魔法庁警備部第六課〜異星人特別対策室〜エピソード0
西暦2521年。
日本国 東都。
薄暗い一室で一癖も二癖もありそうな3人の老輩を前に、人形のように端正な顔つきながらも、無機質を感じさせる1人の女性が立っていた。
「安曇君、そろそろ正直に答えてくれないか? 何故魔力の暴発が起こったのかね? 禁戒魔法でも試したのかね?」
「……暴発など起こっていません。あれは魔物の自爆です」
女が立ったまま凛とした顔付きで断言すると、右端の老人が机を激しく叩き鳴らす。
「しらばっくれるな! 魔法の使える魔物など居るはずがないだろ。現地には魔力暴発の魔力痕が残ってるんだぞ」
「安曇くん、我々は事実を知りたいだけなんだよ。幸い死人は出ていない。君はキャリア組だろ? 悪いようにはしない。話してくれるね」
「……暴発など起こっていません。魔物の自爆。それが事実です」
「貴様と言う奴は!」
激昂した1人の老人が喚き散らすと、1番位の高いであろう真ん中の老人が宥めにかかる。
「まぁまぁ、羽田さん落ち着いて。……安曇くん、良いのかい? 今ならまだ我々の手で揉み消せるんだ。これが最後だ。話してくれるね?」
「私は事実を述べただけです」
室内に寸刻の沈黙が流れると、真ん中に座る老人から深い溜息が吐き出される。
「分かった。処分は追って沙汰する」
「はい」
女は頭を下げて魔法庁監査室から退出するのであった。
「あのエリートが2階級降格とはねぇ。で、何処に飛ばされるって?」
「確か警備部第六課って聞きましたけど、警備部って五課までしか無いんじゃ無かったでしたっけ?」
「……第六課ね。あるにはあるぞ。まっ、窓際勤務って奴だな」
喧騒が漂う魔法庁魔物対策部二課では、突然のエリート失墜が話題になっていた。
安曇 鈴は若干25歳で少佐まで上り詰めたエリートだ。
類稀なる魔力と精密で繊細な魔法。
部下だけでなく上層部からの信頼も厚く、10の力で100の成果を挙げる女とまで呼ばれていた。
「先輩は事件の事は何か聞いたんですか? 魔物が出た神原地区の一角が焼け野原になったって本当ですか?」
「新聞にも写真付きで出てただろ? 半径500mは何も残ってないらしいぞ。新聞じゃ魔物討伐による焼失ってなってるが、どうやら魔力痕の解析の結果、魔力の暴発だったらしい」
「じゃあ安曇さんの」
「だろうな。いかに魔力の暴発だろうと、あそこまで大規模な焼失なんか起こらない。アイツ程の魔力が無きゃそこまで被害は出なかっただろうな」
遠巻きに自分の話をされる中私物を纏める安曇。
片付けが済むとダンボールを抱えながら頭を1度下げて、何も言葉を発せずに部署を出る安曇に話しかける者は誰もいなかった。
そしてチャイムが鳴り響くと、何事も無かったかの様に平常業務の姿へと戻るのであった。
魔法庁には3つの大きなビルが存在する。
1つは本庁。魔法庁の中枢であり魔法衛兵の運営を執り行っている。
本庁の東隣の建物が魔物対策部、西隣の建物が警備部。
魔物対策部と警備部は共に、魔法の使える警兵によって国の安全を護っている組織。違いがあるとすれば、対応する相手が魔物であれば魔物対策部であり、人間であるならば警備部となる。
安曇がダンボールを抱えて向かった先はコンクリートで固められた西の建物。
20階建てのビルに入り、入口の衛兵に頭を下げるとエレベーターの中に入る。
押されたボタンは地下3階。
本来この建物の地下は1階が駐車場であり、2階は留置所、3階は倉庫及び資料置き場となっている。
安曇は薄暗い通路を歩き目的の部屋に辿り着く。
呼吸を整え1度ダンボールを床に下ろすと、扉を2回ノックする。
「本日付けで警備部第六課に配属された、安曇中尉です。入室してもよろしいでしょうか?」
安曇が中に呼び掛けると、少々中から物音が聞こえた後に扉が内側に開かれる。
「あぁ、安曇くんね。堅苦しくならなくて良いから入んなさい」
出迎えたのは50歳程の男だった。
