可愛いんだから……この魅力を知らないなんて、皆、損してるわよね……」
と、ささやいてから、唇を合わせてきた。
――情事の跡の残る、電灯が落とされた部屋で、私は、一人で寝付けずにいた。
マナツさんは、そんな私のショートカットの金髪を、指先に絡めて遊んでいる。
「……寝ないんですか?マナツさん」
私がそう聞くと、マナツさんは笑って、
「恋人が、深刻そうに悩んでいるのに、眠れるわけないじゃない」
と言う。本当に、この人は、人をもてあそぶことと、特定の人間に対してだけど、尽くしたりするのが好きな人だ。
天使と小悪魔。この人は、その両方を持っている。根っからのレズビアンか、それともバイセクシュアルなのかは知らないが、何故平凡な1年生の私なんかを好きになってくれたのかがわからない。
「……頭の中の男が、消えたんです」
私がそう、ぽつりぽつりと話し始めると、マナツさんは徐々に瞳を輝かせていく。
キジャモとシャンテと共に、ブラック・ドッグと戦ったこと。その際に、頭の中の男が具現化して、私はセミの抜け殻のように軽くて、ダイヤモンドのように丈夫な鎧をまとったこと。
最後まで話した時には、マナツさんは、ふんふんと鼻息を鳴らしていた。
「すごいわ!物語の中の冒険譚みたい!やっぱり冒険は生でしてこそよね!」
そういえば、マナツさんは、こういう話を聞くのが好きな人だった。それこそ、つい最近まで自分で立ち上げた新聞部で、そういう初心者の冒険譚や、上級生の危険な実験など、幅広く話を聞いて、取材として同行したりしていたようだ。
学園では、5年生までに部活や生徒会などの仕事を終わらせることになっている。
6年生になると、昇級試験の対策で、がぜん忙しい生活になるからだ。だが、マナツさんは既に進路を決めており、昇級試験も「自分のルーツである島国の魔術・武術文化」をテーマにすると話していた。
どうやら、マナツさんのルーツはその、小さな島国にあるようで、自分の名前も、自分が生まれた季節の名前を取っていると聞いたことがある。
それなら、新聞部も生徒会も、好きなことをやればいいと凡人の私は思うのだが、マナツさんにも、何か考えがあるらしい。だから、私も基本的には何も意見はしない。
「ブラック・ドッグ……懐かしいわ。私も、初心者の頃、何度も死にかけたもの。初めて自分の力で倒した時は、心躍ったわね」
と、マナツさんが言うので、私は、
「マナツさんにもそんな時期あったんですね?」
と、驚いてしまった。しかし、考えてみれば普通のことである。たとえ、今は指一本で龍を撃破するほどの実力の持ち主であろうと、きっと、初心者の頃はあったのだ。
「もう、当たり前でしょ。私をなんだと思ってるのよ」
マナツさんが、ぷいっと背中を向けて寝転がる。……拗ねてしまったようだ。
「ごめんなさい、本当にすいませんでした。……わっ!」
起き上がろうとした私の腰に、マナツさんの足が絡まる。そのまま、私たちはもつれるようにベッドに倒れ込んだ。
そして、二人で顔を見合わせて、くすくすと笑ったのだった。