虚無の渦
「愛しているからこそ、相手にも愛情を返したいと思う。それは、当たり前の気持ちだわあ」
ウィバー部長は、そう言ってうんうんとうなずく。
「そこで、コキアさんは思ったのよお。『こんなに愛情を与えてくれるのなら、私も返さなくちゃ!』と」
「……それで、今のこの事件ですか」
そう、私は、カラカラになった喉に、唾液を押し込む。
「でもね。コキアさんにとって意外だったのが、ブエルの変化だったのお。ブエルは、付き合っていくうちに、どんどん優しくなっていった。普通の人なら、それで良いんだけど、暴力とヒステリーを愛情表現だと感じるコキアさんはどうかしらあ?」
「……愛情がなくなったと感じますよね」
「その通りよお。そして、コキアさんは、ブエルの失われた愛を取り戻すために、二度目の『転生』を試みたのよお。文字通り、『転生』をねえ」
私は、考えた。
「転生?」
「そう。コキアさんの家は、宗教をやってたわよねえ。そのパンフレットに書いてなかったかしらあ?『生まれ変わったあなたに、ハッピーバースデー』。調べたら、その宗教は、蘇生魔術を主にした教えを行っていたわあ。『蘇生魔術を行えば行うほど、あなたの魂は進化する』と。おそらく、医療関係者用の宗教なんだろうけど、コキアさんはこう考えたのよお。『ブエルに愛がなくなったのなら、私がブエルに愛をあげなくては。そして、蘇生魔術も行うと、私の魂も磨かれていく』とね」
「……一石二鳥だと、思ったんですね」
私は、そう答えて、コキアを見た。コキアは……変に怯えてもなく、どこか達観したような表情で、部長を見ている。
「さて。私の推理はこんなものだけど、どうかしら?コキアさん?」
そう、部長が声をかけると、コキアは、「えっと……」と、髪をいじる。
「えっと……えっと……おっしゃるとおりだと思います」
私がほっと力を抜くのと同時に、部長が、「ロロ!頭の中の男を展開して!」と叫んで、私の背後に隠れるようにまわった。
「なんで……なんでブエルさん、わかってくれなかったのかな。なんで私を愛してくれなくなったのかな。私は愛を返したのに。蘇生魔術だって、上手くできたのに。私が、全部悪いのかな……」
コキアはぶつぶつと呟くと、ぶわっと魔術構成を広げる。
「なんで……なんで私を殴ってくれないの!?蹴ってくれないの!?お願いだから、私を愛してよ!!」
まずい。これは、魔力の暴走だ。術者のコントロールがうまくいかないと、魔力は暴走し、「虚無」の力となる。虚無は全てを吸い込んで、異界へと繋がる扉を開く。
「トラスト、助けて!」
私がそう叫ぶと、「うっはははあああ~い!!」と、私の頭の中から、長いざんばら髪の銀髪にぼろ布をまとったトラストが飛び出した。
更に、私はダイヤモンドの鎧で体を包まれる。
「って、なんだこりゃ!?異界じゃねーか!とりあえずこう!」
と、トラストは、黒い渦の中心に手を突っ込むと、その手のひらからまばゆい光を放った。
「こうすりゃ、異界のやつらも、警戒してこっちには出てこねえ!ロロにお友達!ぜーーーったいそこを動くなよ!?」
そう告げると、トラストは、空いた片方の手で、ぎゅーっと異界への扉を閉めるように、渦を閉め始めた。
「え!?そんな物理的なことでいいの!?」
と、私が言うと、
「物理的なのも何もねえよ!こうするしかねえってことだ!」
と同時に、ジリリリリと、制御不能に陥った上級魔力警戒装置が鳴る。トラストは今まで学園内でも出現したことがあるので、これはコキアの魔力に反応しているのだろう。
鎧をまとっていても、コキアの暴走によって生まれた虚無の渦は、私たちを吸い込もうとしてくる。
「部長!しっかりつかまってください!」
「もうつかまってるわ!大丈夫!」
私は、部長を守るように、しゃがみ込んだ部長を覆うように抱きしめた。しかし、じり、じり、と徐々に渦との距離が近くなる。
「コキア!?」
私が気付いて顔を上げると、コキアは、小さく「じゃあね、ロロさん、ウィバーさん」と儚げな笑みを浮かべて、その渦に身を投じた。
「コキア!!」
叫んでも、もう彼女はいない。
やがて、コキアという魔力の元を失った異界への扉は、ゆっくりと鎮静していった。
「ふへーっ!マジで焦ったあああ。俺、戦闘はイケるけどさあ、封印は苦手なんだよ」
トラストがそう言う。私は、部長を確認した。
「大丈夫ですか!?部長!」
「うふ。ロロが私のこと心配してくれるなんてえ」
「そういうのはいいですから」
そして、私たちはよろよろと立ち上がる。
それから、部長は、トラストに近づくと、「わーっ!本物だわあ!この人がロロの中に入ってたのねえ!」と、何故か体をぺたぺたと触っている。
「ナイス推理!」「イエイ!」
と、二人はお互いにハイタッチしてみせた。……この二人、リアクション大きい同士で気が合うようだ。
――こうして、「ブエル殺害事件」は、誰にも知られることなく、幕を閉じたのだった。




