肉弾戦と、病毒のマナツ
その後。
私たちは、少し買い物をしてから、マナツさんが知っているというホテルへの道を歩いていた。
「……マナツさん、お酒なんて買っちゃって、大丈夫です?」
私がそう聞くと、がさりとビニール袋の中の缶が揺れる音がする。
「だって、私もロロも、もう成人じゃないの。法に触れてないなら大丈夫よ」
「いや……でも、2人でチューハイ1パックはさすがに……」
「あら?私は一人で半パック飲むわよ?」
「……」
私は、そこで、マナツさんの飲酒を止めるのを諦めた。それに、基本的に寮はタバコ・飲酒厳禁である。たまの外泊で羽目を外すのも良いか、とも思ったのだ。
5年生のマナツさんは、19歳だと聞いた。夏で誕生日が来て、20歳になるのだ。しかし、この地方の法律上では、15歳が飲酒・喫煙のできる年齢のため、確かにその点では法律違反ではない。
「それにしても……」
と、私は少々不安になっていた。
景色が、段々ピンクの建物で染まってきたのだ。客引きなのか、面倒そうに路上でうろうろしている黒スーツの男たちはいるが、私たち少女は客の対象ではないらしく、素通りできる。どんな店の客引きなのかは、さもありなんだ。
「ここって歓楽街じゃ……」
私が、若干声を潜めると、マナツさんは笑みを浮かべる。
「そうね。歓楽街ね」
……私は、言外に説明を求めていたのだが、そのまま返されてしまった。
そして、マナツさんは、すいすいと建物の間を抜けて、人気のないところに出る。
しかし、マナツさんが次に放った言葉は、私の全く予想外だった。
「ロロ、あの男を具現化できる?鎧だけでも良いわ」
え?と戸惑っていると、マナツさんは、ざっと後ろを振り向くと、軽く構えた。
すると、マナツさんの構える方向……私たちが歩いてきた所から、一人の少女が立ちはだかった。
顔は、いわゆる「アノニマス」と呼ばれる、古代の仮面を付けている。確か、この仮面は、アノニマス……『匿名の』という意味の単語から生まれた仮面だ。
パーカーのフードを深く被っており、一見少女とも少年ともつかないが、身長の小ささと、背格好から、私たちとそう変わらない少女であると見受けられた。
「トラスト……助けて!」
私がそう呟くと、
「ほっほ~~~お!!」
と、私の側に、灰色のざんばら髪のぼろきれをまとった男が現れる。
それと同時に、再び私の体を光が包み、ガラス細工のような、しかしダイヤモンドの七色にきらめく鎧を身にまとっていた。
「美少女の助けとあっちゃあ、聞き入れないわけにはいかないねっ!『ロロの下僕』、トラスト参上!!いやっは~~~~!!」
と、これまた騒々しい。
「で、これはどういう状況だと考える?マナツちゃん?」
トラストが、マナツさんに並ぶと、聞く。マナツさんは、相手からすると縦に構えるような、不思議な構え方のまま、
「今噂の通り魔ね。あなたは、ロロを守って。すぐカタをつけるわ」
と、少女の方へと駆け出す。
マナツさんの拳を、少女の腕が受け止める。……が、すぐに膝をつき、ざざざっとマナツさんに押し返されるようだった。
しかし、少女は、次に膝蹴りを放つ。だが、これも、マナツさんの左手に遮られ、さらにマナツさんは、すぐ上に通してある鉄筋コンクリートの鉄筋が晒されているところを鉄棒のようにつかんで、少女に両足蹴りを放った。
倒れた少女は、今度は短剣を抜くと、すぐにマナツさんに向かって駆ける。しかし――
「ひゅう!こんなの見せられたら、俺もか~まちょ☆」
と、今度はトラストが、その少女の後ろから右手のダガーを抑えた。
「ロロの護衛はどうしたのっ!」
マナツさんは、そう言うと、今度は少女の首に長い足を巻き付け、そのまま地面へと崩し倒した。
「ロロは心配ないぜ。あの鎧さえあれば、大悪魔の魔術の衝撃だって耐えてみせる!もちろん、砂塵や病毒も無力化するぜい!」
トラストは、少女の足をぐるりと曲げ、関節を極めているようだった。
私は、動けない。2人の動きをトレースするだけで精一杯だ。
「病毒が無効……それはイイコトを聞いたわね」
そう言うと、マナツさんは、ぱっと少女から手を離し、ふっと、手のひらを軽く吹く仕草をした。
私は、「病毒が効かない」とされているのにもかかわらず、思わず口元を手で塞ぐ。
トラストに捕らえられていた少女が、ぴたりと動きを止めたかと思うと、
「あ、あああああああうううううう!!」
と、叫び声を上げて、仮面の口元からぼたぼたと嘔吐物をこぼれ落とす。
そのまま、少女は、体をくの字に曲げて、バタバタと手足をめちゃくちゃに動かしたかと思うと、そのうち動きが止まった。
「やっぱり、サリンは良く効くわね」
なんでもないことのように、マナツさんは言ってのける。私は……正直、このときに、マナツさんを、心から恐れた。
やがて、少女の体は、黒い渦に飲まれてなくなる。
「魔獣……だったんですか?」
と、私がマナツさんに聞くと、マナツさんはサリンの残滓を綺麗に解除してから、
「いいえ。身体構成は人間に似ているけど、あれは怪人の類いよ。ロロはまだ、そこまで習ってはいないはずね」
と、冷静に避難させていた、お酒の缶が詰まったビニール袋を拾って言う。
「サリンて。俺も思いっきり範囲内だったじゃねーの?マナツちゃん?」
と、トラストがぶつくさ言うので、マナツさんは、
「だって、私、あなたのこと、ロロを守ってくれるだけの存在としか見てないもの。ロロの所を離れた時点で、もう用はないわ」
と、冷たく、鋭い目つきで、トラストに微笑む。普通ににらまれるより、こっちの方が数倍怖い。
「こっわ。ロロ、お前、付き合う人間選んだ方がいいぜ?じゃまた、俺はこれで~!」
ということで、トラストは私の体の中に戻り、私の鎧も消えた。
「……さ。ロロ、ホテルへ行きましょう?少し体が汚れちゃったから、シャワーが浴びたいわ」
と、何事もなく言ってみせるマナツさんに、私は、「とんでもない人を好きになってしまった……」と、後悔はしないけど、いわゆるどん引き状態にあったのだった。