灰色のスーツを身に纏い、白毛の混じった髪と彫りの深い顔で中へと手を向ける。背は高く細身の体だが華奢では無く、その一連の行動は物腰柔らかなものだった。
「はい」
安曇はダンボールを床から持ち上げると室内に一歩足を入れる。
部屋はそれなりの広さがあるのだが、窓が無いせいか暗い雰囲気を醸し出している。少々鼻に着くカビ臭さが陰湿さを増長させているのも原因だろう。
室内に居たのは3人。先程迎えてくれた男と、椅子にもたれかかり目の上にタオルを乗せて寝ている男。マニキュアを塗る少々派手な女。
安曇は扉を閉め、もう3歩前に出るとダンボールを再度床に置き、直立不動のもと右拳を胸の真ん中に置く敬礼の姿勢をとる。
「はい、みんな今日から一緒に働く安曇くんだ。よろしくね。僕はこの六課を任せられている里見 大人。ほら、三笠君起きる。小暮くんも安曇くんに注目。朽木君は……資料室かな?」
里見は三笠と呼ばれた男のタオルを取り、小暮と呼ばれた女に注意を促す。
「安曇 凛です。よろしくお願いします」
「ウルセェな。さっきも聞こえたよ」
「ほら三笠君も自己紹介しないと。その後は小暮くんね」
「ちっ、三笠 玄太郎だ」
「アタシは小暮 暁子。よろしくー」
恐らくは30代の、黒いスーツで身を固めた丸坊主で体格の良い男はぶっきら棒に答え、三十路は過ぎているだろう茶髪の女は、相変わらずマニキュアを塗りながら視線だけをチラリと動かして挨拶をする。
安曇は敬礼の格好のまま身動き1つせずにいた。
「あと朽木君は……そのうち戻って来るかな? そこの机を君が好きに使ってくれればいいからね」
里見が指差した先には木製の机が置かれていた。
相向かいの席には小暮が、小暮の隣には三笠の机が並んでいる。
安曇の机の横には雑多な書類と、よく分からない不思議な道具がごちゃ混ぜに置かれている。
「了解しました」
安曇は右腕を下げ、ダンボールを机の上に置くと、私物を机に片付け始める。元々安曇の私物は少ない。
両手で抱えるダンボールで持ってきたとはいえ、中身は半分程度しか入っていなかった。
「分からない事があったら聞いてね」
里見が1番奥にある自分の机に向かおうとすると、安曇の動きが止まる。
「私の仕事は何でしょうか?」
安曇の問いに全員の動きが一瞬止まる。
里見は振り返り気まずそうに頰を掻くと、苦笑いを浮かべる。
「そうだね。この課の事は知らないか。警備部第六課は特殊だからね。うーん。……あっ、そうだ。部屋を出て廊下を右に突き当たりまで行くと資料室がある。そこに多分朽木君がいるから、彼に聞くのが1番分かり易いかもしれないね」
「はい。荷物の整理終了後に資料室に向かう事にします」
安曇は荷物を手際よく引き出しにしまうと、席を立ち扉の前で再度敬礼をして部屋を出て行く。
扉が閉まるを確認すると三笠が口を開く。
「課長。いいのか、朽木に任せて? ありゃ噂通りの『能面人形』だ。朽木の妄想だって仕事だと信じちまうぞ? 大体『能面人形』に『妄想男』なんて相性悪すぎるだろ」
怪訝な顔をして三笠が発した『能面人形』とは魔法庁で蜚語された安曇のアダ名だ。
無表情で淡々と仕事をこなす安曇を揶揄したモノだが、誰が聞いてもその人物が分かる程にマッチした異称であった。
そして『妄想男』とは、三笠と小暮が朽木に付けた異名である。
隣に座る小暮も深く頷くと、里見は癖なのだろうか、頬を掻く。
「僕は意外といいコンビになると思ってるんだけどな……。仕事は机に座ってるだけなんて言えないしね」
魔法庁警備部第六課。
通称「異星人特別対策室」
存在すら怪しい異星人に対処する、いや見当違いな想像を創り上げる、頭がおかしいと言われる人のクレームに対応する課である。
課が出来て15年。相談に来た人数は僅かに12名。
魔法庁の墓場と言われていた。
※
安曇は突き当たりにある資料室と書かれた部屋まで来ると、扉をノックをして先程と寸分違わぬ言葉を投げ掛ける。
