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紗絵の章

 紗絵さえは祖母が何故か、可愛い仔犬などのぬいぐるみではなく、勇ましすぎるリアルなクマっぽいぬいぐるみを買ってきたことに唖然とした。


 これがテディベアなのだなと改めて思う。


 まぁ、ここまでリアルでゴツゴツしたベアでは、まだ幼い少女に可哀想に思った。

 今度ウサギさんでも買ってあげようと家を出たところ、化粧のはげかけたおばさん……としか言いようのない女が、汚れた服のまま近づいてくる。


「お前か! お前かぁぁ! うちの娘を連れ去ったのは?」

「はぁぁ?」


 後部座席に奏音かのんの服をベアと並べて置いた紗絵は振り返り、シミだらけの女の顔を見る。


 30代か?

 40代だろうか?

 誰だろう?


とじっと見ると、女の手に包丁があった。


「きゃぁぁ!」


 信じられないと紗絵は悲鳴を上げた。

 包丁を持つ手を、振り上げてきたからである。


「お前か! 家の家を荒らしたんは!」


 そう叫ぶなり振り下ろした女。

 とっさに、ショルダーバッグで頭を庇う。

 しかし、手や腕が熱くなった。


 痛い!

 でも、逃げたら背後から……。


 すると、玄関が開き、祖父の声が響く。


「紗絵! こっちにおいで! それか車の中に! 怪我は?」

「す、少し! でも、荷物は汚れてないわ」


 助かったと思い、運転席の扉を開けはいる。

 出血がある。

 バッグからハンカチと、そして無事なスマホを見つけ、操作し、動画撮影を始める。

 そして、ハンカチでジクジクする傷口を押さえ、バッグの紐で止血する。

 痛みはあるが、少しでも血が止まれば良い。


 祖父の声が響く。


「こら、小娘。誰がお前の家を荒らした? お前の家はすでに荒れていたではないか。それに、電気もガスも水道も止められ、お前の娘はどのように生活していたと思っている」

「娘を返せ! あのガキさえいれば、毎月別れた亭主から十万円がお金が入るんだ。あいつは金づるなんだよ! 返せ!」


 紗絵の血が滴る包丁を突きつける村上という姓の女に、和太郎わたろうは言い返す。


「遠慮する。あの子には健康でたっぷりの愛情を受けて勉強や遊びをしながら成長するという、当たり前な人生、その権利がある。それを育児放棄した親がよくも口にできる。前の夫から振り込まれると言うその10万円があったら、奏音はもっと真っ当な生き方ができたはず。奏音の銀行口座と印鑑を置いて去れ! そして、今までのお金も耳を揃えて返せ! 今までの人生は取り戻せんが、奏音に幸せな生き方を選ばせ、成長を見守るんが親じゃ! お前は産んだだけ。育てもせんクズ親じゃ!」

「何を! クソジジィ!」


 振りかぶった手首を和太郎は押さえ、ぐるっと回すと、痛みに包丁を落とした。

 ヘナヘナと崩れ落ちる女を見下ろすと、背後からパトカーの音が響いたのだった。




 パトカーがくる。

 そして、包丁を落とした女がそのまま連れて行かれ、車に避難した紗絵は傷が深かった為、救急車で連れて行かれることになった。

 車の中もかなり汚れてしまったので、掃除をすることになった。

 その前に、現場を確認することになり、ゆいが紗絵と共に救急車に乗り、現場に残ったのだった。


 その為、救急車に乗りながら、結が嫁に電話をかける。


「もしもし? 美代ちゃん?」

「あぁ、お母さんですか? お帰りなさい。所でどうしたのですか? あの、紗絵が迎えにくるはずですが……」

「それがねぇ? 村上って言う女が、包丁を持って来たの。丁度、出かけようとした紗絵ちゃんを襲ったのよ。紗絵ちゃんは腕に怪我をして、今救急車なの。だから、ちょっとそちらに行けそうもないの。あの人も警察の方と話してるわ」

「紗絵が? 亜美ちゃんやお父さんは、大丈夫ですか?」

「紗絵だけ。でも、肘から手の甲まで傷が長いから心配だわ……そっちは大丈夫?」


 孫娘の治療を始めているのを見る。


「お母さん。紗絵をお願いします。和生かずおさんか私が戻りますので」

「大丈夫よ。あの人に任せておけば良いのよ。じゃぁ、美代ちゃん。無理はしないでね」


 電話を切り、紗絵に微笑む。


「大丈夫?」

「うん。平気」


 笑う。


「奏音ちゃんの方が辛かったと思う。私の傷はこれだけだもん。さっき痛み止め飲んだし」

「我慢しないのよ?」


 結は孫を気遣う。




 そして、電話を切った美代子は部屋に戻る。


「どうしたんだ?」

「貴方……」


 すやすや寝入っている奏音の前なので、そっと耳打ちする。


「……怪我は」

「いま、お母さんがついて行ってくださっているの」

「……そうか……じゃぁ、亜美ちゃんと交代しないとな」

「大丈夫?」

「あぁ。美代子も気をつけなさい。奏音ちゃんはうちの子だから」


 言葉少なだがしっかり言い切る。


「えぇ。解ってるわよ。じゃぁ行ってらっしゃい」


 夫を見送ったのだった。

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