ブラック・ドッグ
(出てこないでよ!今忙しいんだから!)
私は頭の中で強くそう言った。だが、そいつは、信じられないようなことを言う。
『ミーに、助けて欲しくないざますか?』
私は、告げる。
(はああ?あんたって統合失調症の幻覚なんでしょ?助けるも何も、こっちに干渉できないじゃない――)
そう言っているうちに、ブラック・ドッグが私たちの居場所を突き止めたようだ。ぶはあっと息を吐き、攻撃態勢を取る。
「やば……見つかったじゃん!よし、ロロいくよ!」
シャンテが叫ぶと、両手に取った剣を握りしめた。……だが、その手は震えている。
無理もない。私たちは、初心者用のまんじゅうのような召喚獣を倒したことはあるものの、あれだけ大型の獣……しかも、下級とは言え魔獣を倒したことはないのだ。私たちは、初めて魔獣と相まみえる。
私は、シャンテの震える手に、そっと手を重ねた。私の手も、同じように震えている。
「大丈夫、シャンテ。大丈夫」
私がうなずいてみせると、シャンテは、
「そ、そうだよね。ロロは成績良いし、あたしは実技結構やるもん。大丈夫だよね?」
と、やはりうなずいてみせた。私の成績は普通程度だが、シャンテの実技が優れているのは本当だ。
二人して、下駄箱の影から飛び出し、魔獣に対峙する。
「シャンテ!二人で一緒に行くからね!」
「あいよ!」
私たちは、自分に強化魔法を唱える。頭の中で、呪文の唱和と同時に魔術構成を編み上げる。
しゅぴんと、鋭い音がして、私たちは下級魔法・盾を張った。これで、一度は相手の攻撃を防げるはずである。
……ただし、このブラック・ドッグがあまりにも強い突破力を持っていた場合、意味はなくなってしまうのだが。
「私じゃやられちゃう。シャンテ、壁やって!ナイトなら大丈夫なはず!鞄に治癒ポーションあるから、必要なら取ってくる!」
壁、というのは、ナイトの役割で、そのふんだんな体力をもって、敵の攻撃を受け止めることをいう。当然、攻撃はナイトに集まるが、その分後衛は無駄な治癒魔法をせずに済むのだ。
「あたし、まだナイトじゃないんだけど……でもまあ、わかった!てか、あんたも叩けよ」
と、釘を刺される。確かに、私は本格的な僧侶ではないけど。
私たちは、オオン……と雄叫びを上げたブラック・ドッグに集中する。
先に動いたのはシャンテだ。剣一本でブラック・ドッグの頭めがけて突っ込んでいく。私も、腰に差した初心者用の短剣を持って、ブラックドッグの目を狙う。ブラック・ドッグは、最初に攻撃したシャンテに向かって、牙を突き立てようとした。
シャンテの体に、ぴっと傷が走る。シールドが貫通されているのだ。これが初級魔獣だということが、私にはとてもじゃないが理解できない。
さらに、ブラック・ドッグは、首を大きく振ると、私たちをはね飛ばすような仕草をした。しまった、頭を狙っていたのが下手を打ったか……!?
私たちは、重なるようにして倒れる。
そして。
「きゃあああああ!!」
シャンテが悲鳴を上げた。見ると、ブラック・ドッグがシャンテの肩に噛みつき、肉を引きちぎろうとしている。
「止めろ!!止めなさい!!」
私は急いでダガーを拾って、食事に夢中のブラック・ドッグの目に突き刺した。
ブラック・ドッグは、オオン、と悲鳴をあげ、のけぞる。その隙に私はシャンテを取り戻すと、彼女を抱きながら後ろに下がった。
「シャンテ、大丈夫!?」
彼女の顔を見ると、シャンテは途切れがちに「逃げ、て……!」と言った。
「何言ってるの!私が逃げたらシャンテが殺されちゃう!」
と。
ブラック・ドッグが怒りをあらわにしてこちらに向き直った。ダガーは、相手の左目に突き刺さっている。
――と。
『俺の力をお探しかな?』
と、ヤツが頭の中で声をかけてくる。
私は、「黙れ!黙れ!」と頭を抱えてわめいた。
「ロロ……」
シャンテが、こんな時まで心配そうに私を見る。私の心配してる場合じゃないでしょ、と、思った。
『俺の力が欲しいっていうのならば~~?ちゃーんとお願いしなきゃな~~~?俺、精神病扱いされたしぃ。傷ついたんだぜ?俺もさあ』
ブラック・ドッグ、シャンテ、謎の男。ブラック・ドッグ、シャンテ、謎の男。
私は、それらを頭の中でフル回転させると、ついに、言った。
「た、助けて……」
『ん~~~?』
「助けて、ください!!!!!!」
私が絞り出すように言うと、その男は、
『はい、女の子のピンチ入りました~~~~~あ!!』
と、やはり楽しそうに言った。何も起きなかったら、このままシャンテと一緒に死のう。そう思っていたのだが……。
私の体が、急に光を帯びた。七色の光だ。その七色の光が、全身を取り巻いていく。
光が走ったところは、透明な、大きなうろこのようなもので覆われている。甲冑とは違い、重さはなく、セミの抜け殻のように繊細で脆そうに見える。色は透明だが、光を受けると、虹色にキラキラと光る。
やがて、光が去ると、私は、全身をその甲冑……?で覆われていた。光が、その甲冑に合わせて、キラキラと輝く。
そして、私の隣には、見知らぬ、長い銀髪をぼさぼさに汚した、やけに筋肉質な、服もぼろぼろの男がいた。美形……というか、どっちかというと「男前」な顔である。
「ようロロちゃん!!や~っと会えたな!ずっと頭ん中にいたのによお!」
そいつは、喋った。私の前で、喋った。これも、統合失調症のせいなの!?と、私は戸惑う。
「ロロちゃん、挨拶は抜きだぜ。今は、アイツを倒してお友達を助けないとな!!お~とも~だち!うん、いい響きだあ!」
私は、甲冑を着ながら、ブラック・ドッグに相対する。ブラック・ドッグは私と、急に現れた男とを交互に見ている。……だろうな。そういうリアクションにもなるわ、この状況。
「行くぜ!ロロちゃん!!お前ら2人とも守るぞ!!」
そう言われ、私は、一歩、一歩と足を踏み出し、そして、駆けだした!