「本日付けで警備部第六課に配属された、安曇中尉です。入室してもよろしいでしょうか?」
呼びかけに反応は無い。安曇は30秒程待ち、またも同じ事を口にする。
「本日付けで警備部」
喋り始めと同時にバタバタと音がして勢いよく扉が開かれる。
中から現れたのは20代後半ぐらいの歳で、黒縁眼鏡を掛けた爽やかそうな男であった。何処にでも居そうで、誰が見ても平凡と言う言葉が似合いそうな男だ。
子供にも見える無邪気な顔で、敬礼をしたまま立つ安曇を観察するかの様に顔を近づけて、マジマジと眺める。
「君があの安曇さんかぁ。いやぁ光栄だなぁ。あの事件の被害者に会えるなんて。僕、朽木 道真。よろしくね」
朽木が手を差し出すが安曇は敬礼から微動だにしなかった。
朽木はバツが悪そうに手を引っ込めると、照れ笑いを浮かべながら資料室の中へと戻って行く。
動かない安曇に「どうぞ、入っていいよ」と声がかかって、ようやく廊下を後にした。
資料室の中は第六課以上に薄暗く、本特有のカビ臭さが鼻を刺激する。
部屋の照明とは別の朽木が持つ光源で、部屋に舞い上がる埃が鮮明に見えてしまう。
「安曇さんも災難だったねぇ」
安曇はそこで先程の言葉の違和感を感じていた。
朽木はあの事件の被害者と間違いなく口にしていた。
安曇を別にして、警備部第六課に異動となる事件を指すのであれば被疑者と言われるのが本当だ。
少し眉が下がった安曇を見て、朽木が言葉を追加させる。
「あー、あれは魔力の暴走なんかじゃ無いでしょ? 僕も現場を見に行ったけど、あれは機械科学の兵器痕だよ」
「……機械科学」
安曇は記憶の中からその単語を探る。
確か500年前に栄華を誇った旧世界に普及した科学だと思い出した。
「そう。人類の転換期と言われる時代のテクノロジーだね。安曇さん歴史は得意?」
「……そこそこならば」
安曇の返答を受け朽木は本棚から数冊の本を取り出すと、埃の被った机に息を吹き掛ける。
本を机の上に置くと椅子に座り、安曇に前に座るようにジェスチャーする。
安曇もまた椅子に溜まった埃を手で払うと椅子に腰掛ける。
「僕達の仕事にも関係深い事だからレクチャーしてあげるね」
朽木は情報を語りたがるオバさんの如く、満面の笑みで、本をめくり出す。
その風圧で小さなゴミが飛び散るのだが、安曇の表情はピクリとも動かなかった。
「今から482年前、西暦2039年に飛来した異星人との異星人戦争のことは知ってるよね? 数こそ少ないUFOと呼ばれるものとの宇宙戦だったけれども、当時の人類は、科学力の及ばない異星人の侵攻に防戦一方だったらしい」
手元の本をめくると異星人が侵略する絵が描かれているが、誰が見ても空想を書いたようにしか見えない出来だ。
「人口は大きく減り、当時の最大火力を誇る核兵器の使用を求められた各国のトップは全会一致で可決した。だけど発射前に異星人による兵器で失敗に終わる。旧世界の人類を無力化させる兵器『腐鉄菌』によってね」
その話は安曇も学生時代に聞いた事があった。
旧世界でテクノロジーの大部分を賄っていた機械。
機械にはすべからく金属と言うものが使われており、『腐鉄菌』により鉄は腐り落ち、瞬く間に人類の敗北が決定した。
「だけど異星人にも誤算があった。機械の制御が効かなくなったあらゆる建造物の爆発によって、異星人はここ地球からの撤退を余儀なくされた。それでも文明を失った人類の滅亡へのカウントダウンは止まりはしなかった。
しかし、『腐鉄菌』は人にも多大な影響を与える。旧世界で超能力と呼ばれたもの……その力に目覚める人間が増えていったんだ。そう魔法だ」
朽木は本を変え、またページをめくり出す。
「尤も今の魔法とは程遠いものだったらしいけどね。テレパシーって遠くの人と会話したり、テレキネシスって物を念じて動かす力なんかが有名だね。それが500年を経て洗練されたのが今の魔法って訳だ。だけど『腐鉄菌』は今もこの世界に漂っている。再び人類が発展していったのに機械科学が失われたのはその為だよ。代わりに魔法科学が発展したのもあるけど、科学力的にはまだ旧世界には及びもつかないらしいね」
