第16話「この山のようなチョコどうしましょうね」
朝。
天音とともにいつも通り登校すると、下駄箱の付近から違和感を覚える。
なんだこの違和感は……何やら普段とは違うプレッシャーを感じるような……。
それはまるでヒットマンに狙われているような感覚( 狙われたことないけど)とでもいうべきだろうか。
「聖奈、どうかした?」
「……いや、何かいつもと違う違和感があるなって」
「あぁ、それは今日がバレンタインだからよ」
「バレンタイン……なるほど」
基本的に行事ごとにあまり関心がないわたしにとっては正直どうでもいいイベントだった。
だけど毎年そのどうでもいいバレンタインに付き合わなければいけない状況に陥る。
原因はいつもなら天音であるが、今回の件についてはどうやらわたしにも問題があるようなのである。
天音は表面では男女ともに慕われるほどのお嬢様のような立ち振る舞いをしているためこのような行事もいつも通りの対応なのだが、わたしの場合はなぜか女子から変な人気が出ているらしい。
「正直困っちゃうのよね。チョコもらっちゃうとお返しとか考えないといけないし」
「ほんとそれ」
「それに現実ではもう2月は終わりだっていうのにわざわざバレンタイン回とかやらなくてもいいと思うわ」
「確かにわたしも珍しく同意見だけれど、それは作品的にどうなの?」
そんな会話をしながら自分の下駄箱を開ける。
早速ラッピングされている小箱が何個か入っていた。
「はぁ……」
「聖奈も大変ね」
ガチャ、ガラガラガラ……。
天音のあけた下駄箱の中から無数のチョコが出てきた。
「流石に今回は同情するよ……」
天音は落ちた小箱を丁寧に拾い上げ、上靴に履き替えて2人で教室へと向かうのだった。
〜〜
教室に着いた後、そこからが本番だということをわたし達は思い知らされていた。
机の上に置かれている小箱の数々、流れるように呼び出されてチョコを受け取ってくださいと言われたり、出待ちされてチョコを渡されたり……。
そして時間は過ぎて行き、放課後となっていた。
わたしと天音は教室から遠ざかるかのように生徒会室へと向かっていた。
何事もなく生徒会室に着くと、室内には誰もいないようだった。
荷物を置き、椅子に座って机に突っ伏す。
「つ、疲れた……」
「お疲れ様。聖奈はコーヒーでよかったかしら?」
「あぁ、うん。ありがと」
天音もいろいろあって疲れているだろうにわたしの分の飲み物まで用意してくれていた。
自分の席につく天音はお茶を飲んで一息ついていた。
「それにしてもよく天音は平然といつも通り居られるね」
「私に関してはあまりいつもと変わらないのよね。対応自体はいいのだけれど、お返しが大変ってところかしら」
「なるほどね……」
確かにいつものことを考えると他の生徒の相談やらなんやら聞いたりアドバイスしたりを行っている天音にとっては今日の対応もいつもと変わらないのか。
「中にはお返しはいいっていう人もいるけれど、私は貰った人全員覚えてちゃんとお返しするようにしてるのよ」
「知ってるよ。毎回大変だもんね」
実際その時期になると天音と2人でよくお菓子を作っている。
おかげで簡単なお菓子作りがかなり上手くなっている。
「それにしても……この山のようなチョコどうしましょうね」
「本当にね……」
もらったチョコはかなり多く、数十単位にものぼっている。
これを数日で食すとなると体調がかなり悪くなりそうだ。
「くれた人には悪いかもしれないけれど、生徒会のみんなで食べましょうか」
「やっぱそうなるよね」
そのとき、生徒会室の扉が開かれる。
そして入って来たのはいつもの生徒会のメンバー。
「お、出雲と近衛はもう来ていたのか」
「えぇ、ちょっと教室にいるとかなり疲れるので」
「あっはっは、お前らも大変だな」
「笑い事じゃないですよ……」
「紅谷先輩も少しチョコを消化するのを手伝ってくれませんか?」
「と言ってもな……」
紅谷先輩の手に持った鞄から私たちと同様にいくつか小箱や袋などが出てくる。
「俺もこんな感じでな」
「紅谷先輩って案外人気あるんですね」
「まあな、半分以上は男どもからもらったものだがな」
何か聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がしたため、矛先を変えることにした。
「飛鳥先輩と御門君はどうなんですか?」
「僕は基本的に断ってますね。興味がないというのもありますけどあまり知らない人からもらうのも気を使うので」
「私は2人からもチョコが欲しい!!」
「御門君はちゃんと考えてるんだね……飛鳥先輩は大体想像通りでしたよ。これ、わたしと天音からです」
事前に天音と一緒に用意していたチョコをそれぞれ飛鳥先輩、御門くん、紅谷先輩に渡す。
「2人の私に対しての愛の結晶!?」
「いえ、日頃のお礼です」
「そういうことなら貰っておきますね」
「俺もいただくことにしよう」
「というより、ツッコミ入れて忘れてましたが飛鳥先輩それ全部チョコですか?」
飛鳥先輩が持っている袋。
それはさながらサンタクロースを連想させるような大きな袋を持っている。
「可愛い女の子からはついもらっちゃうんだよ」
「それ消費できるんですか?」
「多分大丈夫!」
「そういって食べ切りはするんですけど毎回体調崩しかけてるので僕としてはやめて欲しいんですけどね」
「飛鳥先輩……チョコの過剰摂取は最悪死ぬかもしれないのでほどほどにしてくださいね」
そう話していたところで再度生徒会室の扉が開かれる。
「聖奈様ー!!」
「出たわね3人組」
「ちなみに僕もいます」
入ってきたのは川島さん倉木さん西城さんと楠くんだった。
「聖奈様! 私の本命チョコ受けとってください!」
「え? 本命? ちょっと無理かな」
「なぜです!? 私が女だからですか?」
「いやまあそうだけど」
「女の子同士だと何がダメなんですか!? 生が誕生しないからですか?」
「まあ大体そういうことになるのかな……?」
「女の子同士でもやってみれば生が誕生するかもしれないじゃないですか」
「そうよ聖奈ちゃん。女の子同士でも女の子を誕生させることが出来るかもしれないわ」
飛鳥先輩も鼻血出しながらそう語っていた。
「あなたたち全員性教育やり直してこい!!」
「まあ冗談はこの辺りにして抜け駆けなしで3人で作ったのでぜひ食べてください」
「う、うん。ありがと……」
本当に冗談なのだろうか。
「3人組と楠君にもはい、チョコよ」
「いえ、大丈夫です。あなたの愛は大丈夫です」
「これ聖奈からの分も含まれてるんだけ……」
「聖奈様の愛、確かに受け取りました!」
すごい手のひら返し……。
「えっと、僕ももらっていいんでしょうか?」
「えぇ、みんなに渡すために持ってきたんだもの。受け取ってもらわないと困ってしまうわ」
「そういうことなら」
なんだかんだみんなチョコをくれたり受け取ってくれたりと色々あった。
そして時は過ぎて帰り道。
結局もらったチョコはあまり消費できずに持ち帰ることになった。
「そうだ。聖奈、これ」
「うん?」
天音がラッピングされた小箱を渡してくる。
「流石に躊躇したけれど、やっぱり渡しておこうと思って」
「……そうだね。それじゃあ」
わたしも鞄から用意していた小箱を取り出す。
お互い考えることが一緒だったようで交換する形渡し、2人で笑い合うのだった。
「あ、私のお返しはいい感じのボディーブローで頼むわね」
「いい感じで締まりそうだったのに……」
お望み通りのボディーブローを入れて今日は終わってゆくのだった。