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かのんの章

 古いアパートの一階……そこは庭と言うにはジメジメしたセメントの壁に囲まれた、2畳ほどの土地がついて、部屋とキッチンが古いガタガタという引き戸で仕切られている。

 1R1Kの部屋。

 古いだけに、隣の部屋との間の壁は薄く、冬は隙間風に震え、夏は庭の横が田んぼの為に湿気と暑さが酷かった。

 庭に出っ張った半畳の押し入れはカビに悩まされ、湿気取りのチェックは毎日の日課。

 トイレとお風呂は一緒。

 両横には部屋の中に半畳の押入れと、キッチンが付いている。

 部屋は6.5畳。


 ここは、母親と私の住まいだ。

 夜の仕事をする母親は、私が起きると眠っていて、私が小学校から帰ったら起きて化粧をしつつ千円を置く。


「これでご飯食べなさい」

「うん……」


 これ以上は言わない。

 言ったら、真っ赤な唇から次から次に暴言と、手のひらが飜る……。


 今夜のご飯はコンビニのおにぎり。

 薄暗くなる部屋より、コンビニの椅子で食べようかな。


 ねえ、もう、水道もガスも電気も止められたんだよ。

 給食費の『督促とくそく』が来たんだよ?

 洗濯もできないし、お風呂も入れない。

 トイレはコンビニで、ババっと顔も頭も濡らして出る。

 そしてそそくさと家に帰る。

 晴れた日に充電させたライトと、前に貰った手動充電のライトで過ごす。

 暑くても、窓は開けない。

 エアコンも扇風機も使えない。


「暑いなぁ……洗濯したいなぁ……」


 止まった蛇口を開けても意味はない。

 この前は役所の人が来た。

 その時は丁度母親はいなかった。

 少し離れたスーパーでペットボトルを持って行ったらタダで貰えるお水を、お茶碗に入れて出した。

 2ℓはやっぱり重くて、毎日一本貰いに行くのも恥ずかしくて、でもそれでも貰いに行った。

 色が抜けない、汗臭い服を馬鹿にされるから、時々その水で洗った。

 悲しくて情けなかった。


「あ、ご飯……」


 暗闇を探り、机がわりのちゃぶ台に置かれた千円を握り締めると、コンビニに行く。

 すると、いつもじっと私を見ていたお姉さんは辞めたのかな?

 今日は、『小鳥遊たかなし』って名札の付いたおじさんがいた。




 自動扉が開くと、痩せてしかもこの時代に薄汚れた服の女の子が立っていた。

 髪もバサバサ、ギョロっとした目は何故かきつくなく垂れて幼く見える。

 でも、生活感はなく、ぐしゃぐしゃのお札を握っていた。


 この子か……あの子が言っていた子は……。


 バイトの大谷亜美おおやあみは目はつり気味だが、とても気の利く頭のいい子だ。

 この子を心配して、時々内緒で期限切れだとパンやおにぎりを渡したと頭を下げた。


 まぁ、こちらの収入に影響はあるが、ここは余り目立つコンビニではない為処分も多く、時々バイト達に渡していた。

 だから構わないだろうと思ったのだが、今日は偶然バイトの子が遅く、店に残っていたら、亜美が言っていた少女に会った。


「いらっしゃいませ」


 ここでは初めて会う自分に驚いたのか硬直する少女に、微笑む。


「どうぞ」

「こ、こんばんは……」


 頭を下げた少女はぐしゃぐしゃの、言ってはいけないがもう何日もお風呂に入っていないらしい、艶のない髪をしていた。

 服もくたびれていて、この子の親は何を考えているのかと腹立たしくなる。

 今は昔程、近所同士の繋がりはないが、一応父が民生委員をしていたこともあって、ある程度この子の家庭状況を理解していた。

 おにぎりのコーナーに向かうと、目を輝かせる。

 亜美が言っていた少女の好きなシーチキンマヨと昆布のおにぎりに、普段ならもう少し時間が後に貼るシールを貼っておいたのだ。

 そして、一番安いコンビニのお茶を持ってやってくる。


「す、すみません。こ、これを……」

「はい。じゃぁ……」


 バーコードを読み取り、割引をしてもらうと千円札を渡す。

 すると、亜美が言っていた通り、レジの下にあったポイントカードのバーコードを読み取らせ、さりげなく、


「えっと、君のお名前は?」

「えっと、奏音かのん。奏でる音って書きます」

「素敵な名前だね。奏音ちゃん。何かあったらこのお店に来なさい。おじさんや大谷おおやさん……大谷と書いてそう読むんだけど、そのお姉さんとかいるからね」

「で、でも……」

「あぁ、びっくりしたかな? えっとね?」


 店の中から出て、カードを見せる。


「大谷さんがね? いつも来てくれるからって、君のカードを作ったんだ。ポイントが貯まってるから、使って欲しいのと、名前を書いて欲しいなぁって。ペンはここにあるから書いてくれる?」


 ペンを渡され、名前を書く。


村上奏音むらかみかのんちゃんかぁ……素敵な名前だね。私は小鳥遊だよ」

「えっ! 『たかなし』? ですか?」

「あ、うん。小鳥が遊べる安心できる場所。小鳥の敵はタカでしょう? そのタカがいない場所っていう意味なんだよ」


 おにぎりとお茶をイートインに持っていった奏音に、しばらくして一つのお菓子を持っていく。

 子供の好きなグミである。


「はい。今まで買ってくれたポイントで交換したから食べてね。じゃぁ」

「あ、ありがとうございます。小鳥遊店長さん」


 何度も頭を下げる少女に微笑むと、レジに戻る。


 しばらくして、ゴミをきちんと片付けた奏音は、


「店長さん、本当にありがとうございました」


と丁寧に頭を下げたのだった。

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