そのまま朽木の饒舌は止まらない。
旧世界の機械科学から始まり、魔法の進化、科学力の対比。恐らく放って置けば朝まででも喋り続けるだろう。
ここまで聞くだけに徹していた安曇だったが、話を元に戻そうと口を開く。
「先程あの事件は機械科学の兵器と言っていましたが、あの事件と何の関係が? すでに失われた叡智なんですよね?」
安曇の言葉にいつの間にか立ち上がって熱弁を奮っていた朽木は、恥ずかしそうに咳をつき椅子へと腰を下ろす。
「確かに人類が失った力ではある。でもね、使用しているんだよ……異星人がね!」
能面人形とまで呼ばれた安曇が絶句した。
この男は大丈夫なのだろうかと。何処かの病院に入った方がいいとまで思っていた。
目を輝かせ、興奮のままに空想を語る男。
だが、仮にもこれからの職場の同僚である。
安曇にしては珍しく、いや奇跡と言っていい程に話を合わせてきた。
「……異星人ですか?」
「そう。異星人。奴らはそのオーバーテクノロジーを持ってこの地球で機械科学を使っている。『腐鉄菌』の影響が無い代替えの素材を持っているんだ。奴らは500年の時を経て再びこの地球にやって来ている。今は進化した人類の調査段階なんだと俺は思っている」
「……そうですか」
安曇はこれ以上付き合うのを諦め、席を立つ。
里見課長に言われていた、警備部第六課の仕事内容を聞く事も、既に頭の中には無かった。
部屋を出ようとする安曇の背に朽木が声をかける。
「だから安曇さんは第六課に来たんだよ?」
その言葉に安曇の動きが止まる。
「……どう言う意味ですか?」
「第六課の正式名称は異星人特別対策室。異星人に関わったから飛ばされたんだよ?」
安曇の思考は朽木の言葉を信じてはいなかった。
それでも重くのし掛かる何かが安曇の心を束縛していた。
「そりゃ今までは何の成果も無い。持ちかけられる相談すら年に1つ有るか無いかだよ。窓際勤務ってやつさ。……でも安曇さんの事件の様に奴らは動き出している。これから楽しくなるね」
安曇は朽木の言葉には答えずに資料室を出て行った。
馬鹿馬鹿しいにも程がある。
普段どんな戦闘でも冷静な安曇の心は、激しく揺れていた。
軽蔑と怒り。何を為すべきかも分からない不安。
安曇は優秀であったが、それはすべき指示や為すべき事がはっきりしていたからだ。
第六課が本当に朽木が言った通りの課ならばする事は無いに等しい。安曇は暗闇に落とされた様な焦燥感を感じていた。
廊下で一度立ち止まり、ゆっくり心を落ち着かせる。
安曇は事の真偽を里見に確かめる為に第六課の扉を開けた。
三笠と小暮がその行動に驚く中、里見の前まで来ると敬礼の姿勢をとり真っ正面から顔を見る。
「里見課長、お話を聞き」
「失礼します。警備部第六課にご相談がある方をお連れしました」
安曇の言葉を遮る様に、若い衛兵が1人の中年の着物を着た女性を伴って扉の所に立っていた。
「安曇くん、話はまた後だ。これはこれは、ささっ、こちらにどうぞ」
里見は安曇に待てと手で制し、ソファーが対に置かれた接客場所へと歩いて行く。
衛兵はそれを確認すると、女性に「どうぞ」と案内し部屋を出て行く。
ソファーで相向かう里見と女性。
女性は俯き、ボソボソと蚊の鳴くような声で話し始める。
「……じ、実は主人が……宇宙人に拐われました」
女性が言い終わるや否や、何処かで聞いていたのか朽木が颯爽と現れ里見を押しやる様にソファーに座り込む。
「宇宙人に誘拐されたんですか! やべっ、楽しくなってきた」
こうして安曇を新たに迎えた魔法庁第六課は、ゆっくりと大きなうねりに巻き込まれ始めて行く……。
読んで頂きありがとうございます。
慣れない三人称視点の為ダメ出しは感想にてお願いします。