第5話「聖奈のにおいがする」
「うーん……」
生徒会室で数学の教科書を眺めながらわたしは唸りをあげていた。
「あら? 聖奈、どうしたのかしら?」
そんなわたしを見てか、天音が話しかけてくる。
「あぁ、ちょっとここの公式がわかりにくくて」
「……ここはこことここの式を分けて考えるとわかりやすいわよ?」
「え? あ、確かに。ありがと」
「それより聖奈がここで勉強するって珍しいわね。普段はまったく集中できないって言ってやらないのに」
「そうなんだけど、そろそろテストあるじゃん? そのための予習はしておこうかなって」
「え? そんな時期だったかしら?」
「え? そういう時期じゃない?」
「どうなのかしら……基本的にこの作品は気まぐれで書かれることが大半だから作者自体もこの作品の時期について特に考えてないだろうし、今回も半ば適当に考えてると思うわよ?」
「確かに適当だと思うけど、そんなメタ発言やめようね?」
「それじゃあ夏休み前の期末考査辺りの設定で行きましょう」
「あーうん。それでいいよ」
というわけで夏休み直前の期末考査に向けて勉強していたことになった。
先ほどの話に戻すと、天音がわたしの悩みを半ば解決してくれていたことになる。
「それにしても、ほんとあんたって性格以外はよくできた人間よね……」
「褒めても何も出ないわよ」
「……まあその良さがわたしにとっては性格で打ち消されているとも思っているわけなんだけどね」
話をそこで打ち切り、再度教科書とノートに目を向ける。
先ほどの問は天音が教えてくれた方法で難なくクリアし、次の問へと移る。
……ここも結構苦手な部類だった。
いくつか式を書いてみるが適切な解が見つからない。
「そこは前の方から計算するより逆算で考えたほうがやりやすいと思うわよ」
「逆算か……」
天音が言った通り逆算法で解いてみる。
……できた。
「なんだろ……こういうことは過去によくあったはずなのに何となく物悲しい気分になる」
「とんでもなく私馬鹿にされてない? これでも学年主席よ? 今のところは」
「あんたが勉強してるのって勉強嫌いなのがドM体質に繋がって結果的に点数に繋がってると思ってたわけだけど」
「何言ってるの? 勉強しないと両親に心配されるし、何より今後の未来に影響与えるからよ?」
「めっちゃ真面目な理由だった!? ごめん」
まさかこいつがここまで考えているとは……。
「実際勉強といっても授業中の話を聞いて教科書みれば解き方とか載ってるから応用で何とかなるのよね」
「天才かよこいつ」
そのような会話をしていると、生徒会室のドアが開きいつもの面々が入ってきた。
「あ・ま・ね・ちゃーん!!」
もはやテンプレとも言わんばかりに飛鳥先輩が天音に抱き着く。
当の天音もその現状にすでに慣れているようで、わたしの勉強を見ているようだった。
「うー……天音ちゃんが相手してくれないよぉー……それじゃ聖奈ちゃんに……」
……いや、勉強してるのにそれは困る。
というかこの人たちは勉強しなくて大丈夫なのか?
「飛鳥先輩……だけではないですけど、もうそろそろ期末考査ですけど勉強とかしなくていいんですか?」
「うん? あぁ聖奈ちゃん勉強してたんだ。ごめんね。それと、勉強についてなんだけど、私は基本的に授業中に先生の話聞いて教科書見直せば何とかなるから」
「僕もそんな感じですね」
この姉弟も天才タイプかよ。
「俺はわからないところは飛鳥によく聞くが、テスト前になると通常の勉強に加えて家で30分ぐらいテスト勉強に割いてるな」
紅谷先輩はむしろ真面目だった!!
それにしてもこの人たちこの学校の全生徒の中でトップレベルの学力を持ってるわけだけど、なんでわたしもここにいるんだろう……。
わたしの学力ははっきり言ってこの人たちより結構下なわけだけど。
「……考えてたら頭痛くなってきた」
深く考えるのはよそう。
それにこの場で勉強とか集中できん。
わたしは荷物をまとめて帰り支度をする。
「今日は勉強するために帰ります。天音、できれば勉強教えてほしいんだけど」
「そう言うと思って帰る準備はできてるわ」
「……行動が早くて助かるよ」
わたしたちは生徒会室を後にするのだった。
「うぅー……天音ちゃんも聖奈ちゃんも帰っちゃった……私たちも帰ろっか」
「そうだね」
~~
学校から帰宅し、わたしの家で勉強をすることになった。
「よく考えたら聖奈の部屋に入るのすごい久しぶりよね?」
「確かに。中学のときの受験前とか結構来て勉強してた時以来かな。あの時苦労してたの私だけだったような気もするけど」
「えいっ!」
掛け声とともに天音が部屋のベッドに飛び込む。
「くんくん……聖奈のにおいがする……」
ばきっ!
反射的に天音の背中を思いきり踏みつける。
「今すぐそこから起きなさい」
「今のは悪くなかったわよ!」
くそぅ……こいつに物理的な攻撃をしても喜ばすだけだし、どうすればいいのやら……。
「そう言えば勉強するために来たんだったわね」
天音はそう言って素直にベッドから降りていた。
「今日はやけに聞き分けがいいね?」
「勉強を教える度にご褒美欲しいだけよ」
「子供みたいな発想だね……具体的には?」
「一回教えることに的確な物理攻撃!」
「なんかわたしが嫌なんだけど……」
さすがにその条件はわたしとて教えてもらっているのに仇で返す感が否めない。
「まあそれはそれとして、飲み物でも持ってくるからおとなしく待っててよ」
「はーい」
部屋から出て、キッチンにある冷蔵庫から麦茶を取りだし、コップを二つお盆に乗せて部屋へと戻ってくる。
「見て見て! 変態仮面!」
ばきっ!!
部屋に入った瞬間、人のパンツを顔に被った変態を蹴り飛ばしていた。
「さすがに怒るよ?」
「それもう怒って……いたた! でも悪くない!!」
アイアンロックをしながら天音に忠告し、落ち着いたところで勉強を始める。
勉強中は(こいつが何もしなければ)静かなものだ。
思えば、いつでもわたしは天音に勉強を教えてもらってた気がする。
なんだかんだ言って成績が割といいのは天音のおかげといってもいいだろう。
しばらくすると、しばらく質問などをしなかったためか、天音がすやすやと寝息を立てて眠っていた。
眠っている姿、もとい黙っていれば絵になるような姿の天音。
昔もこうやって教えてもらってしばらくしたら眠っていたっけ。
そこだけは変わらないと実感する。
「いつもありがとね」
だからか、そんな言葉が出た。
「ん……せな……」
起こしたかなと思ったがどうやら寝言のようだった。
さすがに起こすのもあれだし、しばらくは眠らせておいてあげよう。
「そこでアイアンロックをした後に相手の裏を取ってジャーマンスープレックスを決めた後に倒れた相手の足を四の字固めをするようにかかってきなさい……」
「それ寝言!?」
起きているのかと思うほど鮮明な寝言にツッコミながら時間は過ぎていくのだった。
その数日後のテストはそれなりにいい順位が取れたのだった。