第3話「聖奈がダメージを与えたからよ?」
「そういうわけで聖奈、今日一緒に稽古つけてもらえないかしら?」
「あー、まあ大丈夫だよ。うちには連絡しておくわ」
いつものようにわたしと天音が生徒会室へと向かう途中、天音とそんな話をしていた。
話の中で出てきた『稽古』というのは、わたしの実家がジムや道場を営んでいるため幼馴染の天音はたまに道場を借りたりしているためである。
もちろんというべきかわたしはその天音の行動に付き合わされるのだが。
「それにしても、聖奈の家ってかなりすごいわよね」
「まあ、一般的に見れば確かにそうかもしれないね」
先ほど説明した通りわたしの家がジムや道場を営んだ理由は父さんが格闘技の元世界チャンピオンであることが大きい。
元々楽しんで始めた格闘技が自身の型にはまっていたようで、初めてチャンピオンになった際の賞金で自信を鍛えるためにジムを作ったのが始まりだったという。
世界チャンピオンの利用しているジムという肩書もあってか売り上げはかなり良かったらしい。
ただ父さんはそこで得た利益を自分のことに使わず、わたしたち家族にあててくれたと母さんは言っていた。
道場を作ったのもまた世界で活躍した賞金で建てたものだというのだからすごい父親だと思う。
「それで、今回は何やるの?」
「そうね……今日は柔道なんてどうかしら?」
「了解。でもさすがに眼鏡は外してね。下手すると食い込みそうだし」
「それもそうね。じゃあつけたままやるわ」
「話聞いてた? 食い込むと痛いんだよ?」
「わかってないわね。食い込んで痛みを伴うのがいいんじゃない」
「……そもそも格闘技って眼鏡外さなきゃ大抵ダメだからね」
「そうなの? それなら仕方ないわね」
口ではそう言っているもののめちゃくちゃ不服そうな天音を余所にたどり着いた生徒会室の扉を開く。
「せっなちゃーん!!」
そう言いながら突進してくる人をひょいとかわし、代わりに天音がその人に押し倒される形となっていた。
「ぐばっ!!」
女の子らしからぬ声を出しながら倒される天音。
倒した人物は想像通り飛鳥先輩だった。
「また聖奈ちゃんによけられた―……でも天音ちゃん捕まえたから結果おーらい!!」
「締め上げられてる……!! でもこれはこれで……」
多分抱き着きが思いきり締め付けられているのだろう。
本当にこのコンビある意味相性いいな……。
それにしても飛鳥先輩も普通にしていればゆるふわなかわいい女の子だというのに。
……いや、ここのメンバーの大半がまともじゃなかったな。
二人を放置した状態で生徒会室に入ると、そこには誰もいなかった。
おそらく今日は飛鳥先輩以外まだ来ていなかったのだろう。
自分の席に座り、鞄から読みかけの小説を取りだす。
今読んでいるのは『星と空の軌跡』というタイトルだ。
話の内容は一人ぼっちだった少女が一人の少年と出会いを経て学園生活を送る青春物語だ。
だんだん仲間が増えて仲良くなっていく裏で不可解な出来事が押して寄せてくるという設定らしく中々面白い内容だ。
しばらく読み進めていると、天音が解放されたのか生徒会室に入ってきた。
丁度生徒会メンバーが全員そろったようなので本を閉じて鞄にしまった。
~~
しばらくして今日の生徒会の仕事がひと段落し、それぞれ帰宅の準備を始めていた。
「天音、帰る準備できた?」
「もちろんよ。さあ、帰りましょ」
天音はそう言いながら生徒会室を後にする。
わたしも同じように天音の後に着き、自分の家へと向かう。
生徒会室に来る前に話していた稽古をするためだ。
わたしの家は学校から15分ほど歩いた場所にある。
事前に父さんには話をつけているため、家に帰ったらすぐにでも身体を動かせるだろう。
そうこう考えている間に家に着いたので、そのまま道場へと向かい、着替えを済ませてくる。
「といっても柔道か……最近あんまりやってないんだよね」
「聖奈なら大丈夫よ。それより早くやりましょう」
お互い構えを取る。
ドMである天音だが、こういう勝負事には割と負けず嫌いなところがある。
何がそうさせているのかは正直なところよくわからないが、そういうところはわたしも嫌いではない。
隙を見つけて一歩踏み込む。
一瞬反応が遅れた天音はわたしの背負い投げをまともに食らっていた。
「あ、ごめん。大丈夫?」
「さすがね。私もやる気が出てきたわ」
再度構えを取り、天音と共にしばらく組み手を行っていった。
「そろそろ終わりにしようか」
何度か組み手を終えたところでそう声を掛ける。
三割ほどとられてしまったが結果的にはわたしの方が勝ったということになるのだろう。
「やっぱり聖奈にはまだ勝ち越せないわ。本当に昔から負けず嫌いね」
「え? それは天音の方でしょ?」
「……やっぱり気づいてなかったのね。私が一本取ったとき明らかに目つき変わってたわよ?」
マジか……。
てっきり天音が手を抜いたのかと思ってたけどそうじゃなかったんだ。
「でも私はそんな本気の聖奈が大好きよ」
「な、なに急に……」
素直にそう言われるとなんか恥ずかしい。
「だって本気で投げ飛ばしてくれるんだもの!」
「……あー、うん。お前はそういうやつだったね」
昔からそういうところは変わらないと思いながら、ふといつからこいつがドMに目覚めたのか全く覚えがないことに気づく。
だから直接聞いてみた。
「え? それは昔もこんな風に道場で聖奈がダメージを与えたからよ?」
「……マジ?」
「ええ、マジ」
真実を知ったわたしは自分自身のせいで振り回されていたことに気づき、落胆するのであった。