放課後ドッグ
「ロロちゃんお帰り~」
「おう、ロロ。帰ったのか」
放課後もだいぶ過ぎたというのに、私の机には、2人の少女がいた。
ルームメイトのキジャモと、あと一人。
長いロングの青髪を、ツインテールにしてまとめている。基本的には私と同じく制服なのだが、シャツの上にニットセーターを着ていて、だぼだぼの珍しい靴下をはいている。しかも、スカートは超ミニといってもいいくらい、短くしている。化粧も、ばっちりだ。
名前は、「シャンテ」といったか。キジャモの友達の一人だったが、何故かここ2週間ほど、この3人でつるむようになっていた。
「二人とも、先に帰ってれば良かったのに」
私が帰り支度をしながら言う。が、二人は、
「えー?だって、ロロちゃん一人じゃ危ないよ?」
「そうだよ。あんた、テレビ観てないのか?街の方で通り魔が多発してるってやってるじゃねーか」
と、答える。友達が心配してくれるのはありがたいが、無駄な時間を使わせてしまうのも気が引けた。
「通り魔って……寮までは歩いて5分じゃないの。先生達もいるし、学園内にいるうちは安全なんじゃないの?」
そう、呆れて私は言う。キジャモとシャンテには悪いけど、この子たちは学科試験がいまいち良くはないのだけれど。平均的な私より点数が悪いと言うことは、そういうことだ。
「でも、無差別なんだよ?こわいよ!」
と、キジャモが頭の花輪をいじりながら言う。しかし、そこでシャンテがぴしゃりとキジャモの手を払った。
「キジャモ!花を触るなって言っただろ!?花には少しの風すらストレスなんだからよ!」
そう。シャンテは、花や精霊の声が聞こえるらしい。
見た目はいわゆるギャルだが、これでなかなか心根の優しい子なのだ。2週間付き合ってみて、私はそう感じた。
「ドリアードなのに、花を大切にしないっていうのは……どうなの?」
と、私がわざと辛口に言うと、キジャモは
「それは種族だもん!それとこれとは関係ないよ!」
と、プンプンと怒ってみせる。
私たちは、連れだって、寮の方に歩き出した。
「ふあ!もう17時だよ~。でも、もうすぐご飯だね!」
キジャモが嬉しそうに言うので、私も微笑んで
「今日は何かな?寮母さん、料理上手だもんね」
と答えた。
「あたしは甘いソースが乗ってるのは苦手だなあ。この間の、チキンのベリーソースとか意味わかんな……」
と。ぴたりと。
シャンテが口をつぐむ。
「?」
私たちが、急に言葉を切ったシャンテに疑問を持つと。
「……ロロ!キジャモ!やばいよ!」
と、シャンテが叫んだ。
「やばいって……?」
と、私が聞こうとすると、シャンテが私たちの手首をつかんで、校舎の方へと逆戻りさせる。
「あ、わ、わわわっ!なんか追ってくるよ!?」
と、キジャモが後ろを振り返りながら言う。私たちは、校舎に逃げ込むと、玄関に鎮座している下駄箱の裏に隠れた。
「キジャモ、何か見た?」
私が聞くと、キジャモはぶるぶる震えながら、
「犬だよ。大きくて黒い犬!」
と答える。
「もしかして、ブラック・ドッグかもしれないね」
私はそう言うと、息を潜める。
ブラック・ドッグとは、精霊の一種である。犬の形をしていると言われるが、性格は凶暴で、特に人型の種族を襲う狂犬とされている。
「先生達は……ちっ!校舎の向こう側か。ブラック・ドッグじゃあ、結界が反応するかどうか……!」
シャンテの言うように、校舎には結界が張ってあるが、それは中級以上の魔獣に限る。故に、強力な術式……たとえば召喚魔法などを行う場合には、それ専用のグラウンドが必要になるし、学校の召喚・調教科の生徒しかグラウンドを使うことは許されていない。
ブラック・ドッグは下級魔獣だけど、その凶暴さで、私たちのような初等生にとっては一匹だけでも十分脅威だ。
「どうしよう……怖いよお……」
キジャモが泣きそうな声で言う。シャンテは、舌打ちをすると、
「キジャモ!あんた、泣いてないで先生達を呼びに行って!ここは私とロロで食い止める!早く!」
と、とんでもないことを言ってのけた。
「え……?私もここから逃げたいんだけど」
と、私が主張すると、シャンテは私の頭をぱかんと叩く。
「あんたがこの中で一番、成績良いんだよ!あんたは残れよ!」
……つっこみを入れられてしまった。
「といっても、実技はシャンテの方が得意じゃん……私やっぱり、キジャモと一緒に逃げ……」
「あたしを置いていくつもりか!どんだけだよあんた!」
また怒られてしまった。
「う、うん、待ってて、二人とも……!」
と、キジャモが廊下を駆け出す。先生達のいる教官室はすぐそこに見えるのだが、空間魔術で空間を拡張させているため、結構な距離を走らなくてはならないのだ。
「こうなったらしょうがないわね……!」
シャンテが、腰に差した剣を抜く。この剣は、初級戦士用の剣で、シャンテの目指しているのは騎士だということを私は覚えていた。
「じゃあ、私は、後ろから治癒魔法連発するから、シャンテ頑張って」
「頑張ってじゃないんだよ!あんたも一緒に叩くんだよ!」
ちっ。後ろでできるだけ痛みを感じない職でいたかったのに。
やがて、そんなことをしているうちに、結界からブラック・ドッグが現れた。
たし、たし、と足音をさせながら、私たちを探している。
と、そこで。
『おんや~?なんか楽しいことになってるねえ!』
ヤツが、出てきた。こんな状況